ブレスレット.2
少し遅くなりました
城内に出入りするには表門と裏門のどちらかを使う必要があり、もちろん門番が昼夜問わず立っている。
ジェルフは裏門に立つ彼らにデニス直筆の許可証を手渡した。
もともと話が通っていたこともあり、少し年配の門番は重い扉をすんなりと開けてくれた。馬車は門を出るとメインストリートを進み、初代国王陛下の銅像がある交差点を曲がるとそのまま海のほうへ進む。
マリアドールが、これから向かう店がデルミスのブレスレットを扱っていると聞かされたのは銅像を通りすぎたあたり。
「あれは下手をすれば好戦的に取られかねません」
「コルタウス国では身に着けないから問題ない。それに、店を紹介してくれたのはデニス殿下なのだから、行かなければ彼の顔を潰すことになるだろう」
「それは、そうかもしれませんが……」
不意打ちのように連れて来られたことに少々不満はあるけれど、隣に座るジェルフはなんだか上機嫌で、その横顔を見ていると、まぁ、いいかと思えなくもない。
港の近くにあるその店は、レンガ造りの二階建てで、王室御用達と聞いていた割には大きくはない。
でも、百年以上その場所で店を続けているとだけあって、どっしりとした店構えには風格が漂う。
ジェルフの手を借り馬車を降りたマリアドールの目に、店先に掲げられた旗が留まった。
丸い円の中に五芒星、さらに中央に太陽が描かれたそれは、ベンに見せてもらった神話の本にあった刻印と同じ。
(ここはデルミスのブレスレットを取り扱うお店。やっぱりあれは神話に関わる印なのね)
パタパタと潮風になびくそれを見ていると、カラリ、と乾いたドアベルの音がして支配人らしき男性が現れた。
「スタンレー公爵様ですね。デニス殿下から聞いております。ささっ、どうぞこちらに」
六十代の白髪の男性は、穏やかな笑みを浮かべながら扉を大きく開け二人を招き入れる。
一階は左右にガラスケースが並び、幾人かの客がそれを覗きこんでいた。
毛足の長い濃紅色の絨毯の上を歩き、彼らの後ろを通り過ぎると階段を上がり二階へと向かう。案内されたのは一番奥の個室で部屋の窓からは海が見えた。
豪華な調度品とクラシックなシャンデリアに見惚れるマリアドールに対し、ジェルフは落ち着いた様子で勧められたソファに腰掛ける。
「お飲み物をご用意致します。異国原産のフルーツを絞った果実水がございますが、そちらでよろしいでしょうか」
「それはぜひ飲んでみたいものだ」
「畏まりました。では、少々お待ちください。その間にこちらをどうぞ」
支配人は薄い冊子を置いて部屋を出ていく。
ジェルフがパラパラ捲るのを隣から覗き込むと、デルミスのブレスレットの由縁となった神話を簡単に紹介したものだった。
冊子の最後にはブレスレットのデザインが幾つか描かれている。
すぐに支配人は戻ってくると、二人の前のソファに座った。
「そちら、よろしければお持ち帰りください」
支配人と一緒にきた女性の使用人が果実水の入ったグラスをテーブルに置き、他に用がないことを支配人に確認して出ていった。
果実水は淡い黄色で、手に取ると中の氷がカラッと涼し気な音を立てる。一口飲むとさっぱりとした酸味が口に広がり、初夏の陽気にぴったりの味だ。
ジェルフはパンフレットをテーブルに置き、指先を顎に当てうーん、と唸る。
「思ったより絵柄が多いのだな」
「はい。まずはブレスレットの太さを選んでください。それによって絵柄もある程度絞れると思います。それから、このブレスレットを購入される貴族のかたは家紋を押されます。もちろん必ずそうしなければいけないというわけではないのですが、スタンレー公爵家の家紋をお持ちでしたらお入れできます」
コルタウス国の貴族の家紋ならほとんどが手元にあるらしい。さすが老舗。
「デニス殿下からその話は聞いている。ブレスレットだけでなく鍵にも彫ってくれるのだろう。しかし、ブレスレットはともかく、鍵なんて小さいものにどうやって彫るんだ?」
「何も特別なことはしていません。職人の技術です」
支配人が微笑みつつ胸を張る。これがこの店が王族御用達と言われるゆえんなのだろう。
長年の伝統と格式がある店だけに、英雄ジェルフを前にしても支配人は実に堂々としている。
その様子に、任せて大丈夫だろうと思ったジェルフが「太さはどれがいいだろうか」と聞けば、支配人は机の端に置いてあった箱を開けた。
中には様々な太さのブレスレットが並んでいて、支配人はそこから二つ選びジェルフの前に置く。
「スタンレー公爵様でしたら、こちらか、こちらが良いかと存じます。サンプルですから外れますし、どうぞ身に着けてみてください」
