episode70〜最終話:再び〜
たくさんの作品から見て頂き、ありがとうございます。
本日最終話を迎えます。
ボーカロイド系の音楽を取り入れた作品になりますが、あまり詳しくなく、ここまで話を進めて来ました。
暖かい心で、最後まで読んで頂けると嬉しいです。
その背中は、今日に限ってこちらを向いたまま動かないでいた。
普段ならすぐにでも、こちらへと顔を向けるはずのリリックがだ。
あれからだ。
王妃様の話を聞いてから、リリックの心の中にはそればかりがぐるりぐるりと回っていた。
さすがのナナにもわかった。
その心情により、リリックの耳にナナの声さえも届きにくくなっていたからだ。
明日には、このサズリナ国を出る。
何かを思いながら、今宵の月を見つめるその瞳には哀愁が漂っていた。
ナナはその姿に声をかけられずにいた。
そのまま、ベッドの方へと腰を下ろす。
その目線は、リリックの方へと向けたままだった。
すると、その気配に振り向いたリリック。
「あぁ… ナナか」
本人は微笑んだつもりだった。
しかし、表情に変わりがないのは一目稜線だ。
「眠れませんか?」
「あ、いや、そうわけではないが… 」
そう言いながら、リリックはナナの元へと近づき、隣にそっと座った。
浮かない顔が、手に取るようにわかる。
しかし、ナナはそれをどう切り出して良いのかわからなかった。
「明日にはこの国を出る」
リリックが、その話題に触れないでいるのが気になった。
「滞在中は楽しかったか?」
気になり出したら止まらない
「思い残した事はないか?」
気になって気になって仕方がなかった。
「またいつでも来れ… 」
「リリック様?」
「なんだ?」
言葉を遮るナナの様子にも、特に察する事なく疑問符を投げるリリック。
しかし、ナナはここでやっと本題を切り出した。
「何か… 何か思うところがあるのではないでしょうか?」
「ん? 例えば?」
「…… 例えば… その顔です」
「え? 顔?」
「っはぁ… そうです! 何でそんな顔してるんですか!? 気になって気になって、そればかりに目がいってしまうじゃないですかっ!」
そう言いながら、ナナは両手でリリックの頬を挟んだ。
「ほんなはお? … ゔぅんっ」
リリックはゆっくりと、その手を剥がして言った。
「… そんな顔とはどういう顔だ? わかるように説明してくれ」
「王妃様の件ですよね?」
「… 何故そう思う?」
「王妃様と話したあの時から、様子がおかしいと思ってましたもの… わかりますよ。最近のリリック様は特に… その顔… 今にも泣きそうで、辛そうで… 何をそんなに… 」
「泣きそう? この俺がか?」
ナナは、コクリと頷いた。
「わからないな… 自分が今、どんな表情をして、どんな感情なのかが… わからない。わからないが… 」
そう言いながらも、言葉が詰まるリリックは、ナナの方を向こうとしない。
そのまま、少しの沈黙が流れる。
次に反応を示したのは、隣から啜り泣くような声が漏れ始めていた時だった。
その声に気が付き、リリックは振り向いた。
ナナの瞳からは、大粒の涙が溢れていたのだ。
「何故… お前が泣いている?」
「リリック様が… っく… 泣かないからっ… ですよ!」
(何故怒っている?)
