英雄譚が綴られる傍らで散りゆくならそれもまた意味があるのかもしれない
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鬨の声が荒野で響く。幾つも重なる決死の猛りは、大気を震わせた。辺り一帯、四方には苦楽を共にした仲間達が居る。
臆病者だったやつも、酒好きだったやつも、女好きや硬派や頭の良い奴も。皆の顔色はどれもが一緒で、恐れながらも無理やりに覚悟をしているように見えた。
「絶対生きて帰ろう、セフィル」
幼なじみで同じ騎士団に所属しているリヒトは小声で言う。
「そうだな。家族だって待っているし」
そう自分にセフィルは言い聞かせる。子供だましのような自己暗示。深く掘り下げれば、無意味だと分かってしまうぐらい、脆くて弱い暗示は、それでも臆した心を多少宥める程度の力は、どうにか有していた。
今から成すことは、平和な未来への第一歩。その為に掲げられた正義の為、セフィル達は騎士団の紋章を胸に強大な敵に立ち向かうのだ。
後方にて待機する勇者達の力を少しでも温存する為に、目の前で蠢く最悪な敵の数を減らすのがセフィル達に課せられた命令。
敵一人に対して、こちらは四人でも歯が経つか分からない強大な相手。まさに玉砕覚悟の特攻を強いられている。
「かかれぇぇえ!!」
騎士団長の怒号が、騎士達の考える余地を奪い去る。皆が抜刀し、瞳には諦めきれない生を濃く宿し、燃ゆる命を吠え叫ぶ。
「しねぇえぇえ!!」
砂煙が舞い、鉄と鉄がぶつかる音や爆音や炸裂音が鳴り渡るまでに時間はかからなかった。駆けるセフィルの脇で、騎士の体は炸裂し鮮血は乾いた大地を濡らす。
気が付けば、隣に居たはずのリヒトの姿も見当たらない。生死の確認すらままならない混戦では、他者を思いやる暇さえも与えられないのだ。
「ぐひゃひゃひゃ!!」と、ゴブリンが騎士から奪ったであろう剣で、セフィルに襲いかかる。身長はセフィルの胸元にも及ばない小型魔族のくせして、その腕力や身体能力は武を嗜んでない者ならば余裕で殺せるだけの力をもっている。上に、学習能力も悪くない。
「チィ!!」
脇から飛びかかってきたゴブリンを紙一重で、いなして躱してセフィルは戦闘態勢に入る。
その姿を、ゴブリンは瞳を彎曲させてケタケタと笑う。まるでセフィルの反応を楽しんでいるかのような──あるいは、心の奥底に潜む恐怖心を見抜いての事か。
「嘗めるなぁぁあ!!」
剣を上段に構え、セフィルが斬りかかるとゴブリンは横たわっていた騎士の死体を盾にし、攻撃を躱す。極悪非道、人道から反した最悪な行動を見せるゴブリンに明確な怒りを覚えるのも無理はなかった。
セフィルが睨んでる眼前で、死んだ騎士が力強く握っていた剣を手首を斬り落とし奪い、ゴブリンは悪いに満ちた形相を浮かべたまま、剣を二本構える。
「グヒヒヒ」
型も何もなっちゃない、我武者羅な斬撃をどうにかいなし続け。だが、ゴブリンの腕力で振り下ろされる一撃一撃はどれもが重く、握力は徐々に衰え始める。
次第にセフィルの表情からは焦りが見え隠れし、それをみるゴブリンは一層と笑みを深める。
セフィルは所詮、ゴブリン一体に苦戦する程度の実力でしかない。それでも、国が決めたなら命を賭して悪に立ち向かわなければならないのだ。
──生きたい。死にたくない。生きたい。
「家族に合……ッ!?」
ゴブリンに気を取られすぎたセフィルの足元には死体。足を取られ、ゴブリンが視界から外れ大空を写した刹那、ゴブリンの影がセフィルの顔に落ちる。
「コイツ、これを狙ッ……」
体制を変えるのは不可能だ。ただただ無常に倒れるセフィルの時間がゆっくりと流れる。
ゴブリンの体が徐々に近くなり、刃の切っ先は顔に狙いを定めているようだ。
「……ッ!?」
刹那の諦めを斬り裂いた鋼の音。
「だから、一人で戦うなって。大丈夫か?」と、倒れたセフィルに手を差し伸べたのはリヒトだった。
良かった。良かった。生きていた。本当に。
「二人で倒すぞ、いいな?」
「あ、ああ!でも、リヒト。その怪我」
こめかみから血を垂らすリヒトは笑う。
「なあに、これくらい大した事ねぇよ」
