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図書館.3

『』はカルナの日記の内容です


『国王陛下の体調が回復され、公務に戻られることになった。

 それまで代わりに国政を取り仕切っていたデニスに労りの言葉のひとつでもあるのでは、と思っていたけれど、国王陛下は開口一番「残念だな。もうお前の好きにはさせん」と仰りデニスを睨みつけた。


 国王陛下が立ち去った後、なにあの態度、とさすがに腹に耐えかね言うと、デニスは苦笑いを浮かべ「そう言うと思っていた」と笑う。


 デニスのお母様が亡くなり正妃となった王妃様も数年前に他界。それまで国王陛下の後ろ盾をしていた王妃様のご実家の勢いも衰えたこともあり、デニスを国王にという動きが活発になってきているのは知っている。


 また病に倒れるかも知れない国王陛下より、若く文武両道のデニスが国王に相応しいと考えるのは当然で、おそらくそれは貴族だけではない。軍師としての彼は平民からの支持も高い。


 でも、デニスは王位に着くつもりはない。というのも、デニスを国王にと口にする貴族のほとんどが好戦的だからだ。

 その理由は様々で、軍の装備を作る貴族は戦の数だけ儲かるし、騎士家系は武勲を上げたがっている。


 だからこそ、戦を一番嫌っているデニスは王位に興味がないどころか、臣下降格を希望している。

 王位を脅かされるのが嫌なら国王陛下もさっさとそうすれば良いのに、と思うも、軍師として人望の厚いデニスを臣下にすることで湧き出る不満を考え、未だ王弟として王族籍に入れたままにしている。


 そんな中、デニスの周りで不穏なことが起き出した。ここにそれらを書き残しておく』


 始めの数ページにわたり書かれた内容は、マリアドールにもある程度予想できたものではあった。

 デニスを国王にと考える貴族や貴族間の軋轢に加え、デニスが国王を望んでいないこともジェルフから聞いていた。


 でも、次のページに読み進んだ途端、マリアドールは瞳を大きく見開き、ページを捲る指先を震せた。


 馬車の事故、寝所に刃物を持ったものが侵入、弓矢、毒。一ヶ月に一度なんて頻度ではない不自然すぎる出来事が書き連ねられていた。

 その数はよく無事だったなと思うほどで、さすが、コルタウス国の軍師と感心してしまう。


 日付、事件のあらまし、どういう捜査が騎士団で行われたかが時系列で端的に書かれていたそれは、報告書のように分かりやすい。

 それらが数ページ続いたあとは、数枚捲っても白紙だった。


(これで終わり? いえ、そんなはずはないわ。それなら、この場所に隠す必要がないもの)


 マリアドールはそう思い、白紙のページを何十枚も捲る、と、突然、文字が現れた。

左側のページの中央に一行だけ、ここから先の章タイトルのように青いインクで書かれたその文字は「親友デニスへ」だ。


『デニスへ


 度重なる不審な事故について私なりに調べようと思い、ハルメンに会いたいと手紙を書きました。

 ずっと言えなかったけれど、私の想い人は彼なのよ。趣味が悪い、なんて言わないでね。彼が女性に少しだけだらしないこともちゃんと分かっているんだから。

 

 まだ学生だった私は、勉強や政治、ときには流行の店を教えてくれ、エスコートも完璧な彼にいつしか心を奪われてしまったの。

 

 その彼が、末席ながら国王陛下の護衛騎士になったときは嬉しかった。

 でも、これは信じて。あなたとの婚約が決まって以来、私は彼と個人的な連絡はいっさいとっていなかった。


 もう関わるつもりなんてなかったけれど、でも、どうしても国王陛下が何を考えているのか知りたかった。

 だから、ハルメンに接触したのだけれど、彼は会うなり昔のように甘い微笑を向けてきたわ。

 昔は大好きで、心が締め付けられるように切なくなったその笑みに、私は初めて背筋がぞくりとした。


 だって、私は貴方の妻よ。そんな私に、あの笑みはありえないわ。

 このまま何も切り出さずに帰ろうかと思った私の進路を防ぐようにハルメンは立つと、今度はせつなそうに眉を下げ「会いたかった」と言ってきた。


 あまりの不快感に動転して言葉を失った私を、喜びのあまり声が出ないと勘違いしたハルメンは、会えなかった間どれだけ私を想い続けていたか切々と語り出した。

 

