9話・気持ちを受け入れる覚悟
男ではなく、俺だから好きなのだと彼は言った。そんな風に言われたのは初めてだ。
「すみません。告白する前に押し倒したりして、嫌われて当然のことをしました。でも、キタセさんを好きだという気持ちは本物なので信じてください」
「わ、分かった」
許しを請うように項垂れるサクラちゃんを見ていたら、なんだか申し訳ない気持ちになってきた。突然下半身を触られて恐怖を感じたけれど、怪我をさせられたわけじゃないし、俺を傷付けたかったわけじゃない。行き過ぎた好意が暴走してしまっただけ。そう考えたら、ずっと怒り続けるのも馬鹿馬鹿しくなった。
「もういい。さっきのは許す」
「ホントですか!?」
許すと言った瞬間、サクラちゃんはパッと顔を上げた。眩しいくらいの笑顔だ。こうして笑っている方が彼らしい。
「キタセさん、好きです」
「……う、うん」
正面からぎゅっと抱き締められる。さっきまでは怖かったけど、今はなんだかこそばゆい。不快ではない。むしろ心地良いくらい。ずっと好きだったサクラちゃんからこんなに想われていたんだ。嬉しくないわけがない。
「俺も好きだよ」
耳元でそう囁くと、サクラちゃんは真っ赤になって身体を離した。
「え、嘘。ホントに?」
「この数年間ずっと応援してくれてただろ? 君がいなければとっくに筆を折ってた。君の存在が俺の一番のモチベーションなんだ。性別とか関係なく、俺は君自身が好きだよ」
「……っ!」
今度は彼が泣き出してしまった。ほら、やっぱりサクラちゃんの方が可愛い。気付いたら、無意識のうちに顔を近付けてキスしていた。軽く済ませるだけのつもりだったのに、サクラちゃんから両手で頬を固定され、動きを封じられた。そのまま深く口付けられ、抗議しようと開けた唇の隙間から熱い舌がねじ込まれる。
「んむ、んんっ」
さっきまで泣いていた癖にスイッチが入るとこうだ。サクラちゃんの舌先に口内を刺激され、体から力が抜けていく。俺が逃げないと分かると、彼の手が下に降りていった。胸元を撫で、脇腹をなぞり、下腹部へと向かう。しかし、途中で手の動きが止まった。
「す、すみません、オレ、また……」
俺からの拒絶を恐れたのだろう。申し訳なさそうに手を引っ込め、体を離して一歩後ろへ退がったサクラちゃんの顔は今にも泣きそうに歪んでいた。そんな表情を見て、俺は肩をすくめて笑う。
「こういうのは、まあ段階を踏んでくれれば」
「き、キタセさん……!」
恐る恐る伸ばされたサクラちゃんの手を取り、自分の頬に添えた。緊張しているのか、手汗で少し湿っている。下半身は平気で触った癖にと思ったらおかしくて、つい吹き出してしまった。
「キタセさん可愛い」
再びベッドに押し倒された。今度は両手を拘束されていない。自分からサクラちゃんの背中に手を回して思い切り抱き締めると、互いの心臓がバクバクいってるのが直に伝わってきた。
しばらく抱き合ったまま呼吸を整えていたら、サクラちゃんから再びキスされた。そっと重ねるだけの口付けが何度も何度も繰り返される。
「キタセさん、好きです」
「……うん、俺も」
しかし不思議だ。なぜ俺は彼を受け入れてしまったんだろう。いくら長年のファンだからって、いくらイケメンだからって、相手は今日初めて顔を合わせたばかりの男だ。普通ならば存在するはずの心理的な垣根が妙に低い気がする。
「キタセさん、俺の見た目好きでしょ」
「うん、好き」
「あの、気付いてないかもしれないけど、キタセさんの書く小説の主人公、ほとんど金髪なんですよね」
「………………エッ?」
そんなバカな。……いや、そうかも。ヒロインの髪色や髪型は毎回変えているが、主人公だけは金髪だ。それは小説の舞台がファンタジーでも現実世界でも変わらない。
え、嘘。
俺、金髪が好きなの???
「やっぱり無自覚だったんですね」
「え、うん、今言われて気が付いた。やっべぇ、なんか急に恥ずかしくなってきた!」
「だからオレは金髪にしたんです。少しでもキタセさんの好みに近付けるようにって」
「俺に好かれるためだけに?」
おいおい、普通そこまでするか?
いや、俺の住んでる地域を特定して近くの大学を受けたりするような奴だ。髪を染めるくらい平気でやるか。
「サクラちゃんてかなり執着強いよね」
「十年モノの恋なので」
「お、重い……」
思わず身体を離そうとしたが、サクラちゃんがガッチリと掴んでいて動けない。これじゃ逃げたくても逃げられない。
「これからは直接感想を伝えさせてくださいね、聖司さん」
そう言って、サクラちゃんはまた俺の身体を抱き締めた。
ん?待って。
なんで俺の本名知ってるの?
聞きたいことは色々あるけど、なんだか怖いのでやめておいた。今更逃してはくれないだろうし、どこまでも追い掛けてきそうだから。