「大したことないって、ちょっと穴あいてるんじゃ……」
「大丈夫大丈夫。行くぞ!!」
リヒトがゴブリンとの間合いを一気に詰め、セフィルは大回りで背後をとる。逃げ場をなくしたゴブリンは、今まで見せなかった怒りを露わにしてけたたましく鳴き声をあげた。
「うるせぇなぁ!!」
「ギヒッ!?」
「今だ!セフィル!!」
「──ッらぁぁあ!!」
リヒトがゴブリンの剣を弾き、よろめいた体をセフィルが良く研いだ剣で貫いた。
「これで一件落着。さて、次に行こうか」と、にこやかに笑うリヒトをセフィルが見た瞬間。
鼓膜を劈く爆発音が目と鼻の先、つまりはリヒトから轟いた。顔や鎧は一気に真っ赤に染まり、頭が真っ白になったセフィルからは短い言葉が漏れる。
「……え?リヒ……ト?」
顔が吹き飛び、その場に倒れ込むリヒト。押し寄せる絶望は、律動を一秒より遙か先に動かし、込み上げる吐き気は自制すら効かない。
なんでこんな事に。今の今まで、笑顔でいたのに。こんな闘い。こんな闘い。なんでリヒトが死ななきゃならなかったんだ。
「うぁぁぁぁぁぁあああ!!」
その叫びすら戦場では掻き消される。
俺がリヒトの分まで、セフィルの考えがそう至るまで一分程度。未練の残る別れをし、ただ前を向いて走り出す。
多分だが、リヒトが死んだ原因はこめかみに空いた穴だ。あれは、時限虫が開けたもの。ある程度の時間が経つと、爆発する虫。
でも寄生されたら気がつくはず──気がついていたのかもしれない。けれど、状況を鑑みて、自分の死を受け入れて尚、セフィルを助けに来てくれた。
死に直面しても、泣き言も言わずに。セフィルは、リヒトに与えられた余命を必死に生きる。一人では戦わず、多勢に参加し立ち回り続けた。
戦況を知る術もない状況でただ必死に。
「グヒヒヒヒ」
「ガルルルル」
──ありがとう、リヒト。でもどうやら、ここまでのようだよ。
与えられた余命が尽きる時。眼前には大型の魔物に積み上げられた死体。強大な敵に立ち向かう力を持たないセフィルに出来ることは、スズメの涙程度の時間稼ぎ。
数人が一斉に斬りかかっても、魔物の腕による一撫でで体が裂け弾け飛ぶ。
この死は、歴史にも綴られない死だ。国の為に命を賭したその他大勢でしかない。王ですら、この名前セフィル=バーンの名前を知りはしないだろう。
それでも、セフィルは此処に立っている。国の為、家族の為に此処に立っている。
「見ててくれよ」
深く息を吸い、ゆっくりと吐き出して今一度、剣を強く握る。頭を過ぎる家族の笑顔や夢。もっと一緒に過ごしたかった。もっと一緒に色々な事をしたかった。
数え切れない後悔が胸を握りしめ、重く苦しい痛みを──セフィルは猛りとして吐き出す。
「うらぁぁぁぁあ!!」
戦略も戦術もない。ただ、一太刀。浅くても構わない。弱者の抗いが、少しでも後に続くであろう誰かに繋がるように。
「グルァァァア!!」
大振りの攻撃。セフィルは剣で防ごうとするが、
「らぁぁぁぁあ!!」
剣は大破、セフィルを襲った強い衝撃は体を数回転、宙で回転させそのまま大地に強く打ち付けた。
骨は砕け、臓器は激しい損傷をし、穴という穴から血は吹き出し呼吸もままならない。かすれ行く意識の中、家族やリヒト達を思いながら赤い涙を流す。
「うひゃー、コイツデカイね?僕一人でやっちゃってい?」
「一人って、少しは協力をだな」
「なあにいっちゃってんの?勇者様は力を温存しなきゃ……ね?」
「分かった分かった。でもあまり時間を──」
「大丈夫!こんなやつは一撃だよ!!」
途切れる意識の中、鼓膜を掠めたのは戦々恐々とした場には似つかわしくもない若々しい声だった。
──一撃、か。
きっと彼らは英雄譚として、この先何十年──いや、何百年もの間語り継がれるのだろう。
その傍らには名すら残りはしない騎士達の死がある。平和を望み、家族を愛したもの達が。
この終わりが不名誉か名誉か、定かではないが。胸を張って終えるとしよう。
英雄譚の傍らで道を作った騎士のひとりとして。
今回の作品はどうだったでしょうか?少しでも、皆様が良かったと思っていただけたなら幸いです
この他にも短編や連載作品がございます!時間がありましたら是非!