「… この俺が人前で泣くとでも?」
「誰の前だろうと… 泣きたいと思ったら泣いていいんです。… っく… それに… 今度は、リリック様が心を見せる番ではないですか?」
「心… か」
「それに今更です」
「ん? どういう意味だ?」
「この前泣いてたじゃないですか… 」
ナナはカレンとの入れ替わり事件での、曲を奏でたある日の昼の事を思い出しながら、ぼそりと呟いた。
物足りないと言われ、後ろから抱きしめられたあの温もりがふとよぎった。
「… 何の事だか… 」
リリックはその目を逸らしながら、更に小さな声でそう呟いた。
(とぼけてる… )
「先程、王妃と… 母上と少し話した」
ナナはその呼び方を変えたリリックの言葉に、少し口元が緩んだ。
「母上が… あのような事を思っていたのは、薄々気が付いていたんだ。それなのに俺は気にかけるでもなく、自分の事しか考えていなかった。
直接の原因に、あのピアノが関係していたことは知らなかったが… 母上のセダリアを見つめる瞳が、愛とは違う何か別のものである気はしていた。懺悔のような… それに近い感情が垣間見えていた」
「懺悔… ですか?」
「あぁ… あの百合の庭に近づかなかったのは、セダリアを見ると叔母上達を思い出してしまうからだったなんて… 先程始めて知った」
(少し話し込んでいたのは、それも含めてなのかしら… )
「愛か… 」
ナナがその言葉に顔を向け、続きを促した。
「俺への愛情を怠ったと… 謝罪の言葉を向けていたが、俺が聞きたかったのはそんな言葉じゃない… 俺は母上にそう伝えた」
「リリック様が本当に欲しかった言葉… 私、わかる気がします… 」
ナナの言葉に、ゆっくりと目を向けるリリック。
その視線を受け取ると、ナナは意見を述べた。
「それは王妃様の発した謝罪のような言葉ではなく、愛してるの一言… とは言いませんが、それに近い言葉が欲しかったのではありませんか?」
「…… 」
「こればかりは本当に難しいと思います。その言葉を直接伝えるには、家族だとしても勇気がいる事です。ましてや、距離が開いてしまえばしまうほど、それは簡単なものではなくなってしまう。
そして、これからの… リリック様達自身の未来の事… 今までの関係はもちろん消せません。それはわかりきっている過去だから… でもその共有出来なかった時間を、埋めるように過ごす事はできます… よね?」
「これからの時間か… 」
「少しずつでいい。時間をかけて、どんな言葉でもいいんです。いや、言葉を交わさない日だってあるかもしれません。それでも顔を見に行くだけでも… 良いんです。寄り添うってそう言う事なんじゃないですか? それがきっと、未来に続くから。私には出来なかった。後で… 離れてしまって気が付いても遅いんです。
リリック様達は、こんなに… こんなに近くにいるんですもの。同じ世界にいるだけでも十分じゃないですか」
「ナナ… すまない… そうだな。今までは、自身のこの立場に甘んじてしまっていた。贅沢過ぎるな… 礼を言う」
「ふふ… でも私は今までのリリック様も好… っ…… すぅ……… ではっ泣きましょう!」
「は?」
「泣いてしまいましょう! その感情を全てぶちまけるんです!」
「何故そこに繋がるんだ? … というか、今何かとても重要な事を言おうとしていなかったか?」
「……… 何も?」
ナナが目を泳がせていると、リリックは顔を綻ばせながら、覗き込んだ。
「それがお前の言う ’愛の言葉’ なのではないのか?」
「だっだっだからっ、そのっ! そんな顔をしているリリック様をほっとけないんです! 見てるだけで心が… ぎゅうって… 」
(無理矢理話を戻したな)
「いや、そう言われても… 既にそのような感情にはもう… 」
「ほらっ泣いてっ!」
「はっ? え? な、泣けっ… て」
そう言いながら、ナナはその腕を強く引っ張り、自身の胸へと誘った。
その行動に、リリックの表情はみるみるうちに赤くなっていった。
それを悟られまいと、その胸に顔を埋めたままでいようと決めたリリック。
