5話・どこのエロ小説だ!
サクラちゃんは身体を離し、手を貸して起こしてくれた。そして、奥にある部屋へと通される。
チャラい見た目に反して部屋は意外と普通。小さなローテーブルの上にはノートパソコン。壁際にはぎっしり本が詰まった本棚とベッド。イケメン大学生なのに、あんまり遊んでなさそうに見えた。
場所を移しても彼は俺から離れない。てっきりテーブルを囲んで向かい合わせに座るのかと思ったが、押し倒されるのが玄関の床から室内のベッドの上になっただけだった。
「キタセさん、オレずっと貴方のことが……」
「まっ、待て、落ち着け! 話せば分かる!」
「でもキタセさんのここ、もうこんなですよ」
「それはおまえが触ってるからだろーがッ!」
サクラちゃんの左手は俺の右腕を押さえつけ、右手は下の方を弄っている。スラックスの上から股間を撫でられて身を捩ると、脚の間に膝を入れて閉じられないようにされた。
「おまえ、いい加減に……あっ、ん」
布越しに触れられて、思わず声を上げてしまう。すると、サクラちゃんの手の動きがピタッと止まった。おっ、男の声で正気に戻ったか?
「か、可愛い……!」
「は???」
「なにその可愛い声」
反応したことに感動したのか、サクラちゃんは更にヒートアップしてしまった。ベルトを外そうとしてくるが、酔っているのと俺が抵抗しているから上手くいかない。焦れたサクラちゃんが邪魔ばかりする俺の腕を押さえつける。
「こっ、これ以上はホントにマズいって!」
「放っておいても辛いだけでしょ?だったら出しちゃいましょうよ」
「どこのエロ小説だ! そんなん出来るか!」
逃げたくても上から覆い被さられて体の自由は完全に奪われている。このままでは俺の貞操が危ない。『うまくいったらホテルとか行っちゃったりして♡』などと邪まな妄想をしていた過去の自分に教えてやりたい。可愛い女の子だと思っていたファンは実は金髪のイケメン大学生で、しかもアラサー会社員の俺で興奮しちまうような変態だぞ、と。
信じないだろうな〜過去の俺!
そうこうしているうちにサクラちゃんの手が再び股間に伸びてきた。指先が触れただけで腰が跳ねてしまう。その反応を見て、サクラちゃんがまた暴走した。
「キタセさんて敏感なんですね」
「あ、こら触るな!」
「オレの手、気持ちいい?」
「だから、どこのエロ小説だっつーの」
流されてはいけない。これは酒に酔った末の過ちだ。アラサーのオッサンにセクハラしただなんて素面に戻ってから知ったらトラウマになってしまう。サクラちゃんは前途ある若者だ。年上である俺が彼の未来を守らねばならない。
身を捩って押さえつけられていた腕を引き抜き、渾身の力でサクラちゃんの身体を突き飛ばす。彼は呆然とした表情でベッドの端にぽすんと尻餅をついた。
「き、キタセさん。オレのこと、嫌い?」
涙が目の端から溢れ落ちる。セクハラの次は泣き上戸か。酒グセ悪いなサクラちゃん!
「好きとか嫌いとかじゃなくてだな、そもそも俺たち男同士だろうが!」
そこまで言って気が付いた。もしや、前提から間違っていたのではないか。最初からソッチ目的だったとしたら理解できる気がする。性的嗜好に関する質問は非常にセンシティブな話題である。俺はたっぷり数十秒ほど悩んでから口を開いた。
「…………サクラちゃんて男が好きな人?」
「いえ、全く」
どういうことだよ!