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商談.2


「宿ギルドを紹介してくれないか」というジェルフの言葉から始まった商談は約一時間にも及んだ。

 突然のことに驚いたエイデンだったけれど、ジェルフの考えを聞くうちにその姿勢がどんどんと前のめりになっていく。


「たしかに、異国の商隊の往来が増えるとなれば、宿は必要になってくるでしょう。国がなんとかしてくれるのかと思っていたのですが、どうもそのような動きはないようで。とはいえ、大きな金額がかかる話なので着手しようとする者はいまのところいません」

「簡易ながら小屋があるからな。野宿になることはないし、王都から一日という距離だから、あらかじめ食材を多く買ってから移動すれば問題ない、というのもあるだろう」


 なんとかなることにまで国家予算をかける余裕が、コルタウス国にはない。

 しかし、初期投資費用こそ嵩むも、回収できるであろう算段はある。


「街がひとつできるとなれば、経済効果は絶大。スタンレー公爵様の出資なら手を挙げる宿屋は幾つかあるでしょう」

「俺の評判はこの国でかなり悪いようだが、大丈夫だろうか。金は出すが、スタンレーの名前を広めるつもりはない」

「商人はそこら辺の割り切りがいいですからね、信用できる根拠と金があればおそらく問題ないでしょう。スタンレー公爵様こそ名前を出さなくていいのですか? 宿場町が軌道にのれば、この国でスタンレー公爵様を見る目も変わってくると思います」


 その問いにジェルフは首を振った。


「そんなことで俺がしたことが相殺されるとは思っていない。出資者は隣国の貴族、で充分だ。もっとも、実際に事業に関わる人物には名を名乗るべきだろうし、できれば顔を合わせておきたい。人選はエイデンに任せる」


 今度はエイデンがとんでもないと首を振る。


「いったい、いくらの金が動くというのですか。それを私に決めろなんて……スタンレー公爵様と私が会うのがこれで二回目です」

「だが、マリアドールとは昔からの知り合いなのだろう。それなら信頼に足る人物だ」


 エイデンはクシャクシャと髪を掻くと、はぁ、と大きく息をはいた。


「マリーに、偽の婚約者になって欲しいと頼んだと聞いた時は、正直、とんでもないヤツだと思いました。でも無条件に信頼するなんて言われたら、その考え方を変えなきゃいけないではないですか」

「うん? この前は祝福してくれていたように思うが」

「そのあと気が変わったのです。あぁ、どうやってマリーに付け込もうかと考えていたのに」

「ちょっと待て。会って二度目にしては本音が駄々洩れだぞ」

「信用されたとあっては隠し事はできませんから。では、宿屋ギルドに連絡をとります。スタンレー公爵様が帰国されるまでに会えるよう手配しておきましょう」


 とんとんと進む話を聞きながら、マリアドールは首を傾げた。

 商談の話のはずが、ところどころに自分の名前が挟まれていたような気がする。とはいえ、ナタリアとの思い出話を聞いていたから、内容までは分からないけれど。


「えーと。ジェルフ様、商談はすんだのでしょうか」

「ああ、そうだ。そっちはどうだ、気に入った絵柄はあるか?」

「はい。これとこれです。エイデン、紙とペンを貸してくれないかしら。写して帰りたいの」


 エイデンが引き出しから紙とペンを出し「はい、マリー」と手渡すと、ジェルフの眉がピクリと上がる。

 そんな反応を楽しむようにエイデンは肩を竦めると、ベンが持ってきた箱の中を覗き見た。


「刺繍の本以外にも沢山入っているのだな」

「ええ、どれが刺繍の本か分からないので、全部持ってきました。マリアドール様、私は刺繍をしませんから本はお譲りします」

「いいえ、これはナタリアさんの形見だからいただくわけにはいかないわ。すぐに描くから待っていて」


 さらさらとペンを走らせるマリアド―ルの前に、新たに本が積み重ねられた。

 他にも刺繍の本があるかもとベンが探しだしたようだ。

 と、その中の一冊がマリアドールの目に留まった。


「これ、ベンの記憶の中で見た本だわ」


 濃紺の表紙に金色の文字が書かれたそれは、明らかに他の本と違い作りがしっかりしていた。

 手に取ると、表紙に使われているのは上質な皮で、金糸で刺繍された文字によるとコルタウス国に伝わる神話のようだ。全五巻からなら一番最後の巻でデルミスのブレスレットの話が書かれた章もこの中にある。


「うーん、一冊しか入っていないようだな。ベン、残りはお前の家にあるのか?」

 

