サ終世界の100年後 〜VRMMOの舞台は存在した〜
『介入者なき世界 ―サーバリソース枯渇後百年史―』
【凡例】
本書は、旧《Eternal Archive》世界における「サ終後百年史」の諸戦争を、史官の筆致にて編纂した短編戦記である。
ここで言う「神々」とは、創造主ではない。上位世界より来訪し、本世界をVRMMOの舞台へと転用した介入者(プレイヤー/運営)を指す。
また「数値」「ゲージ」といった表現は、世界の本質ではなく、介入者が持ち込んだサーバリソースの残量を意味する。
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【序章 世界の原初と、介入者の来訪】
この世界は在った。
山は崩れては盛り上がり、河は干上がっては流れ、冬は飢えを連れてきて、春は畑に芽を返した。
人々は火を起こし、鉄を打ち、言葉を編み、争い、和解し、祈った。祈りとは、返事の有無とは無関係に、人が自分の小ささを測るための道具であった。
――そこへ、介入者が来た。
介入者は空から降りたのではない。空そのものを「接続口」に変えた。
ある日、星の明滅が規則正しくなり、夜が奇妙に明るくなった。次の日、山腹にあり得ない石造が現れた。迷宮と呼ばれる巨大な穴――ダンジョンが、地形に「追加」されたのである。
魔物もまた、追加された。
それまでこの世界にいた獣や怪異と、魔物は似て非なる存在だった。魔物は死ねば消え、一定の周期で同種が再び現れた。そこに「学習」も「進化」もなかった。生態系を無視し、自然の摂理に従わず、ただ「出現テーブル」に従っていた。
長命種――エルフ、古竜、石人の系譜は、この世界の調停者であった。
彼らは介入者達の侵略を「外から来た改変」として理解した。だが理解しても止められない。
人々は介入者を神と呼んだ。
彼らは介入者を神と呼ぶしかなかった。
神々は奇跡を配り、死者を短時間で蘇らせ、言葉も通じぬままに世界の規模を変えた。
神々は、世界を「アップデート」した。
長命種は、そのたびに調整役として呼び出された。
どこに魔物を配置すれば国家が滅びずに済むか。
どの王を倒せば物語が盛り上がるか。
どの宗派が広がればコミュニティが活性化するか。
彼らは、世界を守るために神々に従った。従わなければ、世界はもっと乱暴に書き換えられたからだ。
デミゴッドが生まれたのは、それから数十年後のことだ。
介入者の痕跡と、世界の血が交じった存在。
神の子と讃えられながら、神にも人にもなりきれない者。
彼らの視界には、世界には本来存在しない“数値”が重なって見えた。
祝福演算領域、魔物再生成プロセス、ダンジョン生成アルゴリズム――。
見えるのは世界の心臓ではない。介入者が持ち込んだサーバリソースの残量だった。
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【第一章 サービス終了――神々の退去】
百年前、神々は去った。
退去は戦争でも黙示でもなく、極めて事務的な形で起きた。
祝祭の日に、空の星が一つ、音もなく消えた。次いで二つ、三つ。夜は暗くなり、神殿に掲げられていた聖火が、風もないのに弱く揺れた。
翌朝、冒険者ギルドの掲示板から、依頼書が消えた。消えるというより、紙が白くなっていた。文字が剥がれ落ちたのだ。
神官が祈っても返事はなく、聖具のいくつかはただの金属塊になった。
魔物は、その日から再生成されなくなった。
狩場は静まり、森は獣の匂いを取り戻した。
冒険者たちは仕事を失い、剣を鍬に持ち替えた者もいる。だが多くは、剣を捨てられなかった。
剣しか知らなかったからではない。
“剣が役に立つ世界”を、神々が作ったからである。
サ終――サービス終了とは、上位世界で使われる言葉である。
長命種評議会は後に、その原因を断片的に知った。
採算。人口減少。維持費。
彼らは理解できなかった。世界の存亡が、銀貨の勘定で決まるという発想が。
しかし、それが介入者の世界の現実だった。
