第四話 新たな出会い
しばらく歩いていると、小さな川に行く手を阻まれた。そろそろ正午であるし、先ほど兄妹から分けてもらったパンを食べながら、上流に迂回して渡ろう。
そう思い、パンに噛り付いていると、再び人間の気配を感じ、川の近くの草藪に身を隠す。耳をそばだてていると、数人の人間の言い争うような声が聞こえてくる。男が隠れているのも知らず、人間たちは川の近くまでやってきた。
「ちょっとやめてよ!」
「いいじゃねえか、俺たちは勇者様の軍隊だぞ?」
「そうそう。俺たちの言う通りにしないと、魔物の味方として叩き斬るぞ」
見てみると、二人組の兵士が若い女性の腕を掴んでいる。どうしたものか、と男は考える。人間同士の争いに下手に関わっても良いことはないし、なにより自分の存在が目立ってしまうのは避けたい。
そうこう悩んでいると、偶然にも女性と目が合った。
「そこの人、助けてください!」
こちらを魔物と知ってか知らずか、女性の声に兵士たちは草藪に近づいてくる。
「なんだ?邪魔しやがって」
「俺に斬らせてくれ。最近暇しててな」
面倒なことになったな、と思いつつ、男は草藪の中にしゃがんでいる。いくら魔物の端くれとはいえ、男はもともと文官。戦闘力はたかが知れている。しかし、ここで殺されでもしたら目も当てられない。
「仕方ないな・・・」
男は草むらからゆっくりと立ち上がる。その大柄な身体を見て、兵士たちは一瞬ひるんだものの、すぐに剣を構え、男に向かって大振りで突っ込んできた。
男は素早く後ろに飛びのくと、近くにあった棒切れを構えて、二人の動きを伺う。
「死ねえ!化け物!」
ひとりが男の足元をめがけて剣を振りかぶった隙をついて、男は一気に間合いを詰め、これでもかと言うほど力を込めて兵士の腹に棒切れを叩きつけた。
「ぐあっ、この野郎!」
悪態を突く兵士の頭にもう一発振り下ろすと、その横からもう一人が突きを繰り出してきて、男の手首をかすめた。
「痛っ・・・」
「へへへ、化け物め、これでも食らえ!」
そういってさらに一撃を与えようと踏み込んできた足首を蹴り上げると、意表を突かれた兵士は痛みに悶えながらひっくり返る。
「貴様、許さんぞ、この・・・」
唸る兵士に再び棒切れを叩きつけると、ようやく気絶して静かになった。
「あの、ありがとうございます」
人間の女性を間近で見るのはメリッサに引き続いて二人目だが、この女性はメリッサと同じくらいの年齢に見える。髪はオレンジ色で、頬にはそばかすが見える。
「お嬢さん?で合ってるのかな。こいつらはその辺に縛り付けておきますから、早く家に帰りなさい」
下手に怖がらせないよう、なるべく落ち着いた調子で男は諭す。人間の若者と話すのは三人目だが、やはり慣れない。
「ええ。そうしたいのは山々なんですが・・・」
そう言った彼女の表情は暗い。
「何か事情が?」
「ええ。彼らは父の部下なのですが、私は父に連れられて来ておりまして、家は遠く北方なのです。今は勇者軍が私の家のようなもので・・・」
勇者軍、と聞いて男は警戒感を露わにしたものの、目の前の女性は敵意や嫌悪感の類を感じさせない。何より、彼女の言う通り、今更父親の元に戻っても、縛り上げた兵士たちが目を覚ましてからあることないことを言いふらしたら妙な誤解を持たれかねない。それに、このまま彼女を自由にしたら、自分のことを密告されるかもしれないとの懸念もあった。
「そうでしたか。それなら私も北方に帰るので、途中までお送りします」
そう聞くと、女性の表情はぱっと明るくなった。
「本当ですか。ありがとうございます」
「私は構いませんが、しかしその、あなたはそれで良いんですか」
自分から申し出ておいてこんなことを聞くのも妙だとは思ったが、彼女の警戒感の無さは奇妙だった。
「ええ。父の元に一生戻れないという訳でもないですし、実家にそろそろ戻りたいと思っていたので」
屈託なく笑う彼女の笑顔に警戒心を解きほぐされて、男はようやく決心を固めた。
「そう、ですか。それなら良いんです。では、行きますか」
「はい!北へ!」




