2話・金髪男がやって来た!
「コラぁ紀多部! なんだこの見積もりは! やる気あんのか!」
「すっすいません!すぐ修正します!」
凡ミスをして上司から怒鳴られる。いつもなら物凄く落ち込むところだが、今の俺はへっちゃらだ。何故なら、週末になったらサクラちゃんと居酒屋でサシオフするからだ。楽しみ過ぎて仕事に手がつかず、普段よりしょうもないミスが増えている。女の子と二人きりで会うんだ。そりゃ浮かれもするさ。
しかし。
「紀多部、この書類終わるまで残業な」
「エッ、こんなに!?」
「当たり前だ! 嫌なら気合いで終わらせろ!」
「は、はいぃっ!」
上司の言う事はもっともだ。仕事が終わらなきゃ帰れない。サクラちゃんとの約束の日は定時上がりするつもりだったけど、もし仕事が残っていたらすんなり帰してもらえない。ミスをして仕事を遅らせたのは俺自身なんだから、文句を言える立場じゃないんだけど。
「うわついた気持ちのままじゃダメだ。もっと真面目にやらなきゃ」
小説でブレイクして人気作家に。
今の仕事は受賞するまでの繋ぎ。
クッソ甘い考えのせいで仕事に身が入っていなかった。俺は馬鹿だ。中途半端な覚悟しかない奴が成功するわけがない。仕事も趣味もどっちも全力。それこそが俺が取るべき唯一の道。
約束の金曜に残業になったら困るってだけの話なんだが、とにかく俺のやる気に火がついた。
「お、やれば出来るじゃないか」
山積みの入力作業を何とか就業時間内に終わらせると、上司が朗らかに笑いかけてきた。鬼上司だと思ってたけど、キッチリ仕事を終わらせれば褒めてくれる。真面目に働く部下には優しい。そんなことに今頃気付くなんて、俺はホントに馬鹿だ。
そして運命の金曜日。
会社帰りのスーツ姿で居酒屋に入り、予約名を告げて個室へと通される。約束の時間より少し早く着いちゃったから、まだサクラちゃんは来ていなかった。お冷やを飲みながら、これから来るであろうサクラちゃんに想いを馳せる。
彼女のSNSでの投稿内容はお洒落なカフェのスイーツの写真が多い。あとは読んだ本の感想とか。小説以外に少女漫画を結構読んでいる。もう絶対可愛いでしょ。文系で大人しめの清楚な女の子が来るに違いない。
サクラちゃんは俺のファンだし、今夜のサシオフをキッカケに恋が始まっちゃったらどうしよう、と期待に胸を膨らませていたのだが……
「ども、サクラです」
現れたのは、金髪のチャラそうな青年だった。顔は整っていて、背は俺よりやや高いくらい。
「サクラちゃ……ん?」
「はいっサクラです!」
人違いではなかった。
サクラちゃんは男だった。
「注文待っててくれたんですね。とりあえず飲み物頼みましょうか」
「う、うん」
向かいに腰を下ろした金髪男は笑顔でメニュー表片手に店員さんを呼んでいる。先ほどまでの浮かれた気持ちが完全に行き場を失い、俺は茫然自失状態で強めの酒を注文した。