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悪評名高い聖女様に仕えることになった私(旧題 聖女様の悪評は私が取り除きます)

作者: たまユウ

ゆるふわ設定です。

「いいですか、アナ。くれぐれも粗相のないように。あの方は、()()聖女様なのですから」


侍女頭から念を押されるのは、これで五度目だった。〝あの〟の部分にやたら力が込められているのが、なんとも言えない不安を煽る。


私の新しい主、聖女セレスティア様。

彼女にまつわる評判は、正直言って、最悪の一言に尽きた。


曰く、傲慢不遜で民を虫けらのように見ている。

曰く、気に入らない神官は即刻クビにする。

曰く、毎日豪奢な食事と宝石を要求する浪費家。

曰く、その冷酷さから『悪魔の聖女』と呼ばれている、と。


 ……なんでそんな人の侍女に私が?


これが私の正直な気持ちである。

貧乏伯爵家の三女に生まれ、口減らしのために神殿に奉公へ出された私、アナ。これまでの七年間、お掃除係から厨房の手伝い、下級神官様の世話係まで、真面目に地道に働いてきた。それなりに評価も得てきたつもりだ。

それなのに、次の異動先がよりにもよって神殿一の腫物、聖女様の直属侍女だなんて。これは栄転なのか、それとも罰ゲームなのか。


侍女頭の心配そうな顔を見るに、おそらく後者なのだろう。

前の侍女は、聖女様の不興を買って三日で泣きながら辞めていったと聞く。


「大丈夫です、侍女頭。私、体力と神経の図太さには自信がありますので」

「そういうことではないのですが……。とにかく、アナ。あなたの身が一番大事よ。無理だと思ったら、すぐに戻っていらっしゃい」


そんな優しい言葉を背に、私は聖女様が暮らす神殿の最上階、『白翼の間』の扉を叩いた。


「本日よりお仕えいたします、アナと申します。入室の許可をいただけますでしょうか」


しばらくの沈黙。

やはり無視だろうか、と諦めかけたその時、中からか細い声が聞こえた。


「……許可します」


恐る恐る扉を開けると、部屋の中は豪奢という評判とは程遠い、驚くほど簡素な空間だった。必要最低限の家具と、山積みの本。そして、窓辺の椅子に、一人の女性が静かに座っていた。


陽の光を浴びて白銀に輝く髪、ガラス細工のように繊細な顔立ち、澄み切った湖のような青い瞳。

人間離れしたその美しさに、私は思わず息をのんだ。

彼女が、聖女セレスティア様。


私が固まっていると、聖女様はゆっくりと立ち上がり、こちらへ歩み寄ってくる。緊張で私の背筋がぴんと伸びた。どんな罵詈雑言が飛んでくるのか。唾でも吐きかけられるのか。


しかし、私の目の前で立ち止まった聖女様の口から出たのは、予想だにしない言葉だった。


「……その、服、可愛いですね」

「へ?」


私の服装は、支給された新品の侍女服だ。飾り気のない、ごく一般的なもの。これを可愛いと褒める感性が、私には理解できなかった。

私が間抜けな声を出して固まっていると、聖女様はハッとしたように顔を俯かせる。


「ご、ごめんなさい。変なことを言いました。忘れてください」

「あ、いえ!とんでもないです!ありがとうございます!」


慌てて返事をすると、聖女様はさらに縮こまってしまった。

そして、小さな声でこう告げる。


「……仕事の指示は、そこに置いてあります。読んだら、始めてください。私は、少し、一人になりますので」


そう言って、彼女は足早に奥の寝室へと消えていってしまった。

部屋には私と、テーブルの上にぽつんと置かれた一枚の羊皮紙だけが残される。


 ……あれ?


羊皮紙に書かれていたのは、一日のスケジュールと業務内容。丁寧で綺麗な文字で、細かく記されている。侍女への指示書としては、これ以上なく分かりやすい。


私は首を捻った。

傲慢?冷酷?浪費家?

今、会ったばかりの聖女様は、評判とは似ても似つかない、極度の人見知りで口下手な人にしか見えなかった。


 もしかして、猫かぶり?私を油断させる作戦?


いや、だとしたら下手すぎる。あの挙動不審な様子は、演技には到底見えない。


 だとしたら、あの悪評は一体どこから……?


