8.生きているお母様
『お嬢様~、初めまして~。タミョルですよ~。おしめを替えましょうね~』
私がタミョルと出会ったのは、生まれて一週間した頃だ。当時18歳のタミョルは、私に自己紹介をサラッとして、当たり前のように乙女のお尻を曝し、いえ、おしめを替え始めた。
タミョルはお母様が自分の伝手を使って見つけてきた、お母様自身の補助兼、私のお世話係として雇われた。
けれど私のお母様、実は1回目の人生では、私を生んだ数日後に亡くなっている。
そのせいでお父様は、子育て経験のある乳母が必要だと考えたはず。
独身、子無しのタミョルと出会う事はなかった。
ちなみに2回目と違い、1回目の記憶は、一般的な幼児の頃からしかない。
お母様が生きているのは、恐らく私のお陰。
産婆が初乳を飲ませると言って、お母様の胸に私を吸いつかせたタイミングで、私はお母様に微弱だけれど、回復魔法を施した。
回帰前の人生で得た知識と魔法が、役立った瞬間だ。
回復魔法は治癒魔法系統の一つで、使える人間は極わずか。怪我を癒せる方の魔法が使える人間が10人いるとすると、その中で1人いるかいないかだ。
だから体の弱かったお母様は元々、出産を無事乗り切れるかわからないと言われていたみたい。
私の魔法では、お母様の虚弱体質まで変えられなかった。けれど私が定期的に回復魔法をかける事で、今も生きている。
今は私の勧めで、気候が穏やかな土地の別荘で静養中。
今年は数ヶ月後に、大寒波がやって来る。
作物の不作や領の収入対策は2回目だから、既に対応済みだ。
けれど気候を変えるのは、さすがに無理。
妻一筋のお父様を説き伏せるのは、かなり骨が折れた。
それでも最後は、とっても寂しそうにお母様を見送っている。
長年領主をやってきた勘が働いたのか、それとも寒波の気配を感じたからなのかはわからないけれど。
1回目には見られなかった姿だからか、何だか微笑ましく感じた。
回帰して良かったと思える、数少ない瞬間。
だって本当は、回帰なんてしたくなかった。
回帰前の、裏切られた記憶が、家族の最期がつら過ぎて……。
「ん?」
泣きたいような、身悶えるくらいの怒りに我を忘れて叫びたいような、そんな衝動に駆られながら森の奥深くまで進めば、木々の茂る隙間に黒い影を見つける。
「あれって……」
視力の良い私は、その黒影が生き物の毛だと即認識。
それはまるでケモックの黒いふわふわした……毛!
ケモックと声をかけようとして、思い止まる。回帰して以来ケモックとは、まだ会っていない。
驚かせたら逃げちゃう!
足音を立てないように注意を払う。そこそこの距離を、そろそろと詰めていく。
すると魔国との結界が、目に留まる。
どうやら私は、森の奥深く、魔国との境界ギリギリまで、入りこんでしまったらしい。
葉っぱと葉っぱの隙間から覗けば……。
「……あれ、男の人? 角が……」
予想とは全く違い、戸惑いがちに呟く。
癖のある黒髪に、山羊のような角。角は後ろを向いて生えている。
ケモックと良く似た角だったけれど、両方とも健在で、折れや欠けはない。
魔国の住人だと一目でわかる、異形の風貌。普通なら、恐怖を感じるかもしれない。
地面に座り込み、目を閉じて大木に寄りかかる男性を見て、目を瞠る。
「怪我を!?」
男性は脇腹から血を流し、ぐったりしていた。
助けなきゃと、反射的に駆け出す。茂みを掻き分け、男性の元へ……。
けれど私は、すっかり存在を忘れていた。
「んぶっ!」
そう、結界だ。顔面を手加減なしで強打する。
蛙を踏み潰したような声だったに違いない。誰も見てなくて良かった。
「……んぅ〜……痛ぁ……」
かなりの勢いで顔からぶつかったせいで、痛すぎる。呻きながら、暫く顔を擦り続け、痛みを和らげる。
そういえばこの結界、魔国の住人を閉じ込めるだけじゃなく、外部からの侵入も拒むやつだった!
「くっ、生意気な結果ね! 通れないだなんて、思わないでよ!」
結界に担架を切って、1回目にケモックが教えてくれた中和魔法を、自分の体全体にかける。
そして透明な壁仕様の結界に両手をついて、目を閉じてゆっくりと結界に体を埋没させていく。




