記憶.1
対談から数日後の夜。マリアドールとジェルフは街の宿屋でデニスと会っていた。
エイデンが泊まっていた宿より数段格上の宿だけれど、王族が泊まるにしてはお粗末な雰囲気ではある。
デニスに夢を見せることは、カルナの死の真相に近づくため。
真相に他者による暗殺の可能性が含まれているのは明らかなので、城ではなく王都にある宿屋で人知れず落ち合うこととなった。
マリアドール達が王都を散策するにはそれ相応の理由が必要だけれど、そこはデニスが「間もなく結婚する二人の良い思い出になれば」という建前で特別に許可証を出した。王族それぞれ固有の印があるらしく、これはデニスの紋様らしいが、複雑で何をモチーフにしているかは分からなかった。
デニスについては、普段からお忍びで出かける通路があるらしい。
二人が宿に着き名前を伝えれば部屋の場所を教えてくれた。
「手間をかける。で、俺はどうしたらいいんだ」
時刻は午後一時。いくらデニスの許可があるとはいえ、夜間の外出は無理だった。
ダンブルガス国の要人にもしものことがあれば、というのがコルタウス国側の言い分だけれど、闇夜にまぎれ不審な行動をとられないためなのは明らか。
そのため、太陽が頭上にあるけれど、デニスには眠ってもらうことなる。
マリアドールは睡眠導入剤を手渡した。
「毒味はどういたしましょうか」
「必要ない。まさか英雄ジェルフが俺を毒殺しようなど思わないだろう。命を狙うなら剣を向ける、違うか」
「付け加えれば、足がつかないような場所でしますね。宿主に顔を見られているので、その点はご安心を」
和睦をしたのですよね、とマリアドールは二人の怖い笑みに挟まれつつ額に冷や汗を流す。
笑えない騎士ジョークだと思うことにして、薬包と水を手渡せばデニスは疑うことなくそれを口にした。
「で、このあとどうなる」
飲む前に聞くことを、ベッドに横になりながら口にするのだから、たいした豪胆である。
「デニス殿下の夢に入り、同じ記憶を私も見ます。お見せできる記憶はふたつ。それが終われば私の意識はデニス殿下の中から出ます」
「俺はどうなる? 一緒に目覚めるのか?」
「いえ、おそらく目覚められるのは日付が変わったころかと思います。皆さん、そのあとも昔の夢を見続けた、とよく仰いますが、内容はあまり覚えておられないようです」
「それなら、マリアドールが目覚めたら裏の飯屋にいる騎士に声をかけてくれ。向かいの部屋もとっていて、俺からの指示があればそこからこの部屋を見張るよう伝えている。そのあとは二人で王都散策を楽しんでくれ」
さすがに護衛なしで宿屋で熟睡するのは危険なのだろう。
ジェルフとこっそり対談する約束をしたからと嘘をつき、騎士をひとりつれてきて宿の外で待たせていると教えてくれた。
部屋に入らせないのは、熟睡している姿を見た騎士が何があったのかと不思議に思うだろうから。思うぐらいならまだよいけれど、毒をもられ倒れていると勘違いされては大事になってしまう。
でも、この申し出にマリアドールは困ったように眉を下げる。
「実は、夢を見せたあとは二日ほど体調を崩します。目覚めたらジェルフ様が離宮の私の部屋へ運んでくれることになっています」
「体調を? すまない。その話は初めて聞いた。大丈夫なのか?」
横になっていたデニスは驚き身体を起こすと、心配そうにマリアドールを見る。
「少し熱が出ますが、良い薬がありますので心配には及びません。それにジェルフ様もついてくださっていますから」
「そうか、すまない。マリアドール、貴女には申し訳ないが俺は真実を知りたいのだ」
「はい。どこまでお力になれるか分かりませんが、お任せください」
その言葉にデニスは頷くと、さすがに睡眠導入剤が聞いてきたのか目をしょぼしょぼさせ始める。
再び横になったデニスにマリアドールが肩まで布団をかけると、紫色の瞳を閉じ、やがて規則的な寝息が聞こえてきた。
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