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記憶.2


 次々と流れてくる記憶の破片を眺めながら、マリアドールはどれを選ぶべきか考える。

 ひとつはカルナが亡くなったときと決めていたけれど、もうひとつは、デニスさえ何時を選べばよいか分からず、マリアドールに任せると言われてしまった。

 デニスとしては、死後、カルナの部屋を荒らした相手に繋がる手がかりが欲しいので、前者だけで充分といったところなのだろう。


(デニス殿下は心中が仕組まれたことだと言っていたけれど、カルナ妃殿下の気持ちや考えも知りたいわ)


 暫く逡巡していたマリアドールだったが、時間は限られている。

 それなら、とデニスとカルナの婚約が決まったときの記憶に手を伸ばした。




 粉雪が舞う中、二人の男女が庭のガゼボに腰掛け、白く変わっていく光景を見るとはなしにただ眺めていた。


「お父様から話を聞いたときはびっくりしたわ。まさか、あなたと結婚しろなんて言われるとは思っていなかった」


 白い息を吐きなが諦めともとれる声音で話すその女性は、風になびく栗色の巻髪を両手で押さえ、青い瞳で隣にいる男性を見上げた。

 今より少し若いデニスの黒髪は、まだ肩のあたり。それを無造作に束ね、女性と同じように舞い落ちる雪に目を向けている。


「すまない。カルナを巻き込んでしまった」

「いいわよ。戦で負け多額の賠償金を払った上に、国を縦断する街道まで作らなきゃいけないのだもの。自慢じゃないけれど、我がロージャス侯爵家の財力はこの国一番。私が王弟妃に選ばれるのも仕方ないわ。ただ、議会で満場一致の決定と聞いているけれど、国王陛下は内心反対されているとか」

「俺が力を持つのを嫌がっているからな。こっちは国王なんて興味ないし、さっさと臣下になって悠々自適に暮らしたいのに」

 

(国王陛下はデニス殿下にあまり良い感情を持っていないようね)


 亡くなった正妃の子供であるデニスは、国王にとって恐れる存在でもある。

 前国王が亡くなったときはまだ子供だからとデニスを取り立てる貴族はいなかったけれど、成人した今となっては、デニスこそ国王に相応しい、と持ち上げる派閥がいつ現れてもおかしくない。

 貴族会議が満場一致でデニスの妻にカルナを押したのも、その予兆と考えることもできる。


「あの戦いさえなければ、デニスはダンブルガスの王女様と一緒になれたかも知れないのにね」

「な、何を突然!」

「あら、私が気づいていないと思っているの。私だってダンブルガス国に留学していたのよ」

「一ヶ月だけだろう」

「あんなに分かりやすく頬を染めている貴方を見れば、察するのに一ヶ月もかからないわ。一瞬よ、一瞬。幼馴染をなめないでね」


 やれやれと肩を竦めるカルナに、デニスは渋い顔でうっと唸りつつ、着ていたコートを脱いでその細い肩にかけた。


「もう終わったことだ。これからはカルナだけだ」

「それ、きちんと意味が分かっている? 私を妻とし、子をなす。できるの?」

「……もう少し言い方はないか? そっちこそどうなんだ。ずっと好きな奴がいると言っていたよな。俺はもうメルフィー王女殿下に会うことは敵わないが、カルナは違う。そいつと会えるよう手配することだって……」

 

 カルナに手で口を押えられ、デニスは続く言葉を飲み込んだ。

 見上げる青い瞳が潤んでいる。


「それはだめ。王弟妃になれと言われたときに、その名に恥じない生き方をしようと決めたわ。私達は、政略結婚は貴族の務めといわれ育ってきた。これは仕方のないことなのよ。この恋心は封じるわ。そう考えると、相手がデニスで良かったと思っている。恋や愛という感情が私達の間に芽生えなかったとしても、貴方となら信頼関係を築けると思っているわ」

「そうだな。俺もカルナのことは信用している。カルナは美人だし俺達の子供はきっと可愛いだろう」

「ふふふ、あなたは子煩悩な父親になりそうね。大丈夫、私達の未来は明るいわ」


 ああ寒い! 限界! と言ってカルナは立ち上がると、肩にかかっていたコートをデニスに返す。


「そうだ。デニス『デルミスのブレスレット』は必要?」

「もう戦いに行くことはないから必要ないだろう」

「最近若者の間で、男性がデルミスのブレスレットを買い、意中の女性にその鍵を贈るのが流行っているのよ。なんでも、貴女だけを永遠に愛するという誓いの代わりらしいわ」


 へぇ、とデニスは気のない返事をする。


「彼女にプレゼントしたら?」

「俺がか? 鍵なんて突然贈られても、異国の生まれの彼女には意味が分からないだろう。それよりカルナが贈るべきだろう」

「あのね、同じ国にいてこれからも顔を合わすだろう私が、彼にプレゼントするのは良くないわ。王弟妃として正しくありたいと言ったところよ。でも、貴方はもう会うことが……」