神々は去ったが、世界は残った。
消されなかったのは慈悲ではない。
削除するにもコストがかかる、というだけの話である。
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【第二章 枯れるダンジョン、沈む奇跡】
ダンジョンは当初、国家を富ませた。
迷宮の壁には鉱石が埋まり、深層には魔導素材が眠り、上位世界の遺物が宝箱に収められていた。
だがその供給は、“無限”ではなく“定期補充”であった。
補充の手が止まれば、枯れる。
十年で浅層が掘り尽くされた。
二十年で中層の資源が枯渇した。
三十年で深層は崩落し始め、迷宮は「巨大な空洞」と化した。
資源を持つ者が権力を握り、持たぬ者は従属した。
旧ダンジョン領を中心に、連合国家が生まれた。ダンジョン継承連合。
彼らは神を否定しない。否定しても腹は満たせないからだ。
彼らはただ、残量を計算した。信仰は数字の外側に追いやられた。
この時代、デミゴッドは国家に囲われた。
数値が見えるのは便利だった。
各国は、デミゴッドの予測で貯蔵を行い、配給を決め、戦争の勝算を測った。
だがデミゴッドが見ていたのは、世界の未来ではない。
“介入者の機構がどれだけ残っているか”だけだった。
神殿の力も同じである。
祝福は、貯金を切り崩すように減っていった。
奇跡が起こるたび、どこかで何かが失われた。
長命種は気づいていた。
先の時代に世界を調整した者は、世界の「遊び」を知っていたからだ。
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【第三章 資源戦争――外敵なき世界の敵】
魔物という外敵が消えると、人は敵を探した。
飢えは、思想より先に来る。
四十年目、穀倉地帯セレインを巡り、ダンジョン継承連合と河畔王国が衝突した。
これが「第一次穀倉戦争」と呼ばれる。
戦記は、ここから血の色を帯びる。
河畔王国は農業国であったが、鉄が足りなかった。
連合は鉄を持っていたが、土地が痩せていた。
交易は、互いの疑心で破綻した。
国王は言った。「我らの炉は冷える。ならば取るしかない」
連合は言った。「我らの民は飢える。ならば奪うしかない」
言葉が違うだけで、意味は同じだった。
戦場で初めて、デミゴッドが“兵器”として投入された。
第七個体エル・カイナ。
彼女は祝福残滓による演算を起動できた。
それは、かつて神々がプレイヤーに与えたスキルの劣化コピーにすぎない。
その御業で城門は溶け、堀の水は蒸発し、三千の兵が一夜で消えた。
戦果はダンジョン継承連合の勝利。
エル・カイナは戦後、歩けなくなった。皮膚は灰のように剥がれ、眼は数値だけを映して白濁した。
彼女が最後に呟いた言葉が、戦記に残る。
「……残量が、減った」
将軍は答えた。「勝ったのだ、誇れ」
エル・カイナは首を横に振った。
「勝ったのは、今だけだ。世界は……あと、何回だ」
これが、デミゴッドの苦悩の最初の記録である。
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【第四章 信仰戦争――神を求める者たち】
神が沈黙してなお、人は神を求めた。
返事がないからこそ、祈りは燃え上がる。
再臨派はこう説いた。
「神は去ったのではない。試しているのだ。耐えれば、再び祝福は降る」
再臨派は国家を築いた。再臨聖王国。
彼らは旧神殿を奪取し、聖具の残滓を集め、奇跡の再起動を目指した。
そのために必要なのは、サーバリソースの“残り火”だった。
彼らはそれを「神の息吹」と呼び、燃やした。
否定派はこれを侵略と呼んだ。
長命種の一部は否定派に与した。
彼らは改変前の世界を知っていたからだ。
神々は救済者ではなく、改変者であり、娯楽のための侵入者である。
この真実を民衆に語れば、宗教は崩壊し、秩序も崩壊する。
それでも語らねばならない、と彼らは考えた。
現実主義者は笑った。
「神が戻るか否かより、今年の収穫だ」