 エイデンがテーブルの上にある本と箱を交互に見ながら聞くと、ベンは首を振る。


「いいえ。ずいぶん大切にしていたのは覚えていますが、他の巻は見たことがありません。多分侍女を辞めた頃から家にあったと思います」

「何か聞いていないのか?」

「一度、聞きましたが、カルナ妃殿下から預かった大事な本だというだけで。見るからに高価な本ですし、大切な思い出の品なのだろうと、私もそれ以上は聞きませんでした」


 ベンはそこまで話し、戸惑い気味にマリアドールとジェルフに視線を移すと、暫し逡巡したのち口を開いた。


「あの、カルナ妃殿下のことはもうお聞きになりましたか?」

「ええ、ジェルフ様がデニス殿下と対談されたからその時に。ナタリアさんも当時は大変だったのでしょう」

「ええ、それはもう酷い落ち込み様で。そのままあとを追わないかと心配で、仕事を一ヶ月休ませてもらいました」


 初めて会ったときにそこまで話さなかったのは、男爵、準男爵の身分で自国の王弟妃の心中を語るのを憚れたからだろうとマリアドールは思う。

 カルナの死について調べているデニスのことを思い、何か手がかりはないかとページをパラパラと捲っていく。

でも、書き込みや暗号らしきものは全く残されていない。


「さらりと目を通しただけですが、一般的に普及している神話と同じ内容ですね」

「はい。私も妻が亡くなったあと読んだのですが、特に変わったことはありませんでした」

「遺品は全てこの箱に入れているのですか?」

「他に鏡台の引き出しに私が贈った品が入っていますが、そちらは妻の香りがまだ残っている気がして手がつけられていません。でも、こうやって絵も描いていただいたのですから、気持ちも含め整理しなくてはいけませんね」

「そのままでもいいと、私は思いますよ」


 ベンが本を片付け始めたので、マリアドールも手伝う。


 全部を箱にしまいなおし、そろそろ帰ろうかと腰を浮かしたところで、ベンがそう言えば、と思い出したように口を開いた。


「先ほど一緒におられた騎士の名は、ハルメンと仰いませんか?」

「はい。お知り合いですか?」


 意外な繋がりにマリアドールが目をパチクリすると、ベンは首を振る。


「いえ、知り合いというほどではありません。妻の話ではカルナ妃殿下は……そのさっぱりした性格から友人が多かったそうです。その中には一緒に心中したあの騎士も含まれるのですが、ハルメンという名の騎士とも親しかったとか」

「ハルメン様とカルナ妃殿下が友人だったのですか?」

「年齢が違うので友人、とまで呼べる仲かどうか。でも、カルナ妃殿下は入学してすぐに生徒会の手伝いをされていたそうで、その時のメンバーに当時上級生だったハルメン様もいたそうです」


 普段は住み込みでお城で働いていたナタリアだけれど、毎週末には休暇をもらい家に帰ってきていた。

 二人でぶらぶらと王都を散歩していたとき、ナタリアが偶然ハルメンを見つけ、ベンに「若くして国王の護衛騎士をしているのよ」と褒め、ついでに生徒会の在籍時期がカルナと同じだったと言っていたらしい。


 お城勤め、しかも王弟妃の侍女ともなれば、王族に仕える侍女や騎士の顔も名前も知っていて当然。

 ナタリアがふとこんな話をするのは珍しいことではなく、ベンもチラリと見ただけで特にそれ以降は話題に登ることもなかった。


 だから、世間話のように口にした名にマリアドールとジェルフが身を乗り出したことに、ベンは驚きオロオロとする。


「あ、あの。私、何か失礼なことを言いましたでしょうか」

「いいえ、そんなことはないわ。あっ、遺品を見せてくれてありがとう」

「こちらこそ思い出話に付き合っていただきありがとうございます」


 エイデンが心当たりのある宿屋経営者の名前をジェルフに伝えている間、マリアドールはもう一度神話を手にした。


(やっぱり普通の本よね。どこにも変わったところは……あら、この印は何かしら)


 一番最後のページを捲ったマリアドールの手が止まる。右下に星型の刻印が押されていた。丸い円の中に五芒星がひとつ、さらにその中心には、


「太陽?」


 なんだろうこれ、と思うも、神話を連想させる星と太陽の刻印。

 神話を書き記した本には全てこの印があるのだろうと気にすることなく本を閉じ、ベンに手渡した。


今回は情報盛りだくさんです。

全てがどう繋がるか、どうかお楽しみに!


いつもお読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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