毒婦のお仕事.4
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公爵家は門からして大きかった。
(これは、お城といっても過言ではないわ)
場所こそ王都の外れだけれど、そのかわりに緑が多く、そしてでかい。とにかくでかい。
石をアーチ状に組んだ門を抜けると、長い道がうねうねと続いている。
ところどころにガゼボや噴水、建物が見えた。
充分に立派な建物は別宅や、夜会の会場として使われるホールらしい。
(これが別宅? 売ったジーランド男爵家の何倍も立派だわ)
敷地内には修練場と思わしき場所もある。
スタンレー公爵家といえば、代々王族を守る第一騎士団長を務めている武闘派だ。
ジェルフは三年前の隣国との戦いで、まだ二十三歳の若さにも関わらず中隊長を務めた。
それも、戦略の要となる部隊のだ。
(昨晩レガシーから教えて貰ったけれど、ジェルフ様って凄い方なのよね)
その戦いを勝利に導く貢献をしたと、国王から褒章を授与されている。
着ている騎士服の肩には、勲章と一緒に渡される肩紐が幾つも垂れており、それがジェルフの地位を現していた。
ちなみに、勲章は普段着けていると邪魔になるので、式典や夜会でのみ着けられる。
馬車が止まると、ジェルフは御者に帰るよう伝え、迎えにきた執事にマリアドールの荷物を持つよう命じた。執事は恭しく礼をするものの、その目線は厳しい。
(あまり歓迎されていないようね。ま、毒婦が婚約者になるのだから、家臣として良く思わないのは当然だわ)
案内されたサロンは日当たりが良く、出された紅茶はすこぶる良い香りだ。
ソファはふわふわで、調度品から何から桁外れすぎて「ほぉ」とため息しか出てこない。
「マリアドール様はさぞかし多くのお屋敷をご存じだと思いますが、そのどれにも見劣りしないと自負しております」
「ええ。今まで伺ったどのお屋敷よりも素晴らしいわ。それに紅茶も美味しい、ありがとうございます」
執事の嫌味には笑顔で返す。それがマリアドールのモットーだ。
(毒婦の私が、いろんな屋敷を訪れ男性をたぶらかしていると言いたいのでしょう。でも、いちいち嫌味に反応していたら、悪女なんてできないのよ)
いつものことだと気にしないマリアドールだが、ジェルフはそうではないようで。
硬い声で「もういい。出ていけ」と命じ、あからさまに不快な顔をした。
その反応に、意外だとマリアドールが目を丸くする。
(まるで、私が毒婦と言われ腹を立てたように見えるわ。もしかして、本当にコバルト様の言葉を信じたとか?)
いやいや、それはあり得ないだろう。
ほぼ初対面の男から「貴方の婚約者と一晩一緒にいたが、手を繋いだだけだから安心してください」と言われ「はい、そうですか」と思うはずかない。
でも、苛立つ様子は明らかに、マリアドールが毒婦と思われることに不快を感じているようだ。
「ジェルフ様は、本当に私を毒婦と思っていないのですか?」
まさかね、と軽く聞いてみたが、返ってきたのは真剣な眼差しだった。
「そうだ」
「! どうしてそんなふうに思われるのですか? 私の噂をご存じですよね? 毒婦だから名前に傷をつけてもよいと思って、私に偽の婚約者役を頼まれたのですよね」
前のめりになって矢継ぎ早に聞くマリアドールに対し、ジェルフは困ったように眉を下げた。
「今となっては、マリアドールの名前に傷をつけるようなことを頼んで申し訳ないと思っている」
「……昨晩お会いしてから、まだ一日もたっておりません。それなのにどうして私に対する考えを変えられたのですか?」
マリアドールは、毒婦の噂を否定していない。
それに、昨晩なんてハーレン侯爵の娘から、ワインをかけられる姿を見られている。
「まず、本当の毒婦なら領民の心配なんてしないよ。俺に領地を任せたいと言ってきた時点でおかしいと思った。それに、ハーレン令嬢とのやり取りだって、貴女は自分の弁解を一切せず、ハーレン殿を擁護していた。いい人すぎるだろう」
「いい人?」
そんなこと、事情を知らない人間から言われたのは初めてだ。
「あと、毒婦なら家宝や形見を売って金を工面する前に、仮とはいえ婚約者の俺に縋るだろう。それに、レガシーやコバルト殿は、貴女のことを心配し大事に思っている。それこそが貴女に対する真の評価だ」
「……過大評価しすぎですわ」
言葉を濁し、視線を足もとへと向ける。
どう立ち振る舞うのがこの場合正解なのだろう。
(誤魔化しきれる? コバルト子爵との会話だけでなく、私が描いた絵まで見られているわ)
ソファの座面が揺れた。顔を上げれば向かいに座っていたはずのジェルフが隣にいる。
黒髪の間から覗く赤い瞳に至近距離から見つめられ、マリアドールの頬が赤く染まった。
ジェルフがマリアドールの銀色の髪を一束掬うと、口元に近付ける。
「!!」
そんな色っぽい視線で見つめられたことのないマリアドールは、もう耳まで真っ赤だ。
髪に口付けが落とされるーーそう思った瞬間、はらりと手が離された。
「ほら、本当に男に取り入る魔性の毒婦なら、これごときでは真っ赤にならない」
「……魔性は初めて言われました」
「はは、肩書が増えたな」
「そんな肩書いりません……」
どうやら反応を試したようだが、未だに距離が近い。
もう限界だと、マリアドールは頬を覆いソファーの隅まで逃げた。
「……ちょっと待て、そこまで初々しい反応は想定外だ。なんだか罪悪感を覚えるのだが」
「男性と手を繋いだことはあります」
「そうだな、コバルト殿もそう言っていたな。なぁ、マリアドール、俺は貴女を信じる。だから貴女も俺を信じてくれないか? 仮とはいえ、長ければ三年も一緒にいる仲だ。貴女が隠していることを暴くのは気が引けるが、おそらく知っておくべきことだと思う」
そろそろと火照った顔から手を離し、その手を膝の上でぎゅっと握った。
(話してもいいの?)
相手は、会って間もない男だ。
でも、それにも関わらずマリアドールを信用してくれた。
それなら、と徐に顔を上げる。
「分かりました」
「では、話してくれ。貴女が生まれる前に亡くなったコバルト殿の奥方の絵を、どうして二年前に描くことができたのか。その理由を」
「はい。でも、決してこのことは誰にも話さないと約束してください」
マリアドールの言葉にジェルフが力強く頷くのを確認すると、言葉を選ぶようにポツリポツリと話し始めた。
次回はマリアドールの回想です。両親がいないこと、能力のことなどなど。
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