彼らはダンジョン継承連合に集い、資源管理と軍制を整えた。
信仰は統治に便利である限り用い、危険であれば切り捨てた。
それが現実主義である。
こうして三勢力が、同じ地図に異なる意味を書き込む。
神を求める人々。
歴史の真実を問う者。
現実主義者。
彼らが交わる場所は、常に戦場だった。
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【第五章 長命種の調整役――敗北する理性】
長命種評議会は、幾度も停戦を勧告した。
彼らは神々の時代、アップデートのたびに現場を整えた調整役である。
だから彼らは知っていた。
「均衡は、意志ではなく、余白で保たれる」
余白とは、余力であり、余剰資源であり、譲歩の余地である。
余白が尽きれば、理性は綻ぶ。
ある評議の日、議場の外に人だかりができた。
誰も武器を持っていなかった。ただ怒号だけがあった。
「神の時代の残党を下ろせ」
扉は叩かれなかった。だが扉の前の熱だけが、閉ざされた空気を押し返した。
会議は、その日を境に、次第に開かれなくなった。武力ではなく、無関心によって。
評議会は各国に数字ではなく物語で訴えた。
神が来る前の戦争は、土地と血を争った。
神が来てからの戦争は、資源と奇跡を争った。
神が去った後の戦争は、残り火を争う。
残り火を燃やし尽くせば、世界は元に戻る――良い意味でなく、ただ「戻る」だけだ。
奇跡のない現実に戻ったとき、国境線を守れるのか。
守れないのなら、いまの戦争は何のためか。
だが、誰も耳を貸さなかった。
民衆は神を求め、賢者達は真実を謳い、現実主義者は勝算を計算した。
評議会の言葉は、どの陣営にも不都合だった。
彼らは「神の時代の残党」として、徐々に政治の中心から排除されていった。
評議会議長ミル・ラシェンは、退任の際にこう記した。
「我らは神の暴走を抑えたつもりでいた。
だが真に抑えていたのは、人々の怒りと絶望だった。
神が去った今、彼らの怒りと絶望は解放され、誰にも戻せない」
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【第六章 デミゴッド派閥――残量をめぐる内戦】
デミゴッドも一枚岩ではない。
数値を見せられた者は、同じ現実から異なる結論を導く。
延命派は言った。
「残量があるなら、温存し、必要な時にだけ使うべきだ。
奇跡を全部燃やせば、我らはただの長命者になる。
世界の秩序が崩れる前に、計画的に配分せよ」
彼らは再臨派と結びつくことが多かった。祈りは、温存の論理と相性が良い。
放棄派(自然回帰派)は言った。
「これは借り物だ。外から来た機構だ。
世界は神が来る前からあった。ならば、余計な歪みを早く消し、元の世界へ戻すべきだ」
彼らは否定派と思想的に近かった。歴史を知る者は、改変の痛みを覚えている。
利用派は言った。
「使えるうちに使う。戦争は待ってくれない。
勝てば秩序を作れる。秩序ができれば、奇跡がなくても生き残れる」
彼らは国家と結び、最も多くの血を流した。
第四十八年、「祝福倉庫事件」が起きた。
再臨聖王国が、旧神殿地下に眠る祝福残滓を独占しようとし、延命派がこれを保護名目で移送。
その輸送隊を、利用派が襲撃した。
戦場ではない場所で、デミゴッド同士が殺し合った最初の事件である。
戦記はここに皮肉を刻む。
神々が作った数値経済は、神々が去ってもなお、人を殺す秩序として残った。
数値の残りを巡る殺し合いほど、無意味で残酷なものはない。
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【第七章 大河会戦――「残り火」の総燃焼】
第六十年、再臨聖王国は大河の渡河点を抑え、連合の補給線を断つべく進軍した。
連合は迎撃を決定。
ここに、百年戦争最大の会戦「大河会戦」が生まれる。
会戦の前夜、連合軍本営にて、利用派のデミゴッド・ソラ=イヴが参謀会議で言った。