しかし、本心はそれだけではなかった。
「私も… 私も同じなんです。… 私だけじゃない。誰しもが誰かの子供ですから…
親子の形は人それぞれでも、世界中の親は子供に対して自分の苦労をあまり言わない。それはできるだけ言いたくないからなんです。
心配するのは親だけでいい。自分の子には心配をかけたくない。そう思うのは、当然の事でしょうから… 当たり前に近いんですよ、きっと。かくゆう私も、あちらの世界では、家族に心配ばかりかけて、大きな口は叩けませんが…
今はわからなくとも、いつか… 私達も人の親となれば、わかる時が来るのでしょうか?」
「そうなのかもな… そんな気も知らずに… 今までの俺は、近くにいる者に対して、冷たすぎたのかもしれない。それに気が付いた時には既に遅かった。周りには、見知った顔しか残らなくなってしまっていたからだ。
それが直接の原因だとは言いたくないが… 少なからず影響は受けていたとは思う。
今思えばだが、あの時から人と関わる事に臆病になり始めていた。こうして、いつの間にか段々と周りから人が遠ざかるようになった。しかし、何故かあまり気にはならなかったな」
「では、それにいつ気が付かれたんですか? 何かきっかけがあったんでしょう?」
その言葉に、リリックはゆっくりと顔を上げた。
そしてその近く目の前にあるナナの頬に、長い指を滑り落とした。
ドキリとする表情に、構わず微笑みを与える。
「あぁ… 最初は、その指先が奏でる音にしか興味がなかった」
「その音を探し求めていたというのも、王妃様の為だったんですよね?」
「… そうなのかもな」
(素直じゃない)
「最初からそうだった… 耳が心地良い音に包まれた。気が付けば不思議と目を閉じていた。その音に集中したくなったからだ。そして瞼を開くと、そこには楽しそうにしている庭師がいた。普段は怯え、距離を感じるその姿がだ」
(やっぱり… わかっていたのか… )
「そして気が付いた時には、その根元にいる弾き手が気になって仕方がなかった」
そう言うと、再びナナの方に真っ直ぐな視線を向けた。
「音を聴くたび、そしていつしか本人を目にするたびに、近づいきたくてたまらなかった。言葉を与えようにも、その方法がわからない。こんな気持ちになったのは初めてだった。そして、そんな時にあの事件が起きた」
(あの事件?)
「ナナから迫ってきた? 時には嬉しさのあまり、それが夢でも構わないと思った。
その呪いの元凶の者に、感謝したいとさえも思ってしまった程だった」
(え? リリック様がそう思う程のそこまでの事って… ?)
「え、えと、お言葉ですが、リリック様? 私は、その時の事を覚えていなくてですね… 本当に私でした?」
「あぁ、あの感触は、のちに再度確認したからな。お前の… ナナの唇で間違いない」
顔が再び熱くなるのがわかる。
「まぁこれからは、何度でも確認することができるしな」
「え!? んなっ… 」
ナナは思わず自身の唇を抑え隠した。
「正直なところ、今すぐにでも… 」
そう言いながら、顔を傾け迫り寄ろうとするリリック。
それを制止しようと、ナナは両手を前に出した。
「ちょっちょっちょっおっと… 待って下さい!」
「ん?」
リリックは、その当たり前のような疑問の表情を向けた。
まるで、何故止めるとでも言っているかのように。
「まだ話は終わってません…… ゔぅん… え、えぇと、リリック様はそうやって自分の事を言うけれど… 確かにあなたの存在は怖くてたまらなかった… けど… 」
「けど?」
「でも… でもちゃんと関われば、わかる人にわかるし、結果離れずに側にいた人はいます! それだけで十分だと思うような人達ばかりです。
ネイルさんやセダリアさんがそうじゃないですか」
「身内や仕事上では、また違うだろう?」
「そうじゃない! … そうじゃないんです! 今は表立って、そう見えているかもしれない。信頼する人のみを残したように見えるのかもしれない。
ただ、何かに隠れてそういう人はたくさんいます!
