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図書館.6

遅くなりましたが!本日2話投稿します!

そして!!書籍化決定、コミカライズ進行中です!!


「ハルメン・ラミレス、そこまでだ」


 凛とした声とともに、薄暗かった室内に細い光の線が差し込む。

 その向こうにいるのは数人の騎士を従えたデニスだ。


「取り押さえろ!」

 

 発せられたひと声で騎士がハルメンを取り囲み、腕を掴み上げ床にねじ伏せた。

 デニスはカツカツとブーツ音を鳴らしながらマリアドール達へ向かってくると、初めて見せる冷たい視線をハルメンへと向ける。


「デニス殿下! 違うんです。これは! そこにいるジェルフ・スタンレーは抜け道を使いこの部屋に入り込んだのです。私はそのあとを追ってここに来て、彼らを捕まえるべく争っただけです。捕まえるべきはジェルフ達です。きっと王族の暗殺を企んで……」


 表情を変えず話を聞いていたデニスは、騎士の一人に部屋の奥へ行くように命じた。

 様子を見に行った騎士はすぐに戻ってきて、抜け道があること、その前の棚が壊されていることを伝える。


「ほ、ほら。本当でしょう。ですから、彼らを……」

「たしかに、スタンレー殿がその道を通ったのは間違いないだろう」

「ならば!」

「しかし、マリアドールはどうなんだ。彼女は堂々と表から入っている。そして司書官に通行許可書を見せこの部屋に入ってきた。お前、どうして俺がここにいるか分かるか?」


 無実を訴えていたハルメンの顔が凍り付く。ジェルフ達がここに来た理由は分かった。しかし、デニスがマリアドールを探しここへ来るはずがない。


「……あ、あの。デニス殿下は、どうして……」

「スタンレー殿から、お前がメルフィー王女殿下の侍女を使って何かを探ろうとしていると聞いた。そこでお前の動きに注視すべく密偵をつけていたんだ」


 そこまで話すと、デニスは手のひらを上にしハルメンを立たせるよう騎士に命じる。

 両腕を掴む騎士に強引に立たされたハルメンの前に、一枚の紙が差し出された。


「これは、この司書官が預かった通行許可証だ。レオニダス王太子殿下の印とサインがある。その筆跡は、本物と並べても違和感はないだろう。だが、これはレオニダス王太子殿下が書いた通行許可証ではない」

「どうしてそんなことが、デニス殿下に分かるのですか」

「レオニダス王太子殿下は自分の名前で通行許可証を書かない。どうしても必要なときは国王陛下の代理として『陛下の名前』を書く。俺が代理をしているときも、そうしていた。もっともこんな細かいルールは、頻繁に通行許可証を見るものしか知らないが」


 これはあくまで「代理」がいる時の決まりで、許可証以外だと、異国と取り交わす書類が対象となる。

 レオニダスも「代理」をする前は自分の名前で通行許可証を発行していた。


 そもそも「通行許可証」は異国の人間に対し、城や特定の部屋への出入りを許可するために発行する。

 城に務めている者は、各部署長から所属部署と名前を書かれた証明書が渡され、それを門番に見せて城内に入る。

 そのため、通行許可証を門番以外が見る機会は殆どなく、「代理」がいる場合のルールについては知らないものも多い。


 城内で通行許可証が必要なのは、門以外だとこの王族専用の図書室ぐらいだが、ここで使用されることはもう何年もなかった。


「門番も含め、通行許可証の使用があった場合は、すぐに俺かレオニダス王太子殿下のもとに連絡がくるようになっている。レオニダス王太子殿下は今メルフィー王女殿下と外出中だから、連絡が俺のもとにきた」


 通行許可証の「代理」ルールは特例で珍しく知られていなくても、これについては周知徹底されていたようで受け取った司書官はきちんとデニスまでそれを届けた。

 渡されたものが偽物だと分かったデニスは、騎士をつれ急ぎここへ向かったのだ。

 


「デニス殿下、ここにカルナ妃殿下の日記があります」

 

 ジェルフが落ちていた日記を拾うと、マリアドールは「毒もあります」と言って握っていた小瓶を見せた。

 デニスはハッと息を飲むと強く拳を握り、込み上げる感情を抑えるように深呼吸をした。


「……それらも回収しろ。日記の筆跡については俺が確認する」


 騎士達がまだ何か喚きたてているハルメンを連れて行くと、部屋は再び静かになった。

 ジェルフがマリアドールの前にしゃがみ、首から流れる血をハンカチで拭う。


「ジェルフ様、私……」

「怖かっただろう。デニス殿下、彼女を医師に診せたいのですが」

「すぐに手配しよう。スタンレー殿、マリアドール、このたびは王家のいざこざに巻き込んでしまい申し訳ない。マリアドール、他に怪我はないか?」

「はい。大丈夫です」


 ジェルフはハンカチをマリアドールの首に巻くと、軽々と抱き上げた。

驚いたマリアドールが「歩けます」と言うも、聞く気はないとばかりに腕に力がこめられる。


「医務室まで案内するよう司書官に命じよう。それから、詳しい事情を知りたいので、そこの騎士を連れていってもいいか?」

「えっ、俺ですか」


 ウォレンが自分の鼻先を指差すと、デニスは小さく頷く。


「どういういきさつがあったにしろ、二人が王族しか知らない抜け道を見つけたこと、そこを使ったことは確かだ。えらく派手にぶち壊したようだしな。それに、赤髪の騎士が城内をウロウロしているという報告も来ている」

「あぁ、見つかっていましたか。分かりました。ところで、命まではとられませんよね」

「デニス殿下、彼に命じたのは私ですので、処分はすべて私が引き受けます」


 デニスは、ジェルフとウォレンを交互に見ると小さく笑い「善処する」と答え、扉へと歩き出した。そのあとを騎士に挟まれたウォレンがついていく。

 マリアドールもなにか言おうとしたけれど、ジェルフに首を振られ口を噤んだ。


「大丈夫だ。ま、棚ぐらいは弁償させられるかもしれないが、俺達がカルナ妃殿下暗殺の犯人を追い詰めたのは事実。うまく交渉するさ」

「えー、本当ですよね。それって俺のことも入っていますよね」


 少し遠ざかった場所からウォレンが振り返り聞いてきた。口を尖らせ不服そうなのに、自分からは決してジェルフの命令であることも、誰が棚を蹴破ったかも言わない。ジェルフが言わなければ、すべて自分の責任にしていただろう、とマリアドールは思う。


(そういう人なのよね)


 不遜な口をききながらも、誰よりもジェルフを尊敬し信頼しているのだ。


 ジェルフの腕から伝わるぬくもりが、張り詰めていたマリアドールの心を緩ませていく。

 強張っていた身体から力が抜け、頭が自然とジェルフの胸へ傾く。

 すっと空気を吸えば、喉はまだ痛いけれど、慣れ親しんだ匂いが身体に染み込んでいった。


「これで全部終わったのですね」

「そうだ。もう、なにも心配はいらない。よく頑張ったな」

「ジェルフ様、ありがとうございます」


 旋毛に柔らかな口付けが落とされ、マリアドールは瞳を閉じ安堵に身をゆだねた。


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