図書館.5
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「なんの音だ!」
驚いているハルメンを、残りの力をすべて出し切り突き飛ばすと、マリアドールは絨毯に倒れ込みゴボッコホッッ、と何度も咳をした。
必死に肺に空気を送り込み、声を出そうとするけれど、首を絞められていたからか掠れ声しか出ない。
「た、助け」
絨毯の上を走る独特の足音。その方向に這おうとするけれどすぐにハルメンの腕が首に巻きついた。
再び喉を締められないように、腕と首の間に手を入れ隙間を作ったけれど、苦しいことに変わりはない。
「マリアドール!!」
「ゲホッっ。じ、ジェルフ、様!!」
棚の影から現れたのはジェルフ。
ハルメンに囚われたマリアドールを見て、瞬時に何があったかを把握し、舌打ちする。
「やはりお前か」
「どうしてここが分かった! いや、その前にどうやってここにきたんだ」
ハルメンは手放していた剣を素早く拾うとマリアドールを強引に立たせ、その切先をジェルフに向けた。
「なぜお前がここにいる。それにあの音……」
困惑するハルメンの剣先の向こうに、もう一人赤い髪の騎士が現れる。
「ジェルフ様、いくらなんでも王族専用の書棚を蹴破るのは問題だと思いますよ」
緊張感のない声でひょこっと顔を出したのはウォレン。あーあ、と言いながら無防備に後ろを振り返る。
「だから、さっきも言いましたけれど少しこつがいるだけで、扉はスライドさせれば開くんですって。それを蹴破るとか、俺知りませんよ」
「緊急事態だ。それより俺達があの通路を通った方が問題視されるから大丈夫だ」
「明らかに大丈夫の使い方が間違ってますけどね」
淡々とした口調に加え、なぜか二人とも剣を抜く気配はない。しかし、ハルメンが僅かにでも動けばとびかかれるよう、視線は一点を見据えている。
「あ、あの通路? お前達まさか、抜け道の存在を? いや、あれを知っているのは王族だけ。国王陛下だって、暗殺に使うならと俺に教えてくれたのだから、ダンブルガス国から来たお前達が知るよしなぞ……」
話に一人だけついていけないマリアドールは、抜け道と聞いて怪訝に眉を寄せた。
お城や上級貴族の邸の中には、いざという時のために抜け道があるとは噂に聞いていたけれど、それはどこか御伽話めいていて本当に存在するとは思っていなかった。
(でも、これでどうやってハルメンが誰にも知られずにここへ来たか分かったわ。ここは密室なんかじゃなかった)
抜け道を通り部屋に忍び込みマリアドールを殺害。再び抜け道で外に出てしまえば、誰もハルメンの仕業だと思わない。まさしく、呼び出すのにうってつけの場所だ。
「まさか王弟が教えたのか?」
「デニス殿下がそんなことを俺に言うはずがないだろう。カルナ妃殿下の死が王位継承権に絡んで起こった可能性があるなら、それはレオニダス王太子に嫁ぐメルフィー王女殿下にも関わること。ダンブルガス国の騎士として調べる必要があると判断した」
とはいえ、ジェルフが動くのはあまりにも目立ちすぎる。そこで、名があがったのがウォレンだ。
人懐っこい笑顔で相手の懐に入るのがうまく、万が一危険な目にあっても自分の身を守れる剣技がある。
犯人が城の中にいたのか、それとも人知れず忍び込んだのか。
後者の可能性も考えた結果、抜け道の有無について調べることになった。
しかし、城の中をあちこち探し回るなんてことはできない。
そこでまず、離宮を徹底的に捜索することにした。
離宮はレオニダス王太子の母親が側妃だった頃に住んでいたものだから、そこにだって抜け道があるかもしれないと考えてのことで、この考えが見事に当たった。
離宮の庭の端にある石像は高さ一メートルほどの台座の上に立っている。その台座の裏側が外れ、地下へと続く階段が現れたのだ。