 そのうち彼は、デニスがいなければ今すぐにでも私と結婚したいとまで言い出した。

 嫌な予感がした。凄く、凄く嫌な予感。貴方も知っているでしょう、私のこういう勘は当たるの。


 その時は曖昧に頷き、以降、私は彼と連絡を取り始めた。その間も、貴方の周りでは不審な事故が起き続け、毎日神経をすり減らしながら暮らしたわ。


 だから、私は賭けに出ることにした。

 彼に気持ちがあるふりをし、差し障りのない範囲であなたの行動をハルメンに伝えた。もちろん全てを教えないし、時には嘘も伝えたわ。

 すべてはハルメンが暗殺に関わっていること、その黒幕が国王陛下だという証拠を集めるため。

 そのうち、彼は私を信用し……いえ、貴方があまりにもしぶといから最終手段に出ることにしたのかも。

 そのどちらかは分からないけれど、彼の言った言葉は一言一句覚えている。

「デニスを殺して結婚しよう。ここに毒があるから、これをデニスに飲ませてくれ」

 そう言って、ハルメンは私に小瓶を渡した。


 その日はどうやって部屋まで戻ったのか分からない。

 でも、明け方になってやっと気持ちが落ち着き、今、こうして日記を書いている。

 

 私は今日、もう一度彼に会うわ。

 このまま毒を証拠として貴方に渡すことも考えたけれど、ハルメンが否定すれば今までの事故も含め自作自演だと言われかねない。

 国王陛下を陥れ、その地位を奪おうとしている、なんて噂が立つことも考えられる。

 それにどうしても国王陛下が黒幕である証拠を摑みたかった。


 だから、ハルメンを説得しようと思っている。

 彼はきっと国王陛下に頼まれ仕方なくやっているのよ。って、書いているはしから貴方の呆れ顔が浮かんできたけれど、私はそう信じている。

 私の愛した人は根っからの悪人ではない。

 国王陛下の企みを公の場で証言してくれるよう説得するわ。


 でも、矛盾しているかも知れないけれど、もしものためにすべてを書いたこの日記は誰にも見つからない場所に隠しておくことにする。


 日記の鍵も、この本の隠し場所を記す物もナタリアに預ける。

 彼女には詳しいことを言わないけれど、きっと貴方に相談し、ここに辿りつくはず。


 そうそう、心配性の貴方のためにもうひとつ。

 ハルメンと会う時はきちんと護衛騎士をひとり連れていくから心配しないで。

 

 全部片付いたとき、この日記を読みながら二人して笑うのを楽しみにしているわ』


 読み終わったマリアドールの瞳から涙が零れ落ちた。

 すべてを知ったことの重さに耐えられず心が軋む。


(ベンは、カルナ妃殿下の死後ナタリアはかなり情緒が不安定だったと言っていたわ)


 カルナはナタリアに危険が及ぶことを考え詳細を伝えなかった。

 もし自分に万が一のことがあれば、デニスのほうからナタリアに何か知っていることはないかと問うだろうし、そうなればナタリアは鍵と本について話すと考えていた。

 デニスならあの本の意味がひと目で分かる。


 しかし実際は、ナタリアはショックで寝込んだ。

 カルナ妃殿下の死後一ヶ月間、ベンが仕事を休んだと言っていたのだから相当な憔悴ぶりだったのだろう。


 その後、登城することはなかったし、デニスもまたショックを受けているナタリアをそっとして置いたのだろう。

 ちょっとした歯車のずれのため、この本は今まで見つけられなかったのだ。


 どんな思いでカルナが日記をしたためたのか。

 疑いつつも、それでも最後にひとかけらだけでも信じたかったその気持ちを考えるとマリアドールの胸はギュッと痛くなった。


「カルナ妃殿下を殺したのは、ハルメンだった……」


 つぶやくマリアドールの膝の上に影がかかる。

 部屋の薄暗さに加え、毛足の長い絨毯が靴の音を吸収したせいで、背後に人が迫ってきていたことにぎりぎりまで気づくことができなかったのだ。


 はっとして振り返り仰ぎ見たその先にいたのは、


「そうか、毒はそこにあったんだな」


 感情をいっさい殺した顔でマリアドールを見下ろすハルメンの声が、部屋に冷たく響いた。


もろもろ修正して遅くなりました。より読みやすくなったはずです。

お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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