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episode68〜無償の〜

たくさんの作品から見ていただき、ありがとうございます。

ボーカロイド系の音楽を取り入れた作品になりますが、あまり詳しくないのが現状です。

暖かい心で呼んで頂けると嬉しいです。


完全に向こう側への音が塞がり、跡形もなくピアノが消えた。


泣き崩れるナナを抱きしめるリリック。


そこに残ったのは、楽譜の最後のページだけだった。


それはとても薄く、触れれば破れるのではないかと思う程であった。


最後のベージに何か描かれている。


それはひとつの林檎だった。


瞬く間に譜面の表面が膨れ始める。


その林檎が実物として浮かび上がり、ゆっくりとその姿を現したのだ。


それはとても、我々が知り得るような林檎の色ではなかった。

血紅色に付した林檎が、ナナ達の目の前に現れたのだ。

ナナはその林檎に見覚えがあった。


この世界と共に来た林檎。


そして先程、その変わり映えのない姿に驚いたばかりだった。


それを手にしていたはずのネイルは、自身のその手にそれがなくなっている事に気が付かなかった。


「何故… あの林檎が… 」


ネイルのその言葉に、リリックは見開いたその視線をそのまま向けた。


それに応えるように、首を振るネイル。


咽び泣くナナは、その存在に気が付くのに少し遅れた。


林檎が目の前にあるのは、今のナナにとってはどうでも良かったからだ。


今後一切会えないと覚悟したその決意が、今まさに身体中へと染み込んできていた。


この気持ちを抑えようにも抑えられない。


溢れてくるその感情は、とてもじゃないが今すぐに抑制する事が難しかった。


リリックは小刻みに震える肩を支えながらも、林檎の存在が気にならざるを得なかった。


(何故あの林檎が、ここにある?)


そして、リリックがそれに触れようと手を伸ばした瞬間、セダリアの声が辺りに響いた。


「ダメだ! それに触れてはいけない!」


その声に、身体が反応するリリック。


振り向こうとしたその瞬間、今度は細く震える手が横から伸びた。


「ナナッ… !?」


その手は迷わず真っ直ぐに林檎の方へと向かっていった。


咄嗟にその手を掴むリリック。

指先が触れる寸前だった。


ナナは力を弱める事なく、手を伸ばそうとしていた。


「ダメだっ… く… ナナ!?」


触れたい


「ナナッ! それに触れてしまったら、確かに家族に会える。でもっ… でも決めんだろ!? リリィ達の… この世界に残ると… 」


会いたい


ナナはどうしてもその林檎に触れたかった。


彼らの声は、微かに聞こえていた。


その声にどう反応していいのか、今のナナには判断する余裕すらなかった。


もしかしたら、この林檎に触れれば元の世界に戻れるかもしれない。


先程、別れを告げたばかりだが… それでも…

身体の何処かには心残りがあった。

欲望が真っ直ぐにと、林檎の元へと向かいかけていた。


「きっと… 君のお母様もお祖母様もそう願っているはずだ。君の… 君の決めた事を信じているから」


『ナナ… 私達はあなたを信じます』


「はっ… お母… さん」


ナナはセダリアの声により、先程の母の言葉を思い出した。


伸びる手はそのままだった。


しかし、その表情は再び涙で溢れかえる。


ふと、耳元で声がした。

その声は、ナナがこの世界に留まるための理由でもあった。


そう、あちらの世界の2人とは、違う愛しさを抱いた人物。


こんな感情になるのは、人生で初めてだった。

この世界に留まりたいと思った最大の理由が今も尚、ここにある。


その伸びる手を身体ごと包み込むようにして、脳内へと響かせた。


「ナナ… 決め事をしよう」


「え?」


ナナは、意識を少しずつ取り戻すことが出来た。

涙でぐしゃぐしゃになっているその顔を、声のする方へと向ける。


「決め… 事… ?」


「今後、ナナの時間を縛ったりしない。

毎夜、俺の部屋でピアノを弾かなくとも良い。

弾きたい時に弾けばいい」


「それって… もう… 私の事… 」


「いや、だが… ゔうん… 俺個人的には… 毎日でも… 聴きたいが… 」


その正直な言葉に、少しずつナナの顔が綻んでいく。


「それと… 」


「え? まだあるんですか?」


「いいから聞け… それとだな。もし… もし嫌でなければ… 1曲弾くたびに、ナナの思い出を1つ話して欲しい。あちらの世界にいた時のことを… 何でもいい」


「リリック様… 」


「もちろん嫌な思い出は、無理に言わなくとも良い。良い思い出はそれ以上にあるだろう?

嫌な思い出がただ印象強く根付いてしまっているだけで、実際には家族と深い思い出の方が多いに決まっている。何よりも長く過ごしたのは、家族との時間のはずだからな。違うか?」


その言葉に、ナナは首を大きく横に振った。


「だから、あちらの世界の事を忘れる必要はない。俺も一緒に覚えていられる」


「ふふ。そうですね。でも何だか私ばかりな気がしません?」


意地悪な笑みを浮かべながら、未だ流れている涙を拭った。


「そう… か?」


しかし、この涙の種類が途中から変わっていることにリリックは気が付いていた。


「… では、リリック様は何をくれるんですか?」


「ん… 」


「何か下さい… 」


「… ふっ、あぁもちろんだ。何よりも大きいモノを与えよう」


ナナはその目をじっと見た。


「それは… 」


「それは?」


「無償の愛だ」


決して聞く事はないだろうと思っていた、その言葉が今。


人の感情が欠損していると言われていた、あの冷徹無比の殿下がたった今。


真剣な愛という形の言葉を発したのだ。


ここ最近の彼の変化を見てきた者達は、この状況に驚くような事はもうなかった。


ナナへと向けられているそれは、何物へも変えられない本物であるとわかっていたからだ。


しかし、それを向けられた張本人は違った。


その言葉に思わず吹き出してしまう。


周りにいた者達は、反射的に一瞬焦った。


これまでからして、リリックに対して、そのような返答をした者は、非常に鋭い目を向けられるはずだからだ。


しかし、ナナともなるとやはり違った。


「… う、何がおかしい… 」


「ふふ… ごめんなさい… えと… はい。約束ですよ? 私達だけの決め事。無償の… それもとびきり大きな愛を下さいね! 期待してますから」


ナナはそう言うと、先程までとは打って変わって、心からの笑みをリリックへと向けた。


リリックはその表情に惹きつけられるように、熱く愛に溢れた口づけをした。


一瞬驚いたナナだったが、すぐにそれを受け入れるように返した。


まもなくして、その林檎はゆっくりとその姿を崩し始めた。


そして、跡形もなくなったその場に目を向けたナナ達は、その弾き終えたばかりの切ない指先を見つめた。





最後まで読んで頂き、ありがとうございます。


(基本歌は歌っていません)

あくまでも、作者が聞きながら想像し、執筆した楽曲を参考までに載せております。もちろんお好きな曲を聴きながら、楽しんで読んで頂けるといいと思います。


文章に乱れや疑問がある場合もメッセージ等頂けると嬉しいです。

また、心ばかりの評価なども頂ければ大いに喜びますので、宜しくお願いします。

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