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10話・自分に嫉妬した日

 サクラちゃんとお付き合いすることになった。


 まずはSNS以外の連絡先の交換から。初めて顔を合わせた居酒屋で学生証を見せてもらったから、本名と通っている大学は知っている。何故か既に知られていたけど、俺も本名と電話番号とメールアドレスを教えた。長年SNSでやり取りしていたのに改めて自己紹介するの、なんか照れる。


 SNSだけでなく個人的にも連絡を取り合い、しばらく経った頃に俺の部屋へと招いた。


「うわあ……ここでキタセさんの作品が生み出されているんですね〜!」

「面白味がない部屋だろ」

「いえ、そんなことないです! めちゃくちゃ興味深いですよ!」


 サクラちゃんは瞳をキラキラさせて部屋の中を見回している。一応掃除はしたけれど、細かいところまで見られると恥ずかしい。


「奥の部屋じゃなくてリビングにベッドがあるんですか。変わってますね」

「執筆する時にテレビとか布団が視界に入ると集中できないんだ。だから、本来寝室用にすべき部屋を執筆専用にしてる」


 寝る部屋と書く部屋を分けるため、1LDKの部屋借りている。一人暮らしには広過ぎるし家賃はやや高いが、趣味に没頭しやすい環境作りは俺にとって最優先事項だ。


「へえ、こだわってますね」

「呆れた?」

「全然! むしろ感激しました! 環境を整えるところからキタセさんの執筆活動は始まっているんですね!」


 執筆専用の部屋に入り、普段使っているノートPCや本棚を見て回るサクラちゃん。机や椅子を撫でたり蔵書のラインナップを眺めながら恍惚の表情を浮かべている。


 そうだ、コイツは俺のファンだった。サクラちゃんの心を占め、目に映っているのはWEB小説家の『キタセ』だ。付き合うことになった今も変わらない。


「あのさ、サクラちゃん」

「はい?」


 浮かれるサクラちゃんに声を掛ける。笑顔で振り向いた彼の胸に飛び込み、ぎゅうとしがみつく。


「え、どうしたんですかキタセさん」


 急に抱きつかれたサクラちゃんは動揺して声をうわずらせている。ちょっと嬉しそうな様子に安堵するが、俺の胸のモヤモヤはまだ晴れない。


「おまえは今日、誰の部屋に来たんだよ」

「えっ」


 間の抜けた声が真上から落ちてきた。そうだよな、なに言ってんだこのオッサンって思うよな。『キタセ』は俺だ。俺なのに、サクラちゃんの関心を全て奪う『キタセ』が妬ましい。


 ──俺、自分に嫉妬してる。


 サクラちゃんはSNSでの穏やかな『キタセ』を好きだと言った。誰も悪く言わない、妬み嫉みの感情を表に出さない『キタセ』を。だけど、本当の俺は自分にすら嫉妬してしまう器の小さな人間だ。文句も言うし不機嫌にもなる。


「ごめんなさい、浮かれ過ぎました。聖司(せいじ)さん」

「……ん」


 サクラちゃんはふ、と笑って俺の背中に腕を回した。少し背の高い彼に包み込まれ、優しい声で名を呼ばれ、胸がぎゅっと痛くなる。


 こんな感情があったなんて。恋愛モノも書いたことあるけど、俺はなんにもわかっちゃいなかった。好かれているのに苦しいなんて知らなかった。想像は現実に遠く及ばない。この気持ちを書き表すためにはどんな表現を用いるべきか。上辺だけではない、読者に同じ気持ちを疑似体験させるためには、どのように言葉を選び、どう操るべきだろうか。


「オレだって嫉妬してますよ。聖司さんが『サクラちゃん』て呼ぶのはオレじゃない。まだ顔も知らない、女の子かもしれないSNS越しのファンですよね」

「む、そんなことは」

「オレはずっと『キタセ』さんのファンだけど、目の前にいるオレは聖司さんの恋人ですよ」

「……そうだな、ごめん朔良(さくら)


 俺が不安になったように、朔良も『サクラちゃん』に嫉妬していたらしい。似た者同士かもしれない。






「ていうか、聖司さん分かってます? 初めて恋人の家に上がったら真っ先にベッドが目に入ったんですよ? オレが気持ちを落ち着けるのにどれだけ苦労したと思ってるんです。それなのに可愛いこと言って抱き着いてくるし……オレの忍耐力を試してるんですか?」

「だからすぐ執筆部屋に行ったのか」


 やけにテンション高いなと思っていたが、あれは気を紛らわせるためだったんだな。酔っていなくても俺に対してそういう気持ちになるのか。


「ホントに俺が好きなんだな」

「まだ信じてなかったんですか?」

「ううん、身に染みて理解してるよ」


 彼の腕の中におさまりながら、次回作には恋愛要素を入れてみようと夢想する。今の気持ちをみんなに分けたい。この幸せは俺一人で抱えるには大き過ぎる。


 また主人公を金髪にしたら笑うだろうか。

 そんなことを思いながら。

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