灯り
雅矢が、げんきやに、こなくなってから亜子は心配した。けどその心配はすぐに解消され、げんきにやってきた。そして雅矢が亜子を誘った。亜子は驚いたが誘いにうなずいた。
乾いた心にゆっくり、ときめきの雨を降らす。この感情は優しくわたしを包み落ち着かせてくれた。夜風が肌を通り過ぎ高鳴る心臓まで冷やしてくれた。
「ここって景色いいね」
周囲は見渡す限りの山に囲まれた展望台だ。その山並みがオレンジと山吹色に染まっている。7時過ぎてもまだ夕日の残照が雅矢の横顔を映す出す。いつもなら夕日を見ると切なくなるけど今日は違った。
「この場所ぼくのお気に入りなんだ」
坊主頭が伸びた雅矢の横顔は、げんきやで見る雅矢と違うように見えた。雅矢のお気に入りをわたしに教えてくれる。 この意味をわたしの中で、ものすごいスピードでいききしている。冷静になろうと思えば思うほど気分がもどかしい。
「急に誘って大丈夫だった?」
「えっ、あっーーうん」
大きく鼻から吸い込み再び鼻からゆっくり息を吐いた。でもダメだ。冷静になれない。
今は、この言葉だけで精一杯だ。
「断られるかと思った」
「急で、びっくりしたけど••••••」
それ以上、言葉がつながらない。ほんとはどうして誘ったか聞きたい。でもまた言葉がしどろもどろなってしまう。
「よかった」
雅矢が大きく背伸びした。
「ピアノ上手だね」
「ええーー、聞いてたの?」
「外まで聞こえたよ」
そうだ。ここは夜になるとひと通りも少なく丸聞こえだった。なんだか急に恥ずかしくなった。
「あの弾いてた曲名は?」
「ショパンの革命」
「革命って言うんだ。すごい迫力だったね、ちゃんと聞いてみたいなーー」
冷静になれないわたしがいた。
『ゴォー!ゴォー!』
鈍い重苦しい音と同時に突如足元がゆれた。
「地震だ」
ふとわたしはその場にしゃがみこんだが、すぐにゆれはおさまった。
「違うよ。これはゼロ磁場だよ」
「ゼロ磁場?」
「うん。この周辺にはゼロ磁場が流れているんだ」
雅矢が磁石をポケットから出した。雅矢の持つ磁石がN極でもS極でもなく、ぐるぐる回っていた。
「なにこれ?」
わたしは生まれて初めての体験だ。
「そんなことあるの?」
「あるよ。この山地全部が、ゼロ磁場の断層になって九州方面まで繋がっているんだ。しかも今まではゆれはなかった」
「なら地震じゃないの?」
「地震とは違う揺れを示してるらしい」
授業でも習ったことない。そんな場所が存在してたんだ。
「しかも強力なパワースポットなんだよ」
ならわたしが沼ってるTikTokの何でも視界に映ったらが、その力で開眼できたらと不意に願ってしまう。そんなこと考えてたら足元から揺れが何度も伝わってきた。
そんな時、スマホが鳴った。相手はママからだ。
「亜子ちゃん、今どこなの?」
「市内」
わたしは、とっさにウソが出た。雅矢が振り向いた。
「今から帰る予定だよ」
「迎えに行こうか?」
「せっかくだから歩いて帰るよ」
わたしはママからの電話を切った。
「ごめん誘って。しかもウソまでつかせて」
雅矢が何度も頭をかいた。
「ううん。大丈夫だよ」
「じゃあ、途中まで送るよ」
もうすっかり日が落ちて真っ暗だ。東京では経験したことない明るさだ。雅矢がつけた懐中電灯の小さな灯りがぼんやり浮かび幻想的だ。LEDライトじゃないから灯りも弱々しい。けどそんな灯りでも安心する。
おばあちゃん家に灯りがついていた。でも先程までの弱々しい灯りではなかった。
わたしは今日もピアノを弾こうと決めていた。弱々しい灯りと同じで、わたしの意思も弱々しい。けどこれからも毎晩ピアノを弾こうと決めた意思は、たくましい灯りだ。
「また来るね」
帰り際に雅矢が言った言葉だ。
今回も閲覧してくださりありがとうございます。
誰もが小さな灯りを心に持ってます。その灯りに亜子も少しずつ気がつきます。今後亜子もどうなっていくのでしょうか。お楽しみに!