ジェルフがそれぞれを左右の腕に嵌めマリアドールに見せる。つるりとした表面の金のブレスレットは見た目が同じせいで、どちらが良いか決めにくい。
マリアドールはしげしげとそれを眺めたあと、片方を指差した。
「こちらの太いブレスレットのほうが、お似合いかと思います」
「うん、ではこれにしよう。次は絵柄を選ぶのだな」
「ジェルフ様のご意見はいいのですか」
「正直、俺にはどちらも同じに見えた」
はは、と笑うジェルフに、支配人も「男性の方は皆様そう言われます」と相槌を打つ。
次に選ぶのは絵柄だ。分厚い本を手渡され戸惑っていると、選んだ太さにお薦めのものを支配人が幾つか指差し教えてくれた。
神話の物語をモチーフにしたもの、聖獣、木や花と種類が豊富すぎて、ジェルフは説明を聞きつつ、諦めたように背もたれに身体を預けた。
多少、知識があるマリアドールでも、ここから選べと言われると困ってしまう。
「俺は芸術にはまったく疎いからな。これはマリアに任せよう」
「丸投げはだめですよ。ジェルフ様がこれから先もずっと身に着けるブレスレットです」
「それならなおさら、マリアが選んだものがいい」
ジェルフは蜂蜜と砂糖を混ぜたいつもより甘い笑みをマリアドールに向け、髪を一束手にするとそこに唇を……つける前に、手から髪がすり抜けた。
顔を赤くしつつ、髪を掴んだマリアドールがむっとジェルフを睨んでいる。
「……ジェルフ様! 甘く微笑めば私がなんでも引き受けるとお考えでしょう」
「くくくっ。そんなことはないぞ。愛らしいマリアがそうさせているだけだ」
「もう、ご自分のブレスレットなのですからね」
マリアドールがいくら膨れたところで、ジェルフの飄々とした態度は変わらない。
それに、悔しいけれど、ジェルフのその顔に弱いのは本当だ。今だってマリアドールは頬が赤いし鼓動はバクバクと煩い。いい加減慣れろと自分に言いたいぐらいだ。
「では、支配人様、紙とペンをお借りできますか?」
「紙ですか。こちらでよろしいでしょうか?」
近くにあった棚から便箋を一枚取り出し、マリアドールの前に置く。
(さすが、上質の紙を使っているのね)
お客への謝礼の手紙にでも使っているのだろうか。少し光沢のある薄い紙はかなり上質なものだ。
マリアドールはそこに数輪の花と、それを繋げるように蔦模様を書いていく。
「神話と関係ないですが、ダンブルガス固有の花です。花言葉は平和。こちらを彫っていただくことはできますでしょうか」
「それはすばらしい。もう、戦に行く騎士のためにブレスレットを作ることがないよう、私達も願っております。では、この柄とスタンレー公爵家の家紋でよろしいでしょうか」
支配人に確認されたジェルフは、それでよいと頷く。
「あと十日ほどで帰国せねばならないが、間に合うか?」
「五日で仕上げましょう。そうすればお気に召さない場合作り直すこともできます」
こともなげに支配人はいうけれど、実際はかなりタイトなスケジュールだろう。
でも、そんなことをおくびにも出さずに、支配人はジェルフに家紋の入ったものを見せて欲しいと頼む。
ポケットから家紋入りの懐中時計を出し手渡すと、支配人はさっとスケッチしてジェルフに返した。こちらもなかなか絵がうまい。
「では頼んだぞ」
「はい、畏まりました」
見送る支配人に軽く頭を下げ、マリアドール達はさてこれからどうしようかと顔を見合わた。
「そうだ、せっかくですし美味しい食べ物をお土産として買って帰りませんか? 騎士の皆様は、久しぶりに身体を動かしてお疲れのはずです」
「あいつらに必要ないと思うが、マリアがしたいなら止めない」
「では、まずはなにが美味しいか味見からですね」
「はは、目的はそっちか。いいぞ、付き合う」
ジェルフが出す手をマリアドールが握る。こんなふうに手を繋いで歩けるのもコルタウス国の良いところ。
もう少しこの時間を楽しんでもいいだろうと二人は同じことを考えながら、港へと向かった。
夕刻、戻ってきたマリアドールがお土産のクッキーを差し入れすると、騎士達は恨みがましい目をジェルフに向けつつも嬉しそうに受け取った。
でも、そこにウォレンの姿がない。不思議に思いジェルフに聞くも気にする必要はないとはぐらかされてしまった。
あと一週間ほどで終わりです。
今日は打ち合わせが2件あり、時間がなかったのでカレー煮込みながら最後のチェックをしました。誤字がありそうで怖い。
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