この時、私はまだ知らなかった。

聖女様の悪評が、単純な誤解と、いくつかの悪意によって巧妙に作り上げられた虚像であることを。


そして、この日から。

「聖女様の悪評は私が取り除いてみせる」という、私の静かな戦いが幕を開けたのだった。



―・―・―



聖女様にお仕えして一ヶ月が経った。

結論から言うと、彼女はやはり悪人などではなかった。それどころか、とんでもなく不器用で、とんでもなく心優しい人だった。


「聖女様、本日の昼食です」

「あ、ありがとう。……そこに、置いておいて」


私が食事を運んでも、聖女様は決して同席しようとはしない。いつも少し離れた場所で、私が部屋を出てからこっそりと食べているようだった。

これが「身分の低い者とは食事もしたくないという態度の表れ」と噂されていることは知っていた。


しかし、理由は全く違う。

ある日、私がこっそり部屋を覗くと、聖女様は私のために用意した侍女用の簡素な椅子とテーブルで、私と同じメニューの食事をしていたのだ。

私が運んだ豪勢な食事には一切手を付けず、下げられるのを待っている。


 え、えぇ……!?じゃあ、あのお食事は一体誰が……?


答えはすぐに出た。

私が厨房に食器を下げに行くと、いつも大神官様の一番弟子であるマルクという男が待ち構えていて、「聖女様のお食事ですね。こちらで片付けます」とにこやかに引き取っていく。

つまり、聖女様が手を付けていない豪勢な食事は、大神官たちの胃袋に収まっていたのだ。


「聖女様はいつも質素なものを好まれるのに、大神官様が『聖女の威厳のために』と、無理に豪華な食事を注文しているのです」


そう教えてくれたのは、厨房で働く古株の料理人だった。

聖女様は断れない。断っても丸め込まれる。そして、残すのが申し訳ないからと、侍女である私と同じものを別に用意させて食べていた。

これが「浪費家」の真相だった。


 あのクソ神官ども……!


腸が煮えくり返る思いだったが、一介の侍女である私に何ができるわけでもない。

私はひとまず、聖女様が本当に食べたいものを、こっそり別に用意して差し上げることから始めた。


「これは……私が昔、故郷でよく食べていたスープ……」

「お口に合いましたか?」

「……美味しいです。ありがとう、アナ」


初めて見せてくれた、はにかむような笑顔。

その笑顔を守りたいと、私は心の底から思った。


またある時は、聖女様の「宝石好き」という悪評の真相も判明した。

彼女は毎月、神殿から高価な魔力石をいくつか支給されている。これを「私的に着飾るために使っている」と陰口を叩かれていた。


しかし、実際は全く違った。

彼女は受け取った魔力石を砕き、粉末にして、夜通しかけて祈りを捧げていたのだ。そうして出来上がった聖なる粉は、各地の教会に送られ、病に苦しむ人々や、怪我をした人々のために「聖水」として分け与えられている。


「なぜ、このことを公表なさらないのですか?そうすれば、皆、聖女様がどれだけ民を思っているか分かりますのに」

「……私が聖女でいるのは、この力があるから、だけです。人々を救えるのなら、私がどう思われても、構いません」


俯きがちにそう言う彼女は、本当にそう思っているようだった。

自己評価が絶望的に低いのだ。自分は聖女の器ではない、力があるからその役目を果たしているだけ。だから感謝されたり尊敬されたりする必要はない、と。


 不器用にもほどがあるでしょ、この人は!


私が聖女様の誤解を解こうと、侍女仲間や神官たちに「聖女様は本当はこういう方なのよ!」と説明して回っても、反応は芳しくなかった。


「アナ、あなた、聖女様に取り入ろうとして必死なのね」

「騙されてるんだよ。あれが本性なわけないじゃないか」


長年かけて染み付いた悪評は、想像以上に根深い。それどころか、聖女様の肩を持つ私は、白い目で見られるようになってしまった。


中でも一番の障壁は、大神官とその取り巻きだった。

私が聖女様を擁護するたびに、大神官はにこやかな笑みを浮かべてこう言うのだ。


「アナ、君の忠誠心は素晴らしい。しかし、聖女様は非常にお疲れなのです。あまり君が騒ぎ立てると、聖女様のご負担になってしまう。我々で、聖女様が静かにお過ごしになれる環境を守って差し上げなくては」


完璧な正論。そして、完璧な脅しだった。

これ以上騒ぐなら、お前を聖女様の側から引き離すぞ、という無言の圧力をひしひしと感じる。


 やっぱり、悪評を流している黒幕はこの大神官……!