「残量は、あと二割。ここで燃やせば、勝てます」
将軍が問う。
「燃やした後は?」
「その後は、剣と畑です」
沈黙が落ちた。
誰もが理解していた。勝っても負けても、奇跡がない時代が来ることを。
長命種の副官は言った。
「神の機構を燃やせば、彼らの痕跡は消える。
それは良いことかもしれない。
だが同時に、我らが“頼り切った怠惰”の支えも消える。
準備はできているのか」
将軍は答えなかった。
答えはなくとも、戦争は続く。
会戦は、数値通りに進んだ。
再臨聖王国の聖騎士団は、祝福残滓で身体能力を底上げし、河を渡った。
連合は、ダンジョン由来の爆裂鉱で河岸を吹き飛ばし、渡河点を崩した。
両軍のデミゴッドが、互いの残量を消費しながら奇跡をぶつけ合う。
空が裂け、雨が逆流し、火が水面を走った。
戦記は淡々と記す。
「これらは自然現象ではない。介入者の機構が、最後の計算を行ったにすぎない」
三日目の夕刻、ソラ=イヴは“観測画面”に零が迫るのを見た。
自分の残量ではない。
世界の上に重ねられた、あの数字だ。
彼女は理解した。
ここで燃やすのは勝利ではなく、終止符である。
ソラ=イヴは本営に戻らず、河岸へ歩いた。
兵が止めた。
「いま出れば死にます!」
彼女は笑った。
「死ぬのは、私じゃない。“あれ”よ」
彼女は最後の祝福演算を起動した。
河の上に、光の橋がかかる。
橋は敵を誘い、敵は渡り、橋は崩れ落ち、無数の兵を呑み込んだ。
戦は終わった。
同時に、残量は零に触れた。
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【第八章 枯渇――VRMMO世界の死】
枯渇は、沈黙となった。
翌朝、世界に奇跡は起こらなくなった。
神官が祈っても、祝福が一切降りない。
聖具が、ただの金属として折れた。
回復薬が、ただの苦い水になった。
魔導具の灯りが消え、魔物の姿もない。
デミゴッドたちは、数値が“見えなくなった”。
あれほど当然だった、かつてのオーバーレイが、視界から剥がれ落ちた。
彼らの内の何かが欠けた気がした。
だが欠けたのは魂ではない。借り物のインターフェースである。
再臨派は絶叫した。
「神は裏切った!」
否定派は静かに頷いた。
「最初から神ではない」
現実主義者は、すぐに次の配給会議を開いた。
「奇跡がない。ならば制度で埋める」
長命種は、深く息を吐いた。
世界は、ようやく“本来の姿”に戻った。
だがそれは救済ではない。
ただの現実である。
現実は優しくない。奇跡がないからではない。
奇跡に頼ってきた者ほど、現実に耐えられないからだ。
デミゴッドは力を失ったが、消えなかった。
神の子として崇められた者は、ただの長命な者となった。
彼らは初めて、寿命の長さだけが特別であることを知る。
寿命は、強さでも正しさでもない。
ただ、見届ける時間が長いだけだ。
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【第九章 終戦と、続く歴史】
奇跡が消えた後、戦争は急速に形を変えた。
短期決戦は不可能になり、補給と耕作が勝敗を分けた。
再臨聖王国は求心力を失い、内部から崩れた。
連合は制度で統治を固めたが、飢饉に揺れた。
賢者達は真実を語り粛清された。
七十年から百年にかけて、戦争は「大戦」から「辺境紛争」へと分割された。
血は減ったが、争いは消えない。
それでも、ある変化があった。
人々が、神を口にしなくなったのだ。
神を忘れたのではない。
神を歴史へ押し戻したのである。
歴史とは、過去に置くことで今を生きる技術だ。
最後に、評議会の末席に残った長命種の史官が、デミゴッドの元へ訪れた記録が残る。
彼の名は、レイン=アスト。
彼は放棄派であり、枯渇を最初から望んでいたと噂された。
史官は尋ねた。
「あなたは、勝ったのですか」
レインは首を横に振った。
「勝敗じゃない。
世界は、もともと続いていた。
介入者が来ても、去っても。
続くものの上に、借り物の奇跡が乗っていただけだ」