「見つけたときは驚きましたよ。で、カンテラ片手に中に入って、方向的に城かなと思う方に進んだら行きついた先はこの部屋だった。スライド式の本棚でとじられていたから、部屋側から見たらそこに抜け道があるなんて分からないでしょうね」
「しかし、あの本棚には仕掛けが……」
「本来スライドすべき方向と逆に一度引き、それから押し上げるようにしなくては開かないんですよね。ちなみに、抜け道側からは絶対に開けることができない扉も幾つかありました。あれは王族の部屋に直結するものでしょう」
本来、抜け道は部屋側からしか開かない。しかし、この図書館については、城内に敵が侵入してきたとき、挟み撃ちにできるよう抜け道側からも開けられるようになっていた。
(まるで密偵ね。……でも、ウォレン様なら何故か納得できてしまう)
かつては変装をして盗賊団に潜り込んだこともある。寧ろそれぐらいできて当然のような気さえしてしまう。
マリアドールが感心していると、ウォレンはさらに、場外へと繋がる出口はメインストリートと港からの道が交差する初代国王の銅像に繋がると話した。あそこからなら港へもすぐに行け、船で国外に脱出することも可能だ。
ただ、抜け道の存在を見つけたまでは分かったけれど、どうして今、マリアドールがここにいることを知ることができたのか。マリアドールが不思議に思うぐらいだ、当然ハルメンもそこに引っかかった。
「だが、なぜここにマリアドールがいると知っているんだ?」
「メルフィー王女殿下から、マリアドールの姿が見えないと聞き、使用人達に聞いて回ったんだ。すると庭師が布で包んだ何かをかかえ城の方へ行くのを見たと教えてくれた」
「抜け道を利用した作戦に自信があったんだろうけれど、詰めが甘いね。で、ジェルフ様は俺を案内役にしてここまで来たんだけれど、焦って本棚を蹴破っちゃったんですよねー。あれ、俺は弁償しませんよ。知りませんからね」
ぶうぶうと文句をいいながら、ウォレンは少しずつ間合いを詰めてきている。
とんでもない内容をにこにこと話しながら、いつジェルフが動いても補佐できるように視線は常にハルメンとジェルフ、交互に向けられていた。
ジェルフもじりじりと距離を縮めるも、剣にはまだ手をかけていない。
それを見たハルメンが切先の向きをマリアドールへと向けた。
鋭い刃が肌に当たり、ツツッと白い肌に赤い線が一筋走る。
瞬間――それはほんの一瞬だったが、ジェルフの赤い瞳が見開き、黒い髪がボワッと広がった気がした。
と、同時に部屋の温度が数度下がったかのように感じ、肌がピリピリとする。
「ジェルフ様! 私のことは気にしないでください。カルナ妃殿下を殺害したのはハルメンです。そこに日記が落ちていますから、それをデニス殿下に……」
「うるさい! 黙れ!!」
ハルメンが叫ぶ。
ジェルフは自身を落ち着かせるように一呼吸すると、視線を鋭くさせ一歩足を踏み出した。
「お前の目的はなんだ?」
「俺を馬鹿にし、虐げてきた父や兄を押し除け、俺がラミレス子爵家の当主となることだ。もう少し、もう少しなんだ。レオニダス王太子殿下の地位が固まれば国王陛下は俺にラミレス子爵家を継がせると約束してくれた」
マリアドールの首に回された腕に力が入る。
ハルメンに持ち上げられ爪先立ちになったマリアドールは、苦しさから顔を歪ませた。
「しかしこの状況はまずいな。そうだ、こうしよう。お前達が不審な行動をしていることに感づいた俺は、後を追ってこの部屋へ来た。そこで抜け道を利用した陰謀……王族暗殺計画でもいいな。それを聞き阻止すべく剣を握り一人立ち向かった。うん、この筋書きで問題ないだろ。ここで俺に大人しく斬られるならマリアドールだけは他国に逃がしてやろう」
「そんな言葉を信じられるわけないだろう」
「それは残念だ。では、いますぐ腰の剣を俺の足元に滑らせろ。もたもたしていたらその瞬間にこの女を刺す」
ジェルフは視線を鋭くしたまま剣を腰ベルトから抜くと、しゃがみハルメンのほうに放り投げた。ウォレンも同じように剣を手放す。
