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毒婦のお仕事.2

本日1話目です


「次はドロリー宝石店へ行ってください」

「畏まりました」


 御者はバシッと手綱を一度振るうと、マリアドールか告げた場所へと向かった。

 大通りを抜け、少し曲がったところで止まったのだが、扉が開かない。

 荷物を手にしながら、どうしたのかと首を傾げたところで、やっと御者が扉を開けた。


「何かあったのですか?」

「ええ、どうやらドロリー宝石店に泥棒が入ったらしいです。怪我人もいるとかで、王宮からきた騎士が対応しています」

「怪我人!? コバルト様はご無事なのかしら?」

「怪我をしたのは従業員らしいので、コバルト・ドロリー子爵はご無事のようです。どうしましょう、出直しますか?」


 御者はチラリとマリアドールの荷物を見る。

 ドロリー宝石店は宝石の買取をしてくれることでも有名だ。おおよそマリアドールの鞄の中身に思い至っているのだろう。


(私の用事は後日にするとして、心配なので様子だけでも伺いに行きたいわ。何かお手伝いできることがあるかも知れないし、邪魔ならすぐに帰ればいいわよね)


 コバルト子爵は二十年も前に妻を亡くし、以降、後妻を娶っていない。子供達は成人し孫もいて別に暮らしており、今は昔から仕える従者と暮らしている。


「少しここで待っていてくれないかしら」

「分かりました。では、一つ向こうの角にある公園に馬車を止めます。ここでは騎士の邪魔になるかも知れませんから」

「ええ、そうしてください」


 マリアドールは荷物を持つと、馬車を降り店へと向かった。馬車に置いたままにして、もし盗まれたら御者の責任になってしまう。それは申し訳ないので、少々邪魔だけれど持って行くことにしたのだ。


 騎士に断りを入れ店内を進むと、普段は商談に使うテーブルに肩を落として座るコバルトの姿が見えた。颯爽とした初老の男性のイメージだったけれど、その背中が今日は小さく見える。


「コバルト様、大丈夫ですか?」

「えっ? マリアドール嬢。どうしてここに?」

「少し相談があって来ましたらこの騒ぎで。心配で様子を見に来ました。お怪我はないと聞きましたが、ご気分はいかがですか?」


 聞きながら、奥のカウンターに目をやる。その後ろにある扉からいつも従業員がお茶を持って来てくれるから、台所に続いているのだろう。


「よければ、私がお茶を淹れますわ」

「いやいや、誰かに用意させるよ。今、私への聞き取りが終えたところで、少しぐらい自由にしてもよいだろう」


 コバルト子爵は手の空いている従業員に声を掛け、お茶の用意と知り合いが来たので会っていることを騎士に告げるよう伝えた。


「申し訳ありません。ご無事なようですし、やっぱり私は帰ったほうが……」

「いや、できれば話し相手になって欲しい。朝から気を張ってへとへとなんだ」


 使用人がお茶を置いて直ぐに立ち去って行く。そうは言っても長居はできない状況だ。


「泥棒はどこから入ったのですか?」

「それが、お恥ずかしい話、従業員なんだ」


 はぁ、と吐くため息が重い。

 ロマンスグレーの頭ががっくりと項垂れた。


「半年前に雇ったザックという四十代半ばの荷夫だ。私と一緒で妻を亡くしていたこともあり気があってね。最近では倉庫整理や雑務も頼んでいたんだ」

 

 その時に、倉庫の鍵を仕舞っている金庫の場所を知ったらしい。

 もちろんダイヤル番号は教えなかったが、腕利きの鍵師だったようだ。

 倉庫の中には買い取った宝石があり、その中でもさらに高価なものは金庫に入れていたが、こちらも解錠されたらしい。


「幸い、夜勤の警備員がいつもより早い時間に巡回したおかげで、持っていかれたのは四分の一ほどだった」

「巡回時間は決まっていないのですか」

「一時間ぐらいの誤差は本人に任せているからね。盗まれたことは腹立たしいが、マリアドール嬢が描いてくれた絵に傷が入ったことがショックでね」


 絵はコバルト子爵の執務室にかけられている。

 倉庫の鍵を入れた金庫は子爵室にあり、暗闇の中押し入った際にぶつかったのか、左下に硬いもので削れたような跡があるという。


「それは大変ですわ。修復いたしますので預からせてください」

「申し出は嬉しいが、マリアドール嬢が妻のことを覚えていられるのは二ヶ月。絵は二年前に描いて貰ったものだから、もう無理だろう」

「奥様の肖像画を新しく描くことはできませんが、修復程度なら問題ありません。ただ、今急いでしなくてはいけない仕事があるので、少しお時間がかかるかも知れません」

「構わない、では少し待っていてくれ」


 店内にいる騎士を掻き分けるようにして執務室に向かったコバルト子爵は、手に三十号ほどの大きさの絵を持ち戻ってきた。


「では、これを……」

「ち、ちょっと待ってください! コバルト子爵様、まだ検分が終わっていないのに勝手なことをなさらないでください」


 コバルト子爵の背後から長身の騎士が声を掛けた。

 そちらに目をやったマリアドールは、あら、と目をパチパチさせる。

 その騎士の後ろに立ち、この場を取り仕切っている黒髪の騎士は……


「ジェルフ様、どうしてここに?」

 

 ビシリと隊服を着たジェルフが、マリアドールの声に振り返った。

 向こうも驚いたようで、切れ長の赤い瞳が丸くなっている。


「マリアドール、何をしているんだ?」


 右脚をやや引き摺りながらやってきたジェルフは、コバルト子爵とマリアドールを交互に見る。

 何やらコバルト子爵を見る目が剣呑としているが、気のせいだと思いたいところだ。


「ドロリー宝石店へ来たらこの騒ぎでしたので、コバルト子爵がご無事か伺いに来たのです」

「そうか。子爵に怪我はない。まだ現場の検分が終わっていないので、帰ったほうがいいだろう」

「そうですね、申し訳ありません。絵を預かりたいのですが、駄目でしょうか?」


 絵、と言われ、ジェルフはコバルト子爵が手にしていた額縁を見た。

 長身の騎士が言っていたのはこのことかと合点したようで、ジェルフは首を横に振る。


「その絵に犯人が触れた可能性がある。コバルト殿、暫くこちらで預かりたいのですがよろしいですか?」

「そうですか。それなら仕方ありませんね。マリアドール嬢に修復して貰うのは絵が戻ってからにしましょう」

「マリアドールが修復? ではこの絵はマリアドールが描いたものか」

「はい、そうです」


 マリアドールとジェルフのやり取りを聞いていたコバルト子爵は、うん、と僅かに眉間に皺を入れた。


「スタンレー公爵様は、マリアドールと知り合いなのですか?」

「ええ、先日婚約しました」

「!!」


 わざわざこんな時に言わなくても、とマリアドールは口をはくはくさせた。

 しかし、ジェルフはそんなことお構いなくマリアドールの隣に立つ。


(き、距離が近くないですか?)


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