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図書館.2


 タイル張りだった図書館と違い、床が毛足の長い絨毯に変わる。本棚の誂えも重厚だ。

 本が傷むのを防ぐためだろうか、厚いカーテンが閉められ部屋は昼間というのに薄暗い。

 それでも、壁際にぽつぽつと灯がともっているから、背表紙に書かれている文字は充分に読める。


 棚に番号が書かれた銀のプレートがかかっているので、返却する場所はすぐに見つかった。

 それに、ちょうど持っている本と同じ厚みの分だけ本棚に隙間ができている。実に分かりやすい。

マリアドールはそこで立ち止まると本を戻そう……として、やっぱりこんな機会はもうないのだとその手をとめた。


(最後にもう一度ぐらい見てもいいわよね)


 手袋を持って来ていなかったので、ハンカチでページを捲っていく。歴史的な建造物や、絵画、石造が描かれていて、神話をモチーフにしたものが多いな、と改めて思った。


(妙な遠慮なんてせず、もっと読み漁ればよかったわ)


 これが最後だと全部のページに目を通したマリアドールは、背表紙を名残惜しく閉じようとしたところで、うん? と眉根を寄せた。


(あれ、この刻印……)


 ナタリアの遺品にあった本に刻まれていたのと同じ刻印が、美術の本にも押されていた。

 たしかに神話をモチーフにした建造物が多かったけれど、載っていたのはそれだけではない。この刻印は美術の本に不似合いのように思えた。


(もしかして、刻印の意味は神話、ではない?)


 美術の本を棚に戻したマリアドールは、その隣の本も手にする。

 港や船に関する本のようだけれど、やはり一番最後に同じ刻印があった。それならと右側にある棚にも進み植物図鑑、医学書と手当たり次第手を伸ばし見ると、どの本にも刻印は押されていた。

 最期に手にしたのは、コルタウス国の王族の歴史が記された本。

 丁寧になめした革の背表紙は、その部屋にある高そうな本のなかでも大きく存在感を放っていた。


 片手では持てないから床に座り、膝の上に本を置いてページを捲っていくと、気になる記述がある。

薄暗い中、目をこらし文字を指で辿りながら慎重に読み進たところ。


 コルタウス国は数百年前に一度、隣国の支配下におかれ虐げられていた過去があった。そこから再び独立したのだが、そのときに活躍した革命者の末裔が今の王族らしい。

 そのためか、独立前後では王家の紋章が異なっていて、後者がマリアドールもよく知っている鳥と王冠をモチーフにしたもの。そして前者が、


「……これは、前コルタウス国の紋章だったのね」


 そこに書かれていたのは丸い円の中にある五芒星と太陽の刻印。

 前コルタウス国の王族にも敬意を払う意味をこめ、今もどちらの紋章も使用されている。

 外交など書類に押す印は革命後のものを使うけれど、王家の所有物、または御用達を現わすものには革命前の紋章が用いられるらしい。


「デルミスのブレスレットを作った店に五芒星の旗がかかっていたのは、そのためだったのね」


 神話は関係なかったのだ。となると、疑問が浮かんでくる。と同時に全身の毛穴が開くような感覚に襲われた。


「だとしたら、ナタリアさんの遺品にあった本は、この部屋にあったものだわ。それをどうして侍女である彼女が持っているの?」


 考えられるのは、鍵と同じようにその本もカルナから預かった、ということだけれどそれを返却しなかった理由が分からない。

 それに、そんなに長い間本がなければ司書官が気づくはずだし、なによりマリアドールが見た本棚はびっしりと本が並んでいて空いているスペースなんてなかった。


 返却した本の近くに神話の本があったはずだと、もといた場所に戻り「神話五巻」を探す。


「あった。でも……五巻すべてあるわ。どうして?」


 濃紺の表紙に金色の文字は間違えるはずがない。コルタウス国民なら誰もが知っている神話全五巻が棚には整然と並んでいた。

 

 ごくん、とマリアドールの喉が鳴るも毛足の長い絨毯はその小さな音さえ吸収してしまうようで、あたりはすぐにシンと静まり返った。

 

 ただ、マリアドールの鼓動だけが、ドクドクとやたらうるさく耳の奥で響く。

 震える指先で五巻の背表紙に指をかけ、それを取り出した。


 ふぅ、と息を吐きながら表紙を捲ったマリアドールは「やっぱり」と小さく呟く。

 本は偽物でその中心を切り抜かれ、中には小さな木箱が入っている。

 床に座り、慎重に取り出したその箱は本より二回りほど小さい。そして、箱には鍵がかかっていた。


 マリアドールは暫くそれを見つめたあと、緊張で強張る指をポケットに滑らせ、ベンから届いたばかりの鍵を取り出す。


(王家所有の本を切り抜くことができなかったから、偽物を用意したのね。その上で抜き取った本物は侍女であるナタリアに預けたんだわ)


 カルナはよく図書館で勉強をしていたと聞いている。

 この部屋に入れるのは王族のみで、カルナが亡くなった当時レオニダス王太子は学生。病から回復したばかりの国王陛下がくることはないし、王妃も数年前に他界している。

 つまり、夫であるデニスのスケジュールさえ把握しておけば、ここでもろもろの作業をすることは可能だ。


 カルナの死の直後に荒らされた机や、部屋に忍び込んだ者がいることから考えて、犯人がなにかを探していたことは確実。


「探し物はこれだったのね」


 鍵を差し込み回せば、カチリと小さな音がした。

 蓋を開けた中には、マリアドールの手のひらぐらいの大きさのノートと小さな瓶が入っている。


「王族であれば神話の内容は知っていて当然。借りることはないと思って、この本を選んだわ」


 ここまで考え抜かれ、慎重に隠したノートに何が書かれているのか。

 薄暗い灯の中、マリアドールは一枚目の紙を捲った。


ノートの中身は明日!!

今日もお読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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