8話・好きになった理由
サクラちゃんは十年前に俺の本を買ってくれた少年だった。成長するに伴って内容を理解し、長い時間を掛けて作品を好きになってくれたという。熱烈なファンだとは思っていたけど、最古参じゃないか。
偶然の出会いが今に繋がっている。なんと運命的な響き。こんなことが本当にあるなんて、まさに『事実は小説より奇なり』だな。
俺が感動している最中もサクラちゃんの話は続いている。
「SNSで日常ツイートする時、たまに写真をアップしてますよね。それで勤め先や住んでる場所の最寄駅を特定して近くの大学を受けました」
「そうか……エッ? 今なんて?」
なんか聞き逃せないことを言われた気が。
住んでる地域を特定?
「今日の居酒屋も以前キタセさんがアップした写真の背景に写ってたメニュー表と食器から割り出しました。二十歳過ぎてやっと酒が飲めるようになったし、普段通ってる店なら誘えば来てくれるかなと思って」
「なにしてんの???」
だんだんストーカーじみてきたんだが?
さっきまでのしんみりした空気がどっか行った。
「き、君が俺のファンだってことは、よーっく分かった。だけど、それがなんでああなるんだよ」
「確かに、今日は直接作品の感想を伝えられたらいいな〜くらいに考えてました。でも、実際に会ったら気持ちが抑えられなくて」
「だから、それはさぁ」
俺だって好きな作家に会えたらテンション上がると思う。酒が入れば抱き着いたりするかもしれない。だが、いきなり押し倒すなんて真似は出来ない。そこまでいくと最早『憧れ』だけでは済まない。
「SNSのやり取りは毎回返信が丁寧で、作品だけでなく人柄に惹かれました。創作界隈って妬みや嫉みで他の作家をコキ下ろす人も少なくないのに、キタセさんは絶対に他人を悪く言わない。むしろ、さりげなくたしなめたりしてましたよね。誰も嫌な気持ちにさせないように言葉を選んで慎重に。そういったところが好きなんです」
彼の口から語られる『キタセ』はまるで聖人君子のようだ。
俺だって人間だ。人気作家に嫉妬しまくるし悪態も吐く。嫌な感想を書き込まれたら翌日の仕事に響くくらい引き摺るし、ブクマが減ったり自信作が読まれないと泣く。俺が落ちたコンテストに仲良い創作仲間が入賞したら笑顔で祝いながらも悔しくて凹む。
だけど、俺のファンだと公言してくれているサクラちゃんが見ているところでみっともない姿なんか晒せない。だからSNS上の『キタセ』は良い人であろうと努めてきた。サクラちゃんに失望されないように、嫌われないように。
「直接会ったら予想以上に可愛くて、見た目も声も仕草も全部ツボで」
八歳も年上の男に可愛いを連発するな!
俺の声や仕草が可愛いわけないだろ!
「さっき、男は好きじゃないって」
「男に興味はありません。キタセさんだから好きなんです」
「好っ……!?」
あまりにもストレートな告白に、頬がカッと熱くなった。