「それなら俺もだめだ。だいたい、正しくありたいと言うなら、カルナからもらうべきだ」


 もう、頑固ね、とカルナが頬を膨らまし、デニスはお互い様だろうと腕を組む。遠くから見たら仲睦まじい恋人に見える二人の交わす会話が、マリアドールの心に重くのしかかる。

 

 そこでだんだん声が遠ざかっていった。そろそろこの記憶から出ていく頃合いだ。


(デニス殿下とカルナ妃殿下の絆は分かったけれど、カルナ妃殿下が慕う騎士が誰かは不明ね)


 年齢も容姿も手掛かりとなるような言葉はなにもなかった。


「じゃ、明日にでも一緒に買いに行きましょう」


 最後にカルナの声が聞こえ、その夢は終わった。

 

 マリアドールの前に再び沢山の記憶が現れる。


(次はカルナ妃殿下が亡くなったときね)




 流れる記憶の中からマリアドールが選んだのは、一番、色鮮やかなもの。

 でも、それを解いたとたん胸を突き刺すような悲しみも一緒に流れてきた。

 医師が頭を下げながらベッドの脇から下がると、変わりにデニスが駆け寄る。


「カルナ! どうしてこんなことに」


 覆いかぶさるようにして覗き込んだその顔色は白い。でも、僅かに残るぬくもりを確かめ縋るようにデニスはその頬を何度も撫でた。


「毒を飲まれています。一緒にいた騎士もさきほど息を引き取りました」

「騎士の名前は?」

「テルト。カルナ妃殿下とは貴族学園で一緒だったと聞いております」


 男爵家の三男だったか、四男だったか、と頭の隅で思いながら、デニスは彼がカルナの想い人だったのかと考える。自分のことはちっとも話さなかったカルナは、その秘めた想いを決して表に出すことはなかった。

 結婚して数ヶ月後に国王が倒れ、回復するまではデニスが国王代理を任された。

 慣れない仕事と重圧の中、一緒に公務に臨んでくれたカルナにデニスは心底感謝し、彼女が妃で良かったと思った。友情だろうが何だろうが、そこには紛れもない信頼関係があり、だからこそカルナが騎士と無理心中するなんて信じられない。


「カルナは王弟妃として恥じない生き方をすると言っていた。いますぐ、部屋に出入りしたものを調べろ。これは心中に見せかけた暗殺だ」


 デニスの咆哮に、部屋にいた騎士は目配せをし慌てて部屋を出て行った。騎士達の隠しきれていない憐憫の表情を思いだし、デニスはシーツを握りしめる。彼らはデニスがこの状況を受け入れられないから、暗殺だなんて言い出したと思っているのだろう。

 

 医師を呼びつけ、毒の成分は何かと聞くも、そこまではまだ分かっていないと答えられ、早くしろ!! とデニスは怒鳴りつけた。


(対談では終始、穏やかな表情を崩さず、ジェルフ様と私の三人でお酒を飲んだときも、荒い言葉なんて仰らなかったのに)

 

 その動転する姿に、マリアドールの胸がぎゅっと痛む。

 カルナの頬に当てられていた手が愛おしそうに髪に触れる。何度も何度も髪を梳くデニスの手首には金のブレスレットが輝いていた。


(あのあと、カルナ妃殿下はブレスレットを贈られたのね。いえ、一緒に買いに行くと言っていたから、信頼の証として二人で選んだのかも)


 両親を亡くした幼い自分と目の前にいるデニスが重なり、大切な人を失った喪失がひたひたと胸に蘇る。


 デニスがふとした瞬間に顔をあげたとき、その視界の端に机が映った。積極的に政治を学ぼうとしていたというだけあって、かなりの数の本がうず高く積まれている。


 数人が部屋を歩く気配はするも、デニスの視線がずっとカルナに留まっているので、マリアドールにはその場に誰がいるのか分からない。やがて、誰かがデニスの背後に立ち、遠慮がちに声をかけた。


「デニス殿下、国王陛下がお呼びです」

「今はここを離れるつもりはない! そう伝えろ!!」

「ですが……」


 デニスはチッと舌打ちをし立ち上がると、声をかけてきた騎士を見ることなく扉へと視線を向ける。と、その時、一瞬だけれど、さきほどの机が再び視界にはいった。

 


(あっ!! さっきまで整然と積み重ねられた本が崩れ落ちているわ。それに、机の引き出しも僅かだけれど開いている)


 デニスは触っていないので、部屋に出入りしていた誰かの仕業だ。カルナが横たわるベッドにはデニスがいる。その傍らで机を漁るほど急いで見つけなければいけないものがあったとするなら、それこそ犯人が捜していたもののはず。


(探し物は本? 書類?)

 

 もっとよく見ようと意識を集中したときだった。背後から引っ張られるような感覚とともにマリアドールは現実の世界へと戻ってきた。



 

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