異世界エナジードリンク開発物語
僕はマルク。十六歳の駆け出しの調合師さ。
調合師というのは、基本的にポーションを作ったりする職業。回復ポーションとか、解毒ポーションとか、あるいはアンデット対策用の聖水とか。言い換えると液体のアイテムは、大抵調合師が作ることになっている。
最近だと、魔王との戦いが全面化してきてるから、ポーションは大量に作らないといけない。そんなもんだから、国王も調合師学校に力を入れている。僕も、調合師学校で勉強をしているんだ。
調合師学校で学ぶことは二つ。
化学や栄養学など、調合に必要な教科を勉強する座学。
そして、ポーションを作ってその効果を測定する実技。
この二つだ。
ところで、僕は調合師学校ではかなり成績が低い。
頭が悪いというと、どうもそうではない。勉強ならできるほうだ。
じゃあなぜ成績が悪いかというと、もう片方の実技の出来がすこぶる悪い。
ポーション作りで成績が悪い、というと、調合に失敗して爆発させたりしているのかというと、そういうことはない。むしろそれくらい派手ならば、笑い話になるだろう。しかしそうではない。
僕の作るポーションはなぜか効果が薄いのだ。
ダメージを喰らうとか、毒が起きるとか、そういう次元じゃない。
何故か、効果が出ないのだ。
そして、調合師は、効果が出ないくらいなら、爆発させたり、痺れさせるほうがマシなのだ。そのほうが、効果がないよりは遥かに評価が高い。
なぜ、爆発させたほうがマシなのかというと、それは調合師のキャリアパスに関係している。
調合師とは、ポーション全般を取り扱える、いわば汎用職だ。
しかし、調合師すべてが回復薬を作れる必要があるか、というとそうではない。
別に何を調合したって毒になる人間は、暗殺者や盗賊に毒を売る毒師になればいいし、何を作っても爆発する人間は、鉱夫に爆発ポーションを売る爆破師になればいいだけの話だ。
でも、効果のないポーションを売っても仕方がない。
効果のないポーションは、ただの水でしかない。
僕は今日も調合室に残って自習をしていた。
爆発とか火災とかの危険性があるから、先生がついていた。
この先生はシグマ先生という人で、髭面の長い黒髪を持つ男性だ。歳はたぶん四十歳くらいなんじゃないかと思う。
その先生も、調合師としては元々微妙で、痺れ薬とか、筋力増強薬とか、そういったマイナーな薬は得意だったのだけど、回復薬とか、解毒剤とか、魔力薬とか、そういう冒険者が使いますよ、というポーションを作るのは苦手だった。
そんな感じだったから、何故か僕のような生徒の面倒見が良かった。
先生も過去に色々苦労をしていたみたいだから、何か思うところもあるのかもしれない。
シグマ先生は無精ひげを触りながら、僕のポーションを振ったり、飲んだりして、首を傾げている。
そして、「なんかあるんだよなあ」と言う。
ちなみに、これはシグマ先生の口癖だ。
「先生、僕が言うのも変ですけど、それは単なる失敗作だと思いますよ」
僕は、薬草をすり潰しながら言う。
でも、そんなことに構わず、シグマ先生は続ける。
「なんかあるんだよなあ」
今思うと、シグマ先生はポーションというよりかは、生徒に対してそう言っていたのかもしれない。
逆にそう思えないと、僕みたいな生徒と付き合いにくいのかもしれない。
僕は、すり潰した薬草の液体を混ぜ、砂糖の結晶を入れて混ぜる。
そして、ゆっくりと棒でかき混ぜてみるのだけど、ただ水から泡がしゅわしゅわと出てきて終わるのみだった。
「また失敗かあ」と思うと、シグマ先生はやっぱりそのポーションを手にとって、口にとり、いつもの口癖を言う。
「なんか、あるんだよなあ」
◇◆◇
そんな日々を過ごして、卒業試験が始まる。
卒業試験は三日間で、今日は初日。
試験の内容は、実際に街の中でポーションを生産販売し、一定以上売り上げるというものだ。
調合師というのは、まかりなりにも生産業だから、一定の生産力と品質が担保できることが求められる。
実際に販売することによって、その総合力を測るというわけだ。
この卒業試験は、冒険者や村人たちにはすこぶる評判が良い。
調合師の卵が作ったポーションを安く買えるからだ。
いくら調合師の卵が作ったポーションとはいえ、ほぼ普通の調合師が作ったポーションと効果は変わらない。
それだったら、安い分だけお得だ。
今年の卒業候補生は十人。
広場の一角に、卒業試験用の露店があるので、それぞれそこでポーションを売る。
