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第六話 魔物と人間

マリアが近くの木の根元から湧き水で小さな池ができているのを見つけ、そこに罠を仕掛けに行っている間、アレクは木の根に寄りかかって考え事をしていた。


そうしていると、いつの間にか焚火の暖かさに気が緩んだのか眠気に襲われ、うとうととし始めた。ごつごつした木の根を背中に感じながら居眠りしていると、アレクは不思議な夢を見た。


「おい、そこの、おい、聞こえているのか」


夢の中でアレクは妙にしわがれた声にどこからともなく話しかけられる。


「なんですか。あなたは街で会ったご老人?」


「いいや、そんな奴は知らん。ワシは貴様が寄りかかっている霊木だ」


「霊木?なるほど、では私たちの親戚ですな」


「まあ、そうなるな。久しぶりに起きたら面白い組み合わせだな」


夢の中の声はそう言って妙に古風な口調で陽気に話す。


「人間と魔物なんて、確かに珍しいですね」


「ああ。それより、魔王はどうなった」


「魔王様は・・・」


と、いきなりそこで目が覚める。目の前にはマリアがにっこりと笑って立っている。


「アレクさん、お昼寝ですか?さっき見たら、お魚がもう入ってました!」


「ああ、少し眠くなって。すみません。それはぜひ見てみたいです」


マリアに連れられて近くの木の根に近づくと、竹で編まれた籠に数匹の魚が入り、ぴちぴちと跳ねている。その姿に、アレクは彼が魔王宮で勤務していた時のことを思い出していた。 「おーいアレク、飯に行くぞ」


「ああ、ここの書類が終わったら行くから食堂で待っててくれ」


声をかけてきたのは同僚書記官の一人で、アレクと同期で王宮に採用され、気が付くと毎日食事を一緒に食べるようになっていた。書記官の仕事はいろいろあるが、基本的には人間の役所と同じように様々な公文書に目を通して、ミスや漏れがないかチェックする。


同僚は特に勇者軍との戦いに関する資料によく目を通すらしく、会うたびに彼が読んだ文書の話をする。


「昨日読んだやつなんだが、勇者軍はなんでも光を吹き出す棒切れや、吸うと身動きが取れなくなる煙を開発しているらしい」


「おいおい、いくら俺でも分かる。そんな適当な嘘をつくなんてお前らしくないな」


「本当なんだよ!俺の見立てでは、魔王軍の勝利ってのも怪しいもんだ」


「バカ、誰かに聞かれてたら冗談じゃすまないぞ」


好奇心と想像力が旺盛なのは良いことだが、こと勇者との戦争についてはそうではない。以前も魔王軍の敗北について書いた記者が「蒸発」したことがあったし、書記官でも何があるか分からないのだ。


「いやあ、俺は本当に怪しいと思うんだがな」


「くだらんこと言ってないで早く食え。休憩が終わっちまう」


とはいえ、アレクもこの頃王宮の上層部に流れる空気の不穏なのには気づいていたし、若い事務職員が徴兵されているという噂も聞いていた。まあ、連戦連勝というのは幾分か嘘が混じっているだろうな、程度には考えていた。


アレクが徴兵され、前線に送り込まれる一か月前のことであった。 「アレクさん、ほら見てください!三匹も入りましたよ!」 アレクは遠い昔の記憶からマリアの明るい声によって現実に引き戻された。


「ああ、本当だ。せっかくですし塩焼きにでもしますか。街でご老人から頂いたお塩がまだ残っていまして」


本当はメリッサから譲り受けた塩なのだが、あの兄妹のことを話すのは今ではないとアレクは考えていた。


「塩焼き!いいですね!私も昔は良く作っていました」


「そんなに上等な味にはならないと思いますが、勘弁願いますよ」


そう言いながらアレクは丁寧な手つきで内臓を取り除き、綺麗に開いた身に串を通し、焚火に当てる。じゅわじゅわという魚の脂が焚火に炙られる音を聞きながら、二人は今か今かと食べごろになるのを待っている。


「そろそろ良いでしょう」


「わあ!じゃあお先に失礼します!」


そう言って魚に齧り付くマリアを微笑ましく見ながら、アレクはいつこの話を切り出そうかと思案していた。


「どうして、マリアさんは私を、魔物を怖がらないんですか」


マリアが器用な手つきで小骨を取り除いているときにアレクはそう切り出した。 これにマリアは少し驚き、それからしばらく考え込んで、こう言った


「なるほど、確かに気になりますよね・・・」


ちょっと整理してから話しますね、と言いながらマリアはゆらめく炎を見つめている。 しばらくして、マリアはぽつりぽつりと話し始めた。


「私、父の部隊に同行することが多かったとはいえ、普段は街にいたんです」


「街に・・・。ならなおさら、魔物を見ることは少なかったのでは」


そう思いますよね、と言ってマリアは複雑そうな表情を浮かべる。


「私、魔物さんとお話するの、これが初めてじゃないんです」


「え・・・」


「私の故郷はそれなりに大きな街で、娯楽も多かったんです。特に人気なのが見世物小屋でした」


「見世物小屋・・・」


「そこにいた魔物さんとお話することがあって、その方はいろいろなことを教えてくれました」 見世物小屋に魔王軍の捕虜が囚われているという話は聞いたことがあったが、それは上層部が流したプロパガンダだろうと思っていただけに、マリアの話は衝撃的だった。


火の輪くぐりをやらされるドラゴンに、勇者を主人公にした演劇で敵役として登場するゴブリン。噂話ではなく、マリアの目撃した実話。自分の仲間たちがそのような扱いを受けているとは。アレクは怒りに震えていた。その様子を見て、マリアが不安げに尋ねる


「すみません、嫌ですよね。こんな話。やめますね・・・」


「いえ、続けてください」


断固たる口調に驚きながら、マリアは続ける。 その魔物から魔物の社会について教わったこと。魔物の言葉や風習も。


「それで私、魔物も人間とそんなに変わらないんじゃないかってずっと思ってて・・・」


そのせいで随分周りからは白い目で見られましたけどね、と寂しく笑う。 その話を聞き、アレクは考え込んでいた。


目の前のマリアは魔物にも偏見を持たずに接してくれる。だが、自分の仲間を見世物小屋に放り込む人間もまた、確実に存在する。


深い森の中で、二人の影だけがゆらゆらと炎に照らされて動いていた。

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