再度デニスとの対談( ジェルフ視点)
ピーターソン商会へ行ってから五日後。
エイデンから、宿場町作りに協力してくれる人物が見つかったと俺宛に手紙が届いた。
仕事が早いな。少々認めたくないが、出来る奴なのだろう。認めたくない理由は分かっている。自分でもこんな狭量な男だとは思っていなかった。
しかし、婚約者が同席していながら「マリー」なんて普通呼ぶだろうか。
上位貴族ならありえないが、商売をしている男爵家となれば、感覚としては平民に近いところがある。
普段取引をするの裕福な平民の商店が中心だろうし、そこは分からなくもないが、正直不愉快だ。というか、あれは絶対わざとやっているだろう。
しかし、そんなことは言っていられない。
フレデリック殿下から、冬までに街道が使える状態にあるか確認し、無理そうならどうにかしろ、と命じられている。それにはこの国の人間の協力が必要だ。
騎士の教育係の仕事ではないと断ったが、街道は二国間の和睦の証でもある、同行するメンバーでこんなことを頼めるのは俺しかいないと押し切られてしまった。
とはいえ俺の立場から、どうにかしてくれと王族に頼むわけにはいかない。
出資するのはよいが、あくまで自国の民が自主的に街を作り出したという体裁を取りたいところだ。
そのことはエイデンにも伝えていて、宿主は口裏を合わせてくれる人の中から選ぶように頼んでいる。
ここまで話が纏まれば、そろそろコルタウス国の王族に伝えても良いだろう。
そう考えた俺はメルフィー王女殿下に頼み、レオニダス王太子経由で再びデニス殿下に対談を申し込むことにした。
拍子抜けするほど簡単に話は通り、その日の夜に俺は城に招かれた。
「まず、マリアドールからもらったスケッチブックの礼を言わねばな」
「お役に立てれば良いのですが、なにか分かりましたか?」
侍女が酒を注ぎ出ていくとすぐにデニス殿下が切り出した。しかし、俺の問いには眉間に皺を寄せ首を振る。
「二枚のスケッチを見比べたが、盗まれた本はなかった。引き出しにはびっしりと白紙や手紙が入っていて他に何か入っていたとは考えにくい。おそらく、探したが見つからなかったのだろう」
何を探していたか、誰が怪しいか。結局どちらも分からないままか。
それに関しては、あと十日で帰国する俺にできることはないだろう。
それなら、と本題に入ることにした。
「視察した街道についてご相談があります。いえ、ご提案と言ったほうが正しいです」
橋の近くに宿を作りたいという宿主がいるから出資したい、と少々順番を変えながら話すと、デニス殿下は意外そうに目を大きくするも、すぐに口角を上げた。
「それは良い話だ。しかし、どこからそんな話を聞いたのだ」
「マリアドールの父親がしていた商会と取引があった方からのお話です」
「ほう、ダンブルガスの英雄に出資して欲しいと言える豪胆な者がこの国にいたとは。ま、そういうことにしておこう。分かった、この件は俺が了承する。出資元はダンブルガスの有力貴族ということにしておく」
いろんな意味で話が早くて助かる。
ハルメンに「俺の出資のもと宿を建ててくれる宿主を探す」と言ってしまったのだ。デニス殿下の耳に入っていて当然。
しかしそのセリフをここで堂々と口にすることはできない。
政治とは暗黙の了解のもと動く部分がある、とフレデリック殿下が言っていたが、こういうことだったのか。
滞在中に宿主、それから建築会社と顔合わせをしたい。できれば部下も連れて行きたいと言えば、いつでも外出ができるよう通行許可証を書くと仰ってくれた。
ここまでくれば、あと一息。いや、本来ならこれからが大変なのだが、そこはエイデンに任せるしかない。
話が終わったのなら長居する必要はないだろう、と腰を上げたときだ。
「ところで、マリアドールが取引をしていた商会とはどこなんだ?」