大神官は、おそらく自分の意のままになる、新しい聖女を据えたいのだろう。そのために、民からの人望も厚く、しかし押しに弱いセレスティア様を孤立させ、評判を貶め、いずれは聖女の座から引きずり下ろそうと画策しているのだ。


あまりにも卑劣なやり方に、私の怒りは頂点に達していた。

しかし、相手は神殿の最高権力者の一人。今の私には、歯が立たない。


「アナ、もういいのです。私のために、あなたが辛い思いをすることはありません」

「嫌です!」


私の剣幕に、聖女様がびくりと肩を震わせる。


「私が嫌なんです!聖女様がこんなに素敵な方なのに、悪く言われるのが!誤解されたままなのが!私は、我慢なりません!」


私は勢い込んで宣言した。


「聖女様の悪評は、この私が全て、綺麗さっぱり取り除いてみせます!見ていてください!」


私の言葉に、聖女様は青い瞳を大きく見開いたまま、何も言えずに固まっていた。

その顔が少しだけ赤く染まっていたことに、この時の私は気づかなかった。


―・―・―


転機が訪れたのは、それから三ヶ月後のことだった。

王都の西に位置する森で、強力な魔獣が複数出現したという報告が神殿にもたらされたのだ。騎士団が応戦しているものの、苦戦を強いられているらしい。


「聖女様、どうかお力をお貸しください!」


騎士団長が、血相を変えて『白翼の間』に駆け込んできた。

筋肉質でいかめしい顔をしているが、誠実そうな男性だ。彼はこれまで聖女様に対して中立の立場を取ってきたが、今はなりふり構っていられないようだった。


「……分かりました。すぐに参ります」


聖女様は、迷いなく頷いた。

しかし、そこに「待った」をかけたのが大神官だった。


「いけません、聖女様!貴女は神殿の至宝。そのような危険な場所に赴くなど、あってはならないことです!」

「しかし、人々が危険に晒されています」

「祈りましょう、聖女様。この神殿から、騎士団の勝利と民の無事を祈るのです。それが聖女の務めですぞ」


にこやかに、しかし有無を言わさぬ口調で大神官は言う。

これは、聖女様の手柄にさせないための妨害工作だ。ここで聖女様が動かなければ、「民を見捨てた冷酷な聖女」という、またとない悪評を立てることができる。


 させるもんですか!


「大神官様、お言葉ですが!」

私が口を挟むと、大神官の目がすっと細められる。


「聖女様の聖なる力は、魔を浄化し、人々を守るためのもの。神殿にこもって祈るだけが務めとは思えません。現場に赴き、直接民を救うことこそ、真の聖女の姿ではないでしょうか!」