そしてきっとこの先も、もっともっとリリック様の事を心から見て、わかってくれる人は増えてきます! 何度も言います! だってこんなにっ… !?」
その瞬間、リリックの力強い腕に引き寄せられ、ナナはその胸へと顔を埋めた。
片側が押されて、呼吸がままならない。
片方の耳で微かに聞こえたそれは、ナナが一度感じたものだった。
「な、泣いているんですか?」
「… っ泣けと… 泣けと言ったのはお前だろう?」
確かめるべく、ナナはその身体を引き剥がそうとした。
しかし、更にその力は強まることとなる。
そして、ふと込めた力を弱めた瞬間、ナナはその脇腹へと全集中させる手を送った。
「… !? う… や、やめろ!」
そしてその隙を見て、ナナはその頬へと両手で触れた。
「ふふっ… ふふふふふふ… 」
「… 話したい事は終わったか?」
「はい… 」
2人は微笑むとそっと唇を重ねた。
その感情を伝える一つの方法として、何度も重ねたていった。
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あれから数ヶ月後。
この日ナナが二回目のその花を咲き誇らせていた。
そう、彼への二度目の誕生祝いと共に、昼間の演奏会が開かれようとしていた。
しかし、リリックには到底納得できない出来事が、今朝起こったのだ。
なのに何故か、その会は続行されようとしている。
リリックの元に届けられた一枚の紙。
’申し訳ございません。本日、欠席をさせて頂きます’
そう書かれた手紙には、 ’ナナ’ という文字と共に百合の花が置かれていた。
訳が分からなかった。
何故なら、この会の主催者はナナ本人だと聞いていたからだ。
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そして、主役を待たせてやっとその場に現れたのは、意外な人物であった。
いや、それは意外でも何でもない。
故そのような姿をしているのかは、その場にいる誰しもが理解できなかった。
初めて見る者。
再び目にする者。
その反応は人それぞれであった。
しかし、その中でやはりリリックだけは違かった。
表情が隠す事ができない。
「そう言うことか… 」
更にはその喜びに満ちた表情にも、驚きの感情が会場中に溢れていた。
そして、再度現れたその ’ウサギ’ はやはり奇妙に左右非対称な耳を揺らしながら登場する。
そのウサギは、何処に向けてなのか一礼すると、ピアノの前へと腰を下ろした。
辺りには微かな騒めきだけが残る。
ウサギはこれに慣れていた。
この世界に来てからというもの、何度も何度もその騒めきを潜ってきたからだ。
ふとその時の記憶が蘇る。
しかし、もう怖くない。
手が震えるようなんて事もない。
きっと…この世界に来たおかげだ。
そして、信頼できる人達と出会えたから。
そう思うと、ニヤリと笑わずにはいられなかった。
その仮面の下は見えないものの、手に取るようにわかるリリック。
彼の表情に、側近であるネイルが周りに対し、それを制するように軽く片手を上げた。
一瞬にして静まり返ると、その音色が舞い出す。
一音目が始まると共に、歌声も舞い出す。
こんな事は初めてだった。
これはナナとしてなのか、ウサギとしてなのか… 本人自身は、 ’欠席’ という事になっているのだから、おそらく前者としてなのだろう。
「… わざとか?」
そう漏らしながら、リリックは嬉しそうにその曲を耳へと染み込ませていく。
誰しも納得する程の演奏だった。
この一曲にたくさんの想いを込め、そして解き放っていく。
その曲を弾き終わると、そのウサギはゆっくりと立ち上がり再び一礼をした。
この日の主役が、ウサギへと近づいた。
その手がゆっくり伸び、そして面をそっと外した。
そして迷わずその唇はウサギの仮面の下の者へと重なった。
まさかの行動に、声すら出なかった。
ナナは目を見開いたまま視線で訴えた。
「言っただろう? 俺以外の者の前で歌えば、その口を塞ぐと」
そう言いながら、優しく微笑み、再び愛を与えた。
今回最終話を迎えました。
ずっと見てくださった方、少しでも見てくださった方。
本当にありがとうございました。
ナナが最後に弾いた曲は、
ダズビーさんの【回る空うさぎ】です。
あくまでも、作者が聞きながら想像し、執筆した楽曲を参考までに載せております。もちろんお好きな曲を聴きながら、楽しんで読んで頂けるといいと思います。
ここまで、知らない分野に触れ、たくさんの素敵な楽曲に出会えた事を嬉しく思います。
間違った方向の曲も、もしかしたらあったのでは無いかと思います。
それでも、作者は書いていてとても楽しかったです。
音楽を聴きながら世界観を想像し、物語りを進めていくのに、その手が止まる事はありませんでした。
至らない点も多々あったかと思います。
読んでいて、不快に思った方もいるかと思います。
それも全て受け入れ、今後の活動に繋げていけたら幸いです。
文章に乱れや疑問がある場合もメッセージ等頂けると嬉しいです。
また、心ばかりの評価なども頂ければ大いに喜びますので、宜しくお願いします。
今まで本当にありがとうございました。
 




