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対談.2


 ジェルフと王弟デニスとの対談、この来訪のもう一つの目玉となるイベントを、マリアドールは部外者として心配していた。

 そう、メルフィーとお茶をしていたそのときまでは。


 お茶会も終わりに差し掛かったころ、珍しく慌てた様子でジェルフが現れた。その手には白い封筒が握られている。


「どうしたの、ジェルフ。そんなに慌てて」

「メルフィー王女殿下、申し訳ありませんがマリアドールを返していただきます」

「あらあら、そんなに必死な顔でどうしたことかと思えば。もちろんよろしくてよ」


 ふふっと笑うメルフィーとは対象的にジェルフの顔は固く、切羽詰まったようにマリアドールに視線を移すと思わぬことを口にした。


「マリアドール、今すぐ着替えてくれ。デニス殿下がマリアドールにも会いたいそうだ」

「ええっ、私にですか!?」

「そうだ。なんでも昨日の騎士の無礼をどこからか耳にしたらしく、直接会って謝罪したいらしい」

「そんな! 王弟自ら謝罪なんて! 無理です。いいです。もう、許していますというか、忘れましたわ。いっそのことそんな事実なかったことにしましょう」


 ブンブンと首を振るマリアドールだけれど、その手をジェルフに掴まれてしまっては逃げることができない。


「俺も断りたいのだが……」

「……お腹が痛いことにしませんか?」

「アーリアがそこにいる」


 機械仕掛けの人形のようにマリアドールが首を動かせば、目があったアーリアがにこりと微笑んだ。


(これは断れないヤツだわ)


 侍女なのに。侍女としてきたはずなのにと思うも、誘いを断る名案なんて思い浮かばない。

 メルフィーはダンブルガス国から連れてきた侍女を呼ぶとマリアドールの支度を手伝うように命じた。


 こうしてマリアドールはジェルフと共にデニスと会うことになった。



 対談にと用意された部屋は、城の一角にある豪奢な部屋。

 中央にぶら下がる大きなシャンデリアの下にあるのは、濃い茶色の皮張りのソファ。壁に飾られた絵といい調度品といい、贅の限りをつくしたもので、さしずめコルタウス国の力を異国の要人に示すために作られたような部屋だった。


 部屋の壁際にずらりと並ぶのは騎士と文官。

 おそらく全員有力貴族で、この対談を見届けるためにいるのだろうと、マリアドールの気持ちはさらに重くなる。


 それに対し、ジェルフとデニスは悠然と構え、お互い手を差し出すとしっかりと握手を交わした。


「昨晩はゆっくり話ができなかったので、この対談を楽しみにしていた。ダンブルガス国に留学していた時から貴殿の武勇伝は耳にしていた」

「恐れ入ります。城内を歩くお姿を何度かお見掛けしたことはあります。これからは二国間の往来も増えるでしょうし、改めてよろしくお願いいたします」


 そつのない会話と笑みを交わすと、次いでデニスはマリアドールに目線を移した。

 

「急に呼び立ててすまない。そう硬くならずくつろいでしてくれ」

「はい。恐れ入ります」


 くつろげるはずがないでしょう、と心の中で叫びながら、マリアドールはにこりと微笑んだ。

 デニスに勧められソファに腰かけたあとは、ふたりは両国の特産品やできたばかりの街道の有効利用方法など、今後の二国にとって明るい話題を選び、穏やかに対談は終わった。

 

 時間にしておよそ一時間。なにより「対談をした」という既成事実をつくることが一番の目的なので、正直、中身は薄い。それでも緊張をしたのは確かで、終わったことにマリアドールは思わずほっと息を吐いた。


「はは、つまらない話ばかりですまなかったな」

「い、いえ。とても勉強になりました」


 すかさずデニスに言われ、マリアドールは慌てて首を振る。

 気を悪くしたかと心配したけれどそんなことはなく、デニスの顔は穏やかだ。


「これで対談は終わりとするゆえ、皆は持ち場に戻ってくれ。スタンレー公爵殿、少し早いが夕暮れだし一杯付き合ってくれないか」


 ざわり、と壁際に控えていた騎士や文官が声を出す。しかし、デニスに早く出て行くよう目配せをされると、すごすごと部屋をあとにし、あとにはデニスとジェルフ、そしてマリアドールだけが残された。


「そこの棚に美味い酒があるんだ」


 立ち上がりデニス自ら棚に手を伸ばそうとするので、マリアドールが慌てて給仕を申し出た。


「それならグラスを取ってくれ。隣の棚にあるものから好きに選べばいい。貴女は飲めるくちか?」

「はい。あっ、いいえ」

「はは、そう硬くならないでくれ。やっと形だけの対談が終わったんだ。スタンレー公爵殿、彼女は酒は大丈夫か」

「ええ、私より酒豪ですから」

「ジェルフ様!」


 そうか、とデニスは笑いながら琥珀色の液体のはいった瓶を手にしたので、マリアドールはグラスを三つ手にしテーブルまで運んだ。

 コポコポと震える手でグラスに注ぐと、ジェルフとデニスはそれを手にし、目の高さに上げたあと口をつけた。


(乾杯、と言わないところが嘘くさくないわね。いくらこれから仲良くしましょうと言っても、戦で命を掛けていたものどうしがすぐに打ち解けれるはずかないもの)


 ぎすぎすした雰囲気はないけれど、さきほどまでのうすら寒い作り笑いをふたりはもうしていなかった。

 コトリとグラスを置いたデニスは手を組みやや前のめりになると、すっとジェルフを見据えた。


「お互いすぐに仲良くなろうなんて無理な話だが、消化しきれない思いを抱えているのは同じ。憎みあっても始まらないのは確かだ。ここから新しい関係がすこしずつ築かれ、何世代かあとの若者がこうやって酒を酌み交わせるようになれば良いと思っている」

