11話・秘密の短編
「新作の短編、すごく面白かったです! いつものキタセさんのテイストとは違うけど、緊迫感とか臨場感があって!」
「はは、ありがとう朔良」
交際開始から数ヶ月経った日の夜、俺たちは最初に会った居酒屋の個室で飲んでいた。飲み過ぎるとロクなことにはならないので、お酒は控えめにして食事メインだけど。
昨夜遅くに公開した二万字ほどの短編をチェックしてくれていたらしく、サクラちゃんは興奮気味で感想を語っている。ていうか、今回はSNSで告知してなかったのによく気付いたな。
「痴漢を題材にした作品って、舞台は大抵通勤電車じゃないですか。でも、この短編では新幹線なんですよね。そこがまた珍しいというか」
「そう、かな?」
スマホで小説投稿サイトを開き、読み返しつつ感想を語ってくれるサクラちゃん。新作を公開する度に、彼はSNS上だけでなく直接こうして感想を伝えてくれる。いつもならすごく嬉しいんだけど、今回ばかりはちょっと複雑だ。
「で、この際どい場面で颯爽と助けが来る展開がまた……聖司さん? どうかした?」
「え、あ、なんでもない」
ぼんやりとしていた俺に気付き、向かいに座るサクラちゃんが心配そうに顔を覗き込んできた。俺の好きな金の髪がさらりと揺れる。うん、間近で見ても隙のないイケメンっぷりだ。
「お仕事で疲れてるんですよね。ごめんなさい、オレが会いたいって言ったから」
先ほどまでのハイテンションから一転、サクラちゃんはしおしおと萎れたように肩を落とし、申し訳なさそうに謝った。
「週末だし大丈夫。俺も会いたかったからさ」
「ホントですか!?」
「ほんとほんと」
会いたかったと言った瞬間、パッと顔を上げ、満面の笑顔を向けてくる。イケメン大学生の笑顔は破壊力がすごい。くたびれたサラリーマンの俺には眩し過ぎる。
気を取り直したサクラちゃんによって感想語りが再開された。
「この痴漢の手口がまた妙にリアルで、主人公の女性が追い詰められていく様子がまた可哀想で。今回は特に状況と心理描写がすごくないですか?」
「はは、表現力が上がったかな」
「絶対そうですよ! だって、まるで実際に体験したかのような──……」
そこまで言って、サクラちゃんはピタッと喋るのをやめた。みるみるうちに笑顔から真顔に変わり、口元に手を当てて考え込む。
「……聖司さん、数日前に出張行きましたよね」
「え、うん」
しばらく沈黙してから、サクラちゃんがいつもよりやや沈んだ声で尋ねてきた。
「平日最終の新幹線で、空いてたから自由席に座れたってメールくれましたよね」
「う、うん」
仕事で数日九州に出張に行って、帰りの新幹線からサクラちゃんにメールした。『お土産買ったから今度会う時に渡すね』って。それが今日なんだけど。
「……もしかして、この短編、ホントの話なんじゃないですか」
正面から真っ直ぐ見つめられ、俺は思わず目をそらした。気まずさを誤魔化すように酎ハイのグラスを傾ける。沈黙を肯定と受け取ったのか、サクラちゃんは「そうですか」とだけ返して黙り込んだ。
急にお通夜みたいな空気になったんだが。
「な、なにか追加で頼む? 飲み物は?」
「……いいです。今夜はもう帰りましょう」
「う、うん」
その後はお互いひと言も喋らず、重苦しい雰囲気で店を出る。気まずい空気の中「じゃあ」と帰ろうとしたら手を引っ張られ、近くの路地裏へと連れ込まれてしまった。