ハルメンはウォレンを目の端でとらえながら、ジェルフに剣を向け、醜く笑った。
「さて、どうする。自分の命と婚約者の命、どっちを取る?」
「決まっているだろう。俺を斬れ」
「ジェルフ様!」
必死で腕から逃れようと暴れるマリアドールにジェルフは優しく微笑む。
「大丈夫だ」
マリアドールはぶんぶんと首を振る。どう考えたって勝ち目はない。
さっきまではジェルフ達が追い詰めていたように思えたけれど、立場は一転した。
(頭の回転が速いわ。こうやって、咄嗟の判断でカルナ妃殿下を心中にみせかけたのね)
決して入念に準備していたわけではないだろう。
それなら、殺す前にまず毒の入った小瓶を回収するはずだ。毒の種類や小瓶が見つかればそこから毒薬を作った人物に辿りつくことも不可能ではない。使っている薬草や怪しい業者、よく似た事件、それらを調べれば、やがてハルメンの名前があがる可能性があった。
だからこそ、カルナの死後あれだけ必死に毒を探したのだ。
そう考えると、咄嗟に臨機応変な対応をとるのは得意だが、慎重に緻密な計画を立てるタイプではないらしい。ウォレンが詰めが甘いと言ったのも頷ける。
ハルメンはふんふんと、頷くと満足そうに高笑いした。
「あとは俺がお前を斬れば終わり。完璧だ。誰も俺を疑わない」
「そうかな。お前が俺に勝つとするなら不意打ちしかない。背後から大きく剣を振り切りつける。真正面から来られて俺が避けられないはずがないからな」
「なるほど。いいアドバイスをありがとう。では後ろを向いてもらおうか」
「ダメ!! ジェルフ様! 今からでも逃げてください。私のことはいいから、早く!」
ポロポロと涙を零しながら叫ぶも、ジェルフは一向に逃げようとしない。
それどころか、ジェルフは赤い瞳をマリアドールに向けると、鋭くしていた視線を緩め微笑んだ。そしてゆっくりと背を向ける。
何度も見た広い背中が、マリアドールの胸を締め付けた。
いますぐにでも駆け寄って、その背中に抱き着きたいのに、手を伸ばせば届く距離にいるのに、それができない。
「マリアドール、よく見ておけ。お前が余計なことをしたから、英雄が罪人としてここで死ぬんだ」
ハルメンが剣を高く上げ、頭上から斜めにそれを振り降ろす。
シャッという空気を切る音にマリアドールが目を閉じた瞬間だ。
「な、なに!? しまった」
ハルメンの腕が斜め上、まさしく今から袈裟懸けに降ろされるその位置で止まった。
なにがあったのかとマリアドールがその腕を辿れば、剣の切っ先が本棚に食い込んでいた。
次の瞬間、ジェルフが振り返りざまにその拳をハルメンに打ち付けた。
ゴキッともグガッとも聞こえる鈍い音とともに、ハルメンはその場に崩れ落ちる。
「焦りすぎなんだ。チャンスだと思ったときほど冷静にならないと足元を掬われる。おっと、この場合は手元か」
「こんな狭い場所で剣を扱うにはコツが必要なんだよ。だから俺は剣を抜かなかったし、ジェルフ様は短剣を選んだ」
短剣? と考える間もなくハルメンの首筋に、ジェルフが胸から取り出した短剣を当てる。
先ほどまでのマリアドールと同じように、それで僅かに皮膚を割くと赤い筋が首を這った。
「これでお終いだな」
「くそ、こうなったら」
あろうことか、ハルメンは素手でジェルフの短剣の刃を握り強引に振り払うと、床に転がるジェルフの剣を掴み、今度は突き刺すよう構えた。
そのままマリアドールに突進すべく、姿勢を屈める。
「お前がいなければ!! 俺はすべてを手に入れることができたんだ」
まさかの暴挙に僅かにジェルフの動きが鈍った。
間に合わない、その顔に初めて焦燥が現れたそのときだ。
図書館とこの部屋をつなぐ分厚い扉が開いた。
ここ数日、誰か登場!で終わっていますが、あと2話です。
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