史官は問うた。
「ならば、あなたは何を失った?」
レインは、しばらく黙ってから答えた。
「“数値で安心できる嘘”を失った」
彼は空を見上げた。
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【結語】
介入者が持ち込んだサーバは沈黙した。
VRMMOとしての世界は死んだ。
しかし歴史と人々は残り続ける。
神の子と呼ばれたデミゴッドも、力を失うだけで生き残った。
人々は同じ地面の上で互いを見つめ合い、それでも明日を選ぶしかなかった。
世界は、終わらない。
奇跡がなくても。
(了)
【付録 主要年表(抄)】
0年 介入者退去。ギルド掲示板の白紙化。祝福停止の兆候。
3年 魔物再生成が完全停止。狩場の静穏化。冒険者失職。
8年 旧ダンジョン浅層の資源枯渇が顕在化。採掘事故増加。
15年 ダンジョン継承連合成立。配給制度と軍制の統合。
22年 再臨派が諸侯を糾合。再臨聖王国建国。
40年 第一次穀倉戦争。デミゴッド兵器投入(第七個体の損耗記録)。
48年 祝福倉庫事件。デミゴッド派閥の内戦化が始まる。
60年 大河会戦。総燃焼によりサーバリソース残量が零へ到達。
同年 祝福・奇跡の完全停止。デミゴッドの数値視界消失。
70年 再臨聖王国、内乱。聖戦の大義が崩壊。
88年 連合、穀倉改革。辺境紛争へ移行。
100年 本戦記編纂。神々の痕跡は歴史へ退く。
【注記】
第一に、介入者の行為を「悪」と断ずることは容易い。しかし、改変前の世界もまた飢饉と疫病に満ち、戦争は絶えなかった。
第二に、介入者の機構は有限であり、その枯渇は不可避であった。延命か放棄か、利用か――いずれの選択も完全な正解ではない。
第三に、枯渇後の世界は“平和”ではなく“現実”である。奇跡がないことは悲劇ではなく、奇跡に依存した制度が崩れることが悲劇となる。
第四に、デミゴッドは力を失ったが、社会の記憶として残った。彼らを兵器として扱った国家の責任は、いまだ清算されていない。
最後に、本世界がVRMMOの舞台装置として消費されていたという事実は、今なお忌避される。真実は秩序を壊すからだ。
終わり
【ある日の一幕 数値の見えない眼】
枯渇から十年後、デミゴッドのソラ=イヴは、河畔の村で薬草を干していた。
彼女の目はもう、数値を映さない。
それでも彼女は、彼女の知恵を働かせた。かつて数値が見せた「奇跡」は消えたが、土と雲と人の顔が、別の指標を与える。
村の子が問う。
「ねえ、昔は空に神さまがいたの?」
ソラ=イヴは少し考え、首を傾げた。
「いたよ。でも神さまは、ここに住んでたわけじゃない」
「じゃあ、どこにいるの?」
「遠いところ。あなたが生まれこの世界とは違うところ。」
子は分かったような顔をして、走っていった。
彼女は笑い、畑へ向かう。
世界は今日も続く。
神々のためではなく、生きる者のために。
【上位世界 観測者たち】
彼らは、もう神ではなかった。
正確には、最初から神ではなかった。
上位世界に戻った彼らは、この世界を「過去のコンテンツ」として保管していた。
削除するには惜しく、維持するには利益が出ない。
だから、誰も触れない。
ただ、ログだけが残されていた。
ある日、誰かが言った。
「……まだ、続いてるな」
モニターに映るのは、奇跡も数値もない世界だった。
城は修復され、畑には麦が揺れている。
かつて彼らが作ったダンジョンは、ただの山の穴に戻っていた。
「何も無くなったね」
別の誰かが呟く。
答えは返らない。
画面の向こうで、子どもが笑った。
「……観測、終了する?」
問いかけに、誰も即答しなかった。
最後に、最も長く黙っていた者が言う。
「いや。もう少しだけ、見ていよう。
あれは、俺たちの“作品”じゃない。
……生き残った世界だ」
画面は暗転しない。
ログアウトの表示も出ない。
ただ、時間だけが進んでいく。
世界は今日も続いている。
神々が去った、その先で。
終わり