「アナ!一介の侍女が、出過ぎた口を!」


大神官の側近マルクが声を荒らげる。

しかし、私の言葉は、そこにいた騎士団長や他の騎士たちの心を動かしたようだった。彼らは期待のこもった目で、じっと聖女様を見つめている。


聖女様は、私のこと、そして騎士団長のことを順番に見て、そして、これまで見せたことのないほど、強く、はっきりとした声で言った。


「……私は行きます。アナ、準備を」

「はい、聖女様!」


大神官の制止を振り切り、私達は急いで現場へと向かった。

森の入り口に着くと、そこはまるで戦場のようだった。傷ついた騎士たちが倒れ、遠くからは魔獣の咆哮が聞こえてくる。


「聖女様、ここからは危険です!」

「大丈夫。……結界を張ります」


聖女様は馬車を降りると、森の中心に向かって静かに両手を掲げた。

すると、彼女の体から眩いばかりの光が溢れ出し、巨大な光のドームとなって森全体を包み込んでいく。


「なっ……これは……!」


騎士団長が息をのむ。

光に触れた魔獣たちが、苦しむように叫び声を上げ、次々と塵となって消えていくのだ。森に満ちていた邪悪な気配が、みるみるうちに浄化されていく。


まさに、神の奇跡だった。


しかし、広範囲の浄化は、聖女様の魔力を著しく消耗させる。彼女の顔は蒼白になり、その体は今にも倒れそうに揺れていた。


「聖女様!」


私は慌てて駆け寄り、その体を支える。


「アナ……ありがとう。あなたがいなければ、私は、ここに来られませんでした」

「当たり前です。私は、聖女様の侍女ですから」


その時だった。浄化の光から逃れた最後の一匹、ひときゅうわ大きな魔獣が、私達に向かって突進してきた。


「危ない!」


騎士団長が叫ぶ。

もうだめだ、と思った瞬間、聖女様が私をぐっと突き飛ばした。


「聖女様っ!」


魔獣の巨大な爪が、無防備な聖女様へと振り下ろされる――。


しかし、その爪が彼女に届くことはなかった。

聖女様が身につけていたネックレスがまばゆい光を放ち、魔獣の攻撃を弾き返したのだ。


それは、私が一ヶ月前の聖女様の誕生日に、「お守りです」と言って贈った、安物の石のネックレスだった。そのネックレスには、不思議な力がある、なんて売り文句のようなことを店員さんは言っていたけど、まさか本当に守護の力があったなんて。

いや、これは、聖女様自身の力が無意識に作用したのかもしれない。


「……もう、誰も傷つけさせません」


聖女様の瞳に、強い光が宿る。

彼女が再び手をかざすと、今度は一本の巨大な光の槍が形成され、魔獣の心臓を寸分の狂いもなく貫いた。

断末魔の叫びを上げて、最後の魔獣もまた、光の粒子となって消滅した。


静寂が戻る。

森を覆っていた邪悪な気は完全に消え去り、代わりに暖かく、清浄な空気が満ちていた。


騎士たちも、手伝いに来ていた村人たちも、誰もが呆然と、聖女様の姿を見つめていた。

そして、誰からともなく、拍手が起こった。それは瞬く間に大きな喝采へと変わり、森中に響き渡る。


「聖女様、万歳!」

「我々を救ってくださった……!」


感謝と、尊敬と、賞賛の嵐。

人々から向けられる純粋な好意に、聖女様は戸惑い、オロオロするばかりだ。


騎士団長が聖女様の前に進み出て、深く頭を下げた。


「聖女セレスティア様。これまでの我々の無礼、そして誤解の数々、心よりお詫び申し上げます。悪評が本当だったなら、私達のことなんて助けなかったでしょう。でも貴方様は私達を助けてくださった。貴女様こそ、我らが誇る、真の聖女にございます」


その言葉に、他の騎士たちも、村人たちも、皆が一斉にひざまずく。


悪評は、覆された。

悪魔の聖女などではない。彼女は、誰よりも民を愛する、慈愛の聖女なのだ。

その真実が、ようやく皆に伝わったのだ。


私は、その光景を涙で滲む目で見つめていた。

ああ、良かった。本当に、良かった。


私の視線に気づいた聖女様が、人々の輪の中からこちらへ駆け寄ってくる。

そして、私の手を取ると、満面の笑みで、はっきりとこう言った。


「アナ、ありがとう。……大好きです」


 へ……?


今、なんて?大好き?

予想外すぎる言葉に、私の思考は完全に停止した。

周りの騎士たちが「おお……」「なんと美しい主従の絆だ……」と感動しているが、ちょっと待ってほしい。今のはそういう類の「好き」だっただろうか。いや、そうに違いない。うん。


しかし、私の手をぎゅっと握りしめて、潤んだ瞳でじっと見つめてくる聖女様の顔は、見たこともないほど情熱的で。


「これからも、ずっと、私のそばにいてくださいね。アナ」


その言葉に、私は「はい」と頷くことしかできなかった。




――そして、激戦の後の処理をし数日が経ったのち、私達が王都へ凱旋した。ここから本当の戦後処理が始まった。



聖女セレスティア様が魔獣の群れを単身で浄化したという知らせは、瞬く間に王都中を駆け巡っていた。神殿へ続く道は、聖女の帰還をひと目見ようという民衆で埋め尽くされている。


騎士団の皆さんが早馬で知らせてくれたのだろうか。彼らはもはや「悪魔の聖女」などとは呼ばない。今までの悪評が誤解であったとわかってくれたようだった。口々に「慈愛の聖女様」「我らが救い主」と、心からの賞賛と感謝を叫んでいる。



その熱狂の中心で、聖女様は馬車の上から戸惑ったように人々に手を振っている。


神殿の前に到着すると、騎士団や他の神官たちが整列して私達を出迎えた。

その列の前方、いかにも「私が代表です」という顔で立っているのが、大神官とその側近マルクだった。彼らは聖女様の圧倒的な戦果を知り、もはや面従腹背を決め込むしかないと判断したのだろう。その顔には卑屈な笑みまで浮かんでいる。