「同感です。それぐらい時間がかかって当然だと考えています」

「そう言ってくれて嬉しい。お互い背負ったものを降ろすことはできないが、スタンレー公爵殿には美しい妻がいるから大丈夫だろう。そして、昨晩は我が国の騎士が無礼をした。すまない」


 突然の謝罪に、マリアドールはもともと伸ばしていた背筋をさらにピンとさせた。なんと返答すればよいかと、汗が滲む。


「……大したことはありませんので、お気になさらず。ジェルフ様がいてくださるので不安もありません」

「そうか。ところで、実は、マリアドールの噂話は耳にしている」


 ここでもか、と思うも、英雄ジェルフの婚約者となれば噂の的となるのは当然だし、騎士や平民が知っているのだから悪女の話題が王族の耳にも入っていてもおかしくない。

 マリアドールとしては毒婦と言われ続けてきたし、いまさら弁解するつもりもなかいけれど、ジェルフは違ったようで、目を鋭くした。


「それはどのような噂でしょうか」

「ひとつは魔性の毒婦。しかし最近になって懇意にしている商人が妙なことを言ってきた。なんでも亡くなった妻の夢を見せることができるとか」


(その話がもうコルタウス国まで届いているなんて)


 そのことにまずマリアドールは驚いた。

 画家ギルドができ大々的に公表したとはいえ、まだそう日は経っていない。

 それがどうしてコルタウス国の王族の耳にまで届いたのかと考えたところで、思い当たることがひとつあった。


 デニスは妻を亡くしている。


 だからその商人はデニスにマリアドールのことを話したのだろう。

そうなるとデニスが対談にマリアドールを呼んだのは、謝罪だけが目的でないと考えられる。


 マリアドールがそっとジェルフを伺いみると、同じようにこちらを見る赤い瞳と目があった。考えていることは一緒だと瞬きだけで伝え合う。そんな二人の様子をみていたデニスが言葉を続けた。


「俺の亡き妻、カルナも悪女と言われている。それについては知っているか?」


 首を振るマリアドールに対し、ジェルフは沈黙で答えた。王族のことはすべて教えてもらったと思っていたマリアドールは驚きつつも、気軽に口にできる話題ではないかと納得もする。下世話な噂話にもなり得る内容を口にしないのは、ジェルフらしいとさえ思った。


「簡単に言えば、護衛騎士と内通し心中した。それらしいことを書いた遺書もあり、カルナの字であったことは俺が確認したが、そんなことありえないと思っている」

「愛していらしたのですね」


 デニスの右袖から一瞬だけれど金のブレスレットが見えた。王族が身に着けているのだ、土産物屋で買った品のはずがない。しかし、マリアドールの問いに対し、デニスは少し困ったように笑う。


「愛しているか、と聞かれると返答に困る。俺には忘れられない思い人がいたし、それはカルナも同様。俺達は幼馴染で、その結婚が政略的なものであることを充分理解していた。その上で、話し合い、お互い秘めた思いを無理に忘れることなく、友人としての信頼関係の上に夫婦の絆を作ろうと決めたのだ」

「では、その護衛騎士との仲も許されていたと?」

「それは違う。彼女の思い人が誰かは知らないが、お互い操は立てようと決めていた。思うのはあくまで心のうちで、他の者と深い仲になることはない。そういう意味では俺達はれっきとした夫婦だった」


 二人の間にあるのは友情だけれど、夫は妻を、妻は夫を大切にし、不貞はせず王弟夫婦としての役割を全うしようというのが、デニスとカルナで交わした約束だった。

 だからこそ、護衛騎士との心中なんてありえないというのがデニスの考えだ。


「カルナは自分の意志と関係なく俺に嫁いできたのに、王弟妃であるための努力を常にし続けてくれた。時間ができれば図書館に行き、政治や歴史、各領地についても学ぼうとしていたぐらいだ。しかし、俺達がお互い秘めた思い人がいる友情で結ばれた夫婦だなんて、他人に言えた話ではない。だから、死後流れた彼女の悪評を消すこともできず、それが悔しいのだ」


 マリアドールはベンの妻であるナタリアがカルナの乳母だったことを思いだす。

 ベンはカリナの死については何も言っていなかったけれど、ナタリアが侍女として働いていたことを考えると知らなかったはずがない。

 

(でも心中について知っていたとしても、口にしにくいわよね)


 亡き妻の悪評を消したいと願うデニスは夫として誠実であるように見える。

 デニスの思い人が誰なのかは気になるところだけれど、ここまでの話の流れからデニスがマリアドールに何を頼もうとしているかは明らかだ。

 だからデニスに名前を呼ばれたときには、もうマリアドールは夢を見せることを決めていた。


「カルナが死んだあと、何者かが部屋に忍び込んだ形跡があった。物が動かされ、引き出しやクローゼットの中を探したようだが、なにが無くなったのか分からない。もしかして見つからなかったのかもしれない。マリアドール、カリナの死の真相へと繋がる手がかりを見つけるためにその力を貸してくれないか」

「畏まりました。どこまでお力になれるか分かりませんが、やってみます」


 あと数日で夢を見せる能力が戻ることを伝え、その日の対談は終わった。

 長くなったお詫びにとデニスがくれた洋酒の瓶を抱えながら二人が城をあとにしたときには、日はすっかり暮れ、真っ暗な空には雲間にぼんやりと月だけが見えた。


お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

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