地雷女に好かれるタイプ
赤茶色の高級そうな絨毯。卵色の壁。スッキリとした趣味の良い必要最低限の装飾。観葉植物。
上品だけど、解放感があり、気持ちいい。だけど、それでいてその非日常感は、少なからず居心地の悪さを覚える。
今、僕は彼女とリゾートホテルに泊まりに来ている。彼女は上機嫌で、お陰でこっちまで気分が良い。
僕はそんな彼女の様子に少しばかり安心をしていた。
とても健康的だ、と。
これなら大丈夫だな、と。
……よく分からないのだけど、以前僕は、「地雷女に好かれるタイプね」と女友達から指摘された事があるのだ。単なる勘らしいのだけど、それでもそんな事を言われたら気になってしまう。
前に付き合っていた三谷楓さんという女性は地雷女には思えなかった。ミステリアスな雰囲気はあるけど、普通に綺麗で、とても接し易かった。
――ただ、理由も分からずに一方的にフられてしまったのだけど。
それから今の彼女、出雲真紀子さんと僕は付き合い始めた。彼女は落ち着いた雰囲気のある女性で、ロングの髪が良く似合っていて母性的な穏やかさがあった。
“地雷女”という単語のイメージからはかけ離れている。もっとも、彼女とは短いデートの間しか過ごした事がない。長い時間一緒に過ごせば本性が見えて来るかもしれない。僕がリゾートホテルに彼女を誘ったのは、そういう意図もあった。もっとも、どうやら杞憂のようだったけど。
「ごめんなさい。ちょっとトイレに行って来るわ」
ホテル内にあるレストランで食事中、出雲さんはそう言って席を立った。開放的な造りになっているから、彼女が歩いていく姿が遠くまで見えていて、僕はなんとなくそんな彼女を目で追ってしまっていた。僕の視線を感じたのか、彼女は振り返って僕を見た。笑顔で軽く手を振ってくれた。
嬉しい。
思わずにやけてしまう。
その時だ。不意に声が聞こえたのだ。
「綺麗な人ね」
ビックリした。声の主が前の彼女の三谷さんだったからだ。
「どうしたの?」
驚いてそう尋ねる。
「偶々、私もこのホテルに泊まりに来ていたのよ。見た顔がいるなって驚いちゃって、それで声をかけてみたの」
彼女は笑ってそう答えた。僕はぎこちなく返す。
「そう」
彼女はにやりと笑うと、
「あなたが幸せそうで良かったわ。心配していたの。私と別れた後、どうしているのかな?って」
そんな事を言った。
僕は何か怖いものを感じてただ黙っていた。彼女はその笑顔のまま、レストランの外に向かって歩いていく。出雲さんが向かった方向と同じ。トイレだ。或いは彼女もトイレなのかもしれない。けど……
「ああ、良かった、出てくれたか。お前、三谷さんを昔から知っていたよな? 何か噂を知らないか?」
僕はそれから急いで友人に電話をかけてそう尋ねた。
「急に何だよ?」
「いや、今、ホテルでデート中なんだけどさ、何故か彼女がいて……」
僕が手早く状況を話すと、彼は「そりゃ、まずいかもな」なんて言って来た。
「三谷さんには悪い噂があってさ。別れた男が幸せそうだと許せないらしいんだ。自分がフった男は不幸にならないと、自分の価値が低いみたいで嫌なんだとか……」
僕はそれを聞くなり「分かった。ありがと」と言って電話を切った。そして急いでトイレに向かった。三谷さんが出雲さんに何をするか分からない。ホテルにまで追って来るなんて尋常じゃない。
……が、
「あら? どうしたの?」
出雲さんがトイレから出て来た。傍には三谷さんの姿もある。彼女は笑っていた。とても楽しそうに。
「あなたの彼女さん、とても良い人ね。私、安心しちゃった」
そう言う。
僕は拍子抜けしてしまった。
なんだ、何にもないじゃないか、と。
やっぱり噂なんて当てにならない。
「それで、どうしたの?」
出雲さんが首を傾げて訊いて来る。僕は「ああ、僕もトイレだよ」と言って誤魔化した。
「そう」と出雲さんはレストランに戻っていく。三谷さんも何処かへと行ってしまった。便意はなかったけれど、僕は一応トイレに向かおうとした。しかし、そこで突然声をかけられたのだ。
「あの……」
知らない女の人がいた。
不審に思っていると、その人はおずおずと口を開いた。
「余計な事かもしれませんが、その、彼女さんには気を付けた方が良いかもしれませんよ?」
はい?
と、僕は思った。
突然、この人は何なんだ?
しかし、それからその女の人はこう説明してくれたのだった。
「実は私、さっきトイレに入っていまして、それで偶然聞いてしまったんです……、個室の中で……」
――三谷さんの声だったそうだ。
「私、彼の元カノなんですけど」
いやらしい、関係をこじらせてやろうという魂胆が見え見えの口調だったらしい。しかし、それから異変があった。
「それが何だって言うのよ?!」
激昂した声。出雲さんの声だろう。それまで穏やかに話していたのにいきなり豹変してしまったらしい。
「愛に後も先もないでしょう? あの人を一番愛しているのは、この私。私が愛して愛して、その愛の力で二人で一緒に幸せになるのよ。
絶対に邪魔なんてさせない!」
三谷さんも普通じゃないが、彼女の声も明らかに異様だったそうだ。そしてそれを受けると三谷さんは……
「あなた……」と呟いたのだそうだ。そして、
「そうね。そういう事なら別に良いわ。二人でちゃんと確りと幸せになってちょうだい」
嬉しそうにそう返してあっさりと退いてしまったのだそうだ。とても異様に思えた…… らしい。
僕はそれを聞くと顔を青くしていた。
つまり、三谷さんも出雲さんも“地雷女”だったという事になる。女友達の勘は当たっていた……?
「もし別れられるのなら、別れた方が良いと思いますよ」
女の人は親切にそう忠告して去っていったけど、そんな事が簡単にできるはずもなかった。
……一体、どうすれば良いのだろう?
レストランへと続くホテルの上品の廊下が、僕にはとんでもない魔境に思えた。