本当に、ふと気になったから口にしたのだろう。詮索する気がまったくないその表情に、僅かに逡巡しつつ「ピーターソン商会」と告げれば、紫色の瞳が大きく見開かれた。
「ピーターソン商会。確かカルナの侍女の夫がその商会で働いていたと聞いたことがある」
「ええ、ベン、という準男爵の男です。会ったことがあるのですか?」
「いや、ベンと会ったことはないが、侍女のナタリアには随分世話になった。国王陛下が倒れ、俺が代理で国政を取り仕切っていたときはカルナも忙しくしていたので、細かな気遣いをしてくれたものだ」
二年前に倒れた国王は医師達の尽力もあり回復したが、数ヶ月前にまた再発し今は病床についている。公にはその症状は明らかにされていないけれど、メルフィー王女が訪れてきているのに顔も見せないところを見ると、かなり症状が進んでいるのだろう。
「国王陛下はまだ全回復されておられないと聞き心配しております。メルフィー王女殿下が見舞いの品を用意していたはずですが受け取っていただけましたでしょうか」
「おそらく、レオニダスが渡しているはずだ」
おそらく、とういう言葉がひっかかった。
国王陛下が側妃の子、デニス殿下が正妃の子ということから、仲が良いとは思っていないが、やはり確執があるようだ。
ここでやめておけばよいものの、ついつい、言葉が口をついて出てしまった。
「前回、倒れられたときはデニス殿下が国政を取り仕切られたのに、今回はまだ若いレオニダス殿下が代理を務めておられるようですね」
「二年前と違い成人したからな。その顔からして察しているのだろうが、俺を次期国王に推す貴族もいる。そのせいか、二年前に国王陛下が倒れ復帰したあとは、周りも含めかなり緊迫していた」
「いつまた病に倒れる国王陛下より、正妃の息子であり国民からの支持も高いデニス殿下のほうが国のトップにふさわしい、と担ぎ上げる貴族は大勢いたのでしょう」
「ああ、おかげで何度命を狙われたことか。闇討ちの類いは全部返り打ちにしたし、毒見もつけた」
毒見。毒を盛られたこともあるのか。
ではカルナ妃殿下も命を狙われたのかも、と考えたが彼女を殺してもメリットはない。
カルナ妃殿下の実家は有力な貴族だったと聞いているが、デニス殿下を次期国王にと考えるきっかけとなったのは国王の体調不良。
それなら、カルナ妃殿下は関係ない。狙うならデニス殿下一択だろう。
誤ってカルナ妃殿下がデニス殿下に盛られた毒を飲んでしまったことも考えられるが、そうなると、それは予想外の死。無理心中に見立てるなんて用意周到なことはできない。
そんなことを考えていたからだろうか。ふと、デニス殿下がつけているデルミスのブレスレットが目にはいった。
「そのブレスレットをずっとつけておられるのですね」
「あぁ、これか。……そうだな。カルナがそう望んでいた。いつか願いが叶うかもしれないだろう、って言っていたな。デルミスのブレスレットにそんな効果はないのに」
「望みが叶う、ですか」
デニス殿下の視線が俺の手元に移る。しまった、ついうっかり、土産物屋で買ったブレスレットを付けたまま来てしまった。
愛を誓う意味だけでなく、戦争に向かう騎士をも意味するデルミスのブレスレットだ。下手をすれば好戦的にとられるやもしれない。
「これは、港町の土産屋で見つけたものです。この国の名物だと店主に言われ買いました」
「そうか、あの辺りはそういうい店が多いからな。でも、せっかく我が国に来たのだ、どうせなら本当のデルミスのブレスレットを仕立ててはどうだ」
「で、ですが。あれは……」
慌てた俺にデニス殿下はにやりと笑う。
「たしかに、この国でスタンレー公爵殿がそれをつけていると勘ぐる騎士もいるだろうが、ダンブルガス国に戻ってからなら問題ない。そうだ、俺とカルナが作った店を教えよう。明日にでも行けばいい」
そう言って、壁際にある机から紙を取り出し、店の住所と、通行許可証を書いて俺に手渡した。