僕の知っている生徒もいる。
例えば、ちょっと身体がふくよかで、のんびりしている雰囲気を出している子は、回復薬特化型の調合師で、その品質自体は特出したところがないけれど、人がポーションを一つ作っている間に、彼はポーションを二つ作れるのだ。
神経質で少しやせている子は、デバフ系が得意であり、即効性と持続率に定評がある。ただし、材料にこだわるためか、すこし原価が高くなる。
とまあ、こういう風にそれぞれの調合師には、自分の得意分野などがあって周囲の調合師とは被らないように、上手く薬を作っていくというのも、この試験の意図と関係があるらしい。
……まあ、殆ど水のようなポーションを作ってしまう自分には関係がないけど。
しかも、今回の卒業候補生たちは、特段悪くない、というよりむしろ気さくでいい奴ばかりだ。
僕に対しても「もしかしたら、ひょんとしたことから傑作ポーションできるかもしれないから頑張れよ」と応援してくれたりする。
それが、むしろ僕には心苦しい。
僕は水のようなポーションを店頭に並べる。
日差しがあったかくて、少々熱い。
僕のポーションは、そのボトルの中でしゅわしゅわと泡を立てており、日光に浴びて、とてもきらきらとしていたが、それだけだ。
他の卒業候補生はといえば、既にその生徒の評判が広まっているのか、購入している人もいる。
僕のところはといえば、さっぱりだ。
そうすると、剣を構えた冒険者の男が、僕の露店に興味を示した。
本来なら商人っぽく、自分の商品をアピールして「いかがですか?」というのが普通なのだけど、僕はそんな気にはならなかった。
何故なら、僕の商品が失敗作であることはわかっているからだ。
失敗作をアピールできるほど、僕は図太くはない。
冒険者風の男は、僕に話しかける。
「これは、どういうポーションなんだい?」
「えーと、なんていうか……効果は……」
「効果は?」
「……ないんです」
僕は気まずそうに返事をする。
冒険者風の男は「はぁ……」という気の抜けた返事をして、その場を去った。
想像は出来たけど、実際に目にするとやはり落ち込んでしまう。
その後も、似たような会話を繰り返し、心が折れかけたその時だった。
シグマ先生が、誰かを連れてきて、僕の露店にやってきたのだ。
その男性は、背丈が高く、顔立ちが優しく、品のよさそうな顔をしていた。
シグマ先生は、僕にその人を紹介する。
「この人は、料理人のドランだ。昔の知人だ」
「どうぞ、よろしく」
そう言って、爽やかな笑顔で僕に握手を求めてきた。
「は、はぁ……」
僕は、ドランさんの手を取り握手をした。
しかし、自分のポーションと料理が結びつくことについて、想像がつかなかった。
「なにがあるんだよ、ちょっと確認してもらえないか」
そう言うと、ドランさんは笑顔で一本のポーション代を支払う。ちなみに、今日の初の売り上げだ。
ドランさんは、ボトルを開けると、ポーションを口に含み、そして、丹念に味わう。
僕は目の前でポーションを吟味されることなんてなかったから、妙な緊張があった。
「……なるほどね」
ドランさんは何かを納得したような顔をした。
「なにかありそうか?」
シグマ先生はドランに尋ねる。
「そうだな……、マルク君、明日、時間が取れるかい?」
そう言って、僕に自身の厨房の場所をメモした地図を渡してきた。
◇◆◇
二日目。
僕は卒業試験の最中にも関わらず、ドランさんの厨房へと来ていた。
本来ならばこんなことをしている場合ではなく、卒業のために一本でも多くのポーションを売り上げなければいけなかったのかもしれないけれど、ドランさんの話を聞いてみようと思ったのだ。
ドランさんは、最初にあったときのような、とても明るい顔で僕を出迎えてくれた。違うのは、いわゆる料理人のような白い服装をしていたことだ。
「ごめんね、卒業試験だろ?呼び出してしまって」
僕は慌てて手を振る。
「いえ、たぶん昨日の売上げ方だと、もう卒業できないと思うし……」
ドランさんは、僕が持ってきたポーションの代金を手際よく支払うと、何やら砂糖の粉やらリンゴやら、まるでジュースを作るための材料を、調理台の上に用意する。
「実はね、僕もシグマ先生の生徒だったんだ」
ドランさんは簡易魔法で氷を生成すると、それをボウルで水と混ぜ合わせる。そのボウルの中に、ポーションのボトルを横にして、ポーションを冷やし始めた。
「そうだったんですか。それでも調合師から料理人なんて珍しいですね」
