6話・なんでこんなことするんだよ
「サクラちゃんて男が好きな人?」
「いえ、全く」
違うんかい。男が好きだっていうならまだ理解できる。でも、違うっていうなら一体なんなんだ。
「もしかして、俺の弱みを握ろうとしてる?」
「は?」
冷たい目で見下ろされてしまった。それもそうか。うだつの上がらないアラサー会社員でド底辺WEB小説家なんかの弱みを握っても何の利用価値もない。
「まだオレの気持ち分かんないんですか」
サクラちゃんは悲しげに眉を寄せ、再度問いかけてくるが、混乱した俺はただただうろたえるばかり。
「そんなの、分かるわけないだろ」
「じゃあ分かるまで身体に教え込みます」
なにそのエロ小説みたいなセリフ。実際に言ってる人初めて見た。自分が言われる立場になるとは流石に思わなかったが。
「うわっ」
再び覆い被さってきたサクラちゃんが、今度は俺の両手首を片手で易々と押さえつけた。顔を寄せ、彼の唇が額や頬に軽く当たる度にビクッと体が揺れてしまう。
何やってんだ俺。さっき突き飛ばした時に逃げれば良かったのに、ベッドに転がったままじゃ『もう一度襲ってください』と言わんばかりだ。いや、三十年近く生きてきて『同性から襲われる』なんて経験はしたことがない。全くの想定外。俺の危機感がないんじゃなくて、おかしいのはサクラちゃんのほうだ。
行動より思考を優先してしまうのは俺の悪い癖だが、これは小説や漫画ではなく現実。幾ら動機や経緯を考えても状況は変わらない。とにかく拘束を解いて逃げなくては。
「キタセさん」
「え」
名前を呼ばれて顔を上げると、間近にサクラちゃんの顔があった。熱っぽい視線が真っ直ぐ俺を捉えていて、思わずドキッとしてしまう。
男が好きなわけじゃないって言っていた癖に、どうして俺をそんな目で見るんだ。本当に、おまえは俺をどうしたいんだよ。
「うっ……」
なんだか悲しくなって、堪え切れなくなった涙が目尻から零れ落ちた。突然泣き出した俺に驚いたサクラちゃんが、慌てて俺の両手を拘束していた左手を解いた。自由になった手で顔を覆い隠す。
「きっキタセさん、泣い……」
「うるさい! 泣いてない!!」
「でも、」
声を掛けられたら余計に涙が溢れてきた。
サクラちゃん本人に会えて楽しかった。俺の作品を好きだと言ってくれた。感想を熱く語ってくれた。作家冥利に尽きるとまで思った。書いてて良かったって本気で思えた。それなのに、なんでこんなことするんだよ。
「お、俺っ……嬉しかったのに」
女の子じゃなくてガッカリしたのは事実だけど、ファンと直接会ったのは初めてだったから純粋に嬉しかった。だから羽目を外して飲み過ぎてこんなことになっちゃってるんだよな。
……ああ、悪いのはやっぱり俺か。
「帰る」
「ちょ、待って!」
「もうやだ。離せ」
「離しません」
手を振り払ってベッドから降りる。そのまま扉に向かおうとしたら再び腕を掴まれ、壁際の本棚に背中をつけるようにして押さえ込まれた。
「無理やり触ったのは謝ります。でも……」
「うるさい!」
腕を振り解こうとしたら棚に手が当たってしまい、バサバサと何冊か本が床に落ちた。その中に見覚えのある表紙の本を見つけ、思わず目が釘付けとなる。
「これ……まさか」