 正直、気持ち悪い。


「聖女様!この度のご活躍、誠に、誠に見事でございました!貴女様こそ、この神殿の、いや、この国の至宝にございます!」


大神官が芝居がかった口調で聖女様を称える。しかし、その時だった。出迎えた騎士団の輪の中から、騎士団長が一歩前に進み出た。


「大神官、その薄汚い口を閉じられよ」


冷たく響く声に、その場の空気が凍りつく。

民衆も神官たちも、何事かと固唾をのんで見守っている。


「き、騎士団長……?何を……」

「とぼけるな。貴殿が聖女様の名誉を貶めるため、数々の悪評を流してきたことは、この数日で調査済みだ。あまつさえ、聖女様のご出立を妨害し、民を危険に晒そうとした大罪、決して許されるものではない!」


騎士団長の告発を皮切りに、これまで大神官の権力を恐れて口を閉ざしていた者たちが、次々と証言を始めた。厨房からは「聖女様の食事を横領していた」と、若い神官からは「聖女様の功績を自分たちの手柄として報告していた」と、堰を切ったように悪事が暴かれていく。


大神官とマルクの顔から、血の気が引いていくように見える。


「ち、違う!それは誤解だ!我々は聖女様を思って……!」


往生際の悪い言い訳は、もはや誰の耳にも届かない。民衆からは「国賊!」「聖女様をいじめるな!」という怒号が飛び交い、二人は完全に孤立した。


騎士団長は、聖女様に向き直り、深く頭を下げる。


「聖女様。この者たちの処遇、いかがいたしましょうか」


皆の視線が、聖女様に集まる。聖女様は私の手をぎゅっと握りしめ、一度、深呼吸をした。その姿はもう、以前のような弱々しいものではなく、真の聖女として、悪を裁く覚悟を決めたように見えた。


「大神官。あなたは、神に仕える者として、そして人として、道を間違えました。その罪は、万死に値します」


震えながらも、凛とした声が、静まり返った広場に響き渡る。


「ですが、命までは奪いません。……この二人と、その関係者たちを神殿から追放し、その全財産を没収。この地で被害に遭われた方々への補償と、復興のために使いなさい」


それは、慈悲深くも、二度と彼らが権力の座に戻れないことを示す、厳然たる裁きだった。


「ひぃぃ!」「お許しを、聖女様!」と泣き叫ぶ二人は、騎士団の兵士たちによって民衆の目の前を無様に引きずられていく。それを見届けた人々からは、割れんばかりの歓声が上がった。


こうして、聖女様の悪評は、その元凶と共に、私が(というかほとんど何もできなかったけど聖女様自身の力で)全て取り除くことができた。

めでたしめでたし。



……なのだが。

全ての騒動が終わり、ようやく『白翼の間』に二人きりの平穏が戻ってきたかと思った、その夜からだった。

聖女様の私に対する距離感が明らかにおかしくなってしまったのは。


何かと手を繋ぎたがるし、食事も「アナと一緒じゃなきゃ嫌です」と言い出すし、夜は「一人で寝るのが怖いから」と私の部屋にやってくる始末。


「聖女様、近いです!」

「アナの匂い、落ち着きます……」


私のベッドで、後ろからぎゅーっと抱きついてくる聖女様。

彼女の悪評は消え去ったが、代わりに私の平穏な日々が消え去った。




どうやら私の戦い?は、まだ始まったばかりだったらしい。








ここまでお読みいただきありがとうございました!


ちょっとここで裏話です。

アナがセレスティアに仕える前に辞めた前の侍女は、実は大神官側の人間でした。そのため、わざと3日で辞めて、セレスティアの悪評をさらに広めた経緯があります!ただ、連続で大神官側の侍女をセレスティアに配属させることができなかったため、良くも悪くも目立たずしっかり働いていたアナに矛先が行った経緯があります。アナだったら御しやすいと大神官も思ったのかなと!

また、大神官側のセレスティアに対する悪評の真意を調査するのに、騎士団はあえて数日間近くの街に休養をとり(今回の被害の対応もありましたが)、大神官達の悪事を暴いたという裏話もありました!


ありがとうございました!次回作も読んでいただけると嬉しいです!

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