視察.1
翌日の午後、マリアドールはせっせと自分の口元に粥を運ぶジェルフを呆れたように見る。
「ジェルフ様は暇なのですか?」
「まさか。マリアドールを甘やかすのに忙しい。ほら、あとひと口、残さずに食べるんだ」
まるで幼子に言い聞かせるような口調に思わず笑ってしまう。
「あーん」と口を開け最後の一匙を食べれば、今度はデザートの乗った皿が目の前に出された。
「ジェルフ様、さすがにもう笑いを耐えられませんわ。これは自分で食べますね」
「なんだ、せっかく摘まんで口に入れてやろうと思っていたのに」
心底残念そうに言いつつ、ジェルフはマリアドールに皿を渡した。冗談だと思っていたけれど、案外本当にする気だったようだ。
瑞々しいオレンジやチェリーは今朝、摂れたばかりのものだろう。甘酸っぱい匂いが鼻孔をくすぐる。
宿で倒れたマリアドールを部屋まで運んだのはもちろんジェルフ。
そのあとも朝まで看病してくれたジェルフに、騎士や侍女になんと言ったのかと聞けば「貧血で倒れたことにした」と返答され、まだ微熱のある頭がくらくらとした。
貧血で一晩中看病なんて明らかにおかしい。絶対、周囲の人から怪しまれるに決まっている。
そのマリアドールの予想通り、朝から主に騎士達のふたりを見る目が生ぬるい。
明らかに、もろもろ誤解されているとジェルフに訴えたものの「本当のことを言えないから仕方ない」「問題ない」とカラカラ笑われ、挙句の果てに「これで滞在中もマリアドールの部屋に入り浸れる」と満足そうに述べた。
その顔に力任せに枕を投げれば、片手で受け止められ、元気になってなによりと頬に口付けされてはマリアドールも諦めるしかない。
「ジェルフ様、それでデニス殿下はなにか仰っていましたか?」
今朝、熱でぼんやりする頭で必死に思い出し見たことをジェルフには伝えている。
とはいえ、話すだけでも体力が奪われるので、一つ目の記憶は省き、二番目に見た記憶についてできるだけ詳細に話をした。
机の上にあったものについては特に注意して覚えたから、あとから絵に描くつもりだ。
「本と引き出しについては、たいそう感謝していた。できるだけあの時、部屋にいた人物を思いだすと言っていたが……妻が死んだときに見たことなんて、どれだけ覚えているものなんだろうな」
「そうですね。とても動転されていましたし、侍女や騎士の出入りも多かったように思います。そういえば、カルナ妃殿下と一緒に亡くなった騎士のことを教えていただけますか?」
「俺も詳しくは知らないが、学園で一緒だったと聞いている。一代限りの男爵位の三男だったそうだ。身分違いの恋を悔やんでの無理心中、男が毒をもったと結論づけられ家族は王都を追い出されたと聞いた」
すべてを男のせいにしたのは王族としての威厳を保つため、男の家族を王都から逃がしたのは、無理心中を信じていないデニスの采配だ。
本来なら王弟妃を殺した罪で家族親族もろとも絞首が妥当だろう。
「そうですか。では、あと私にできるのは絵を描くことだけですね。頑張ります」
「頑張るのはいいが無理はしないでくれよ。俺は明日から少々遠出をするが、体調が崩れたらすぐに休むように。明後日には帰ってくる」
「遠出、ですか。どちらに行かれるのですか?」
「南北を縦断する新しくできた街道を見に行く。俺だってたまには仕事らしいこともするんだよ」
街道が完成したことが、二国間の関係改善の大きな決め手。
冬の海が荒れることで遭難する船が絶えなかったけれど、陸路ができたことでコルタウス国やそれより遠方の国とも季節を問わず貿易ができるようになった。
コルタウス国としても、異国の商隊の往来が増えることで宿屋や食堂をはじめいろんな産業が活気づくきっかけとなる。
「それ、私も行くことはできませんか? ジェルフ様と一緒に見てみたいです」
「だめだ。まだ熱があるだろう」
「明日にはほとんど引きます。とはいえ、指先の感覚が鈍いので絵は描くことはできませんし、気分転換に連れていってください」
うーん、と唸りながらジェルフはマリアドールの額に、自分の額をこつんと当てた。
急に縮められた距離にマリアドールの顔が熱くなる。
「いやいや、これだけ熱があるのに無理はさせれない」
「それはっ! 急にジェルフ様が近づいてくるからです。薬をきちんと飲めば、明日には動けるまで回復しますから」
だから離れて、と厚い胸板を押すも、ジェルフは笑みを深めその手を握る。
にやり、と口角を上げるとさらに距離を縮め、今度はマリアドールの唇に触れた。
「!!」
ジェルフは柔らかな感触を確かめるようにマリアドールの唇を啄むと、赤い瞳を細める。
「ほら、唇だってこんなに熱い」
「で、ですからそれは! もう、ジェルフ様は意地悪です。絶対明日までには元気になりますから連れていってください。あっ、できればその帰り、エイデンの店に寄ってもらうことはできますでしょうか。出来上がった絵をベンに渡したいのです」
マリアドールが指差す先には、白い布に丁寧に包まれ壁に立てかけられた二枚の絵。この国にいる間に渡したいと思っていたけれど、ダンブルガス国の人間が外を出歩くのには理由と手続きと許可が必要。
絵を渡したいと言っても、使用人に届けさせると言われ外出許可がでないだろう。
マリアドールとしては、客が本当に満足してくれているかを見届けるまでが仕事だと思っている。ここだけは絶対譲れない。
「では、俺がどうにか理由をつけてピーターソン商会へ立ち寄れるよう手配しよう」
「ありがとうございます」
喜ぶマリアドールをジェルフがのぞき込む。
うん、と首を傾げると、やけに色気のある顔が近づいてきた。
「ただし、明日の朝、熱がなかったらの話だ。その判断は俺がする」
そう言うと、再び口付けが落とされる。
軽く一度触れ離れると、「やはり熱いな」と呟いてからまた重ねられ、マリアドールの熱はさらに上がってしまった。
最後まで完成したのを推敲しなから投稿しています。この辺りで折り返しです。「視察」はやや長め。
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