恐らく、何らかのシロップを作ろうとしているのだろう。
「僕も君みたいに、ポーションが本当に作れなかったんだ。でも、なぜか味だけは癖になるということに気が付いて、それで敢えて料理人の道を薦めてくれたんだ」
ドランさんは、リンゴをすり潰し、砂糖と混ぜる。そして、その液体を鍋にかける。
ドランさんは、例によって、焦げ付かないようにリンゴのシロップをかき混ぜながら、話しかける。
「で、シグマ先生は、あいかわらず『なんか、あるんだよなあ』って言ってるの?」
「はい」
ドランは、火を止め、の魔法で簡単にそのシロップを冷却し始める。
「まだ言ってるんだ。でもシグマ先生の『なんか、あるんだよなあ』って不思議だよね。本当に『なにか、あるんだ』から」
そう言って、ドランは、先ほどの鍋の中に出来上がったリンゴのシロップをポーションボトルに注ぐ。
「はい、これ」
ドランさんは僕にそのポーションを差し出した。
僕はそれを受け取り、マジマジと見つめた。
そして、自分で飲んでみることにする。
「じゃあ、いただきます……」
僕はポーションを口に含み、そしてゆっくりと飲み込む。すると、リンゴの酸味と、しゅわしゅわとした味の刺激、そして弱いながらも、身体の内側から元気になる薬草の効果が上手くマッチ
「美味しい……」
僕は、思わずそう口にした。
◇◆◇
卒業三日目。
僕は再びポーションを並べる。
いや、もうもはや、薬のポーションではないかもしれない。
でも、僕は自分のポーションに自身を持つことが出来た。
冒険者風の男は、僕に話しかける。
「これは、どういうポーションなんだい?」
「えーと、なんていうか……効果は……」
「効果は?」
もう前の僕ではない。
「確かに、効果はありません。目覚ましい回復力も、内から湧き出る魔力も、あるいは足が速くなることも、かといって、毒を与えたり、痺れさせることもできません」
「じゃあ、いったい何のためのポーションなんだ」
「美味しくて、元気になります」
冒険者風の男は首を傾げる。
その困惑の表情に、僕はもう一押しする。
「試してみてください」
周囲の視線も感じる。
「じゃあ、一つ……」
冒険者風の男は、僕のポーションを一本購入する。
僕は、その人の反応をじっと待った。そして……
「……美味い!美味いじゃないか!」
そう言って、男はポーションを、喉を鳴らして美味そうに飲んでいく。
そして、口を拭い、そして満足そうな笑みを浮かべる。
「これは……、確かに美味いな。それになんだか元気になる」
僕は、思わず笑みがこぼれる。
「はい!」
「これ、なんていうポーションなんだい?」
冒険者風の男は僕に尋ねる。
僕は胸を張って答える。
「それはエナジードリンクというものです。確かに即効性はありませんが、こういうちょっと暖かい日に飲むと、喉が潤いますし、元気になるでしょう。何より美味しい」
「確かに、美味しい……だが、エナジードリンクなんてはじめて聞いたぞ」
冒険者風の男は首を傾げる。
僕は説明する。
「ええ、これは飲むと元気になる飲み物なんです。だから、こういう日に飲むと元気になるでしょう」
「なるほど……。確かにそうだな」
冒険者風の男は、僕のポーションを気に入ったらしくもう二本購入する。
そして、待っていたかと言わんばかりに、周囲の人たちが僕の露店に集まってきた。
「俺にも一本くれ!」
「私も!」
僕はポーションを渡し、そして一本売れたらまた次の一本を売る。
それをずっと繰り返していった。
結果、その露店の売り上げは大成功となり、僕の卒業試験は見事クリアとなっ た。
◇◆◇
そのあと、僕は調合師にはなれなかった。
だけど、ドランさんの厨房を借りながら、新しいエナジードリンクの味と効用を考えていた。
夜眠れないときのために、落ち着くためのポーションだったり、あるいは、資源勉強に集中するためのポーションだったり……と、今日も新しいものを作っている。
そして、ドランさんの厨房でその試作品を味見してもらっている。
「うん、これは美味しいね」
「ありがとうございます!」
僕は思わず頭を下げる。
「そういえば、シグマ先生が遊びに来ているよ」
そのドランさんの声を聞いて、思わず速足になる。
そして、僕はシグマ先生に挨拶をする。
「おはようございます、シグマ先生」
シグマ先生は無精ひげを撫でながら、ポーションを一本購入すると、僕にこう言ってくれた。
「だろ?『なんかあった』だろ?」
僕は無言で頷いた。