対談.1
後半、政治のお話と人間関係。
ちょっと情報量多めです。
夜会の次の日、午後からはデニスとジェルフの対談が控えているけれど、マリアドールがすることは特にないと言われてしまう。
それもそうだと納得しつつも、朝からソワソワしながら部屋で絵を描いていると、ジェルフが沢山の本を抱えやってきた。
「どうされたのですか?」
「メルフィー王女殿下がコルタウス国の本を読みたいと仰り、レオニダス王太子殿下の案内で図書館に行かれたのだ。そこで幾つか本を借り帰って来たのがつい先ほど。一度には読めないので、俺にも数冊、貸してくれた」
「コルタウスの歴史に文化、物語。政治に差し障りのないものばかりですね」
まだ正式に婚約していないのだから当たり前か、と思いつつ、ジェルフがテーブルに置いた本を手にすれば、一冊だけ絵画の本があった。
「それはマリアドールが好きそうだから、とメルフィー王女殿下が選んでくれたものだ。王族専用の部屋にあった本でそれ自体に古物的な価値があるらしい」
「そんな恐ろしいものを、気軽に手渡さないでください」
慌ててテーブルの上に戻し数歩離れる。とんでもなく貴重な品ではないか。
見るときには絶対に手袋をしなくてはいけないと心に誓った。
(でも、借りられる分野は限られていたものの、王族しか入れない場所にまで案内してもらえるなんて、レオニダス王太子殿下がこの婚約に前向きってことよね)
マリアドールに用意された部屋は侍女としては立派な部類なのだろうけれど、あるのはベッドとテーブル、椅子が二脚、棚とクローゼットが一つずつ。
ジェルフは椅子に座ると本を手にし、ゆったりと足を組んだ。
「この部屋で読むのですか? ジェルフ様の部屋の方が広いと思うのですが」
三脚を立て絵を描いているので、足元には絵の具が散らばっている。油絵ではないので匂いはそれほどしないけれど、落ち着かないだろうと思って声をかければ、ジェルフは不満そうに眉を顰めた。
「午後からはデニス殿下と対談なんだぞ。少しは気力を補充しなければやってられない」
「この汚い部屋で補充できますか?」
「そうだな。マリアドールが筆を置き膝の上に乗ってくれれば完璧なんだが」
「それでは本を読めませんでしょう?」
照れ隠しに呆れ顔を作り答えると、扉の叩く音がした。
はい、と返事をすればコルタウス国がメルフィーに付けた侍女が顔を覗かせる。
ベージュの瞳にピンクブロンドの髪を首の後ろでふわりと纏めたその侍女は、ジェルフがいたことに驚いたようで、慌てて頭を下げた。
「アーリアさん、どうしましたか?」
「はい、メルフィー王女殿下が庭でお茶を飲むからマリアドールさんを呼んでくるようにと」
「分かりました。すぐに参ります」
答えつつ、マリアドールは自分はどんな立場だと周りから思われているのだろうか、と疑問に思う。
名目上護衛騎士として来たジェルフが婚約者を連れてくるのはおかしいので、侍女として来てはいるものの、やっていることは食事の配膳とお茶を淹れるぐらい。
そのお茶だって、淹れたあとは一緒に飲もうと言われるので、侍女としてより話し相手としているようなものだ。
マリアドールが部屋を出るのだからてっきりジェルフは自分の部屋に戻ると思っていたのだけれど、動く気配がないのでそのまま帰りを待つようだ。
軽く手を振り交わしたあと、マリアドールは離宮の庭へと向かった。
そこにはすでにメルフィーがいて、お茶を飲んでいた。マリアドールを見つけるとにこりと微笑み自分の向かい側の先を手のひらで指す。
すでに何度もお茶に呼ばれているマリアドールは、それでもやや緊張しながら腰を下ろした。
離宮とはいえ庭は広くきちんと手入れされている。季節の花々に加え、木々の緑が目に眩しい。
木陰に置かれたテーブルの上にあるティーセットは見るからに高そうで、触れるのにも気を使ってしまう。
「呼んでから気づいたのだけれど、絵の邪魔だったかしら」
「いいえ。一枚はもう描き終わっていますし、もう一枚もそれほど大きなサイズではございませんので大丈夫です」
ベンに夢を見せてからもうすぐ一ヶ月が経つ。
いつもより時間があるせいか順調に進み、あと数日で完成するというところまできていた。
テーブルの上に並ぶ菓子は、生クリームやチョコレートがトッピングされた小さなカップケーキ。王都で流行っているものをレオニダスが用意してくれたらしい。夜会でメルフィーを一人にするなど、まだまだエスコートが不充分なところはあるけれど、根は誠実のようだ。
「どれを食べる?」と聞かれマリアドールが選んだのはピスタチオのクリームがのったチョコレートカップケーキ。実はずっと気になっていた品だ。
フォークで掬い口に運ぶと、中にはチョコチップも入っていた。思わず「美味しい」と口元を綻ばせるマリアドールにメルフィーがふわり笑う。
「あなたはなんでも美味しく食べるわね」
「無作法をしていたら申し訳ありません」
「いいえ、ちっとも」
なんだか笑われているような気もするけれど、まぁいいか、と思うことにする。
たわいもない会話を交わし暫くは楽しくしていたのだけれど、途中であれ、とマリアドールは首を傾げた。
(なんだか今日のメルフィー王女殿下は上の空ね。会話への反応がいつもより遅いし、返事がおかしなときもある)
今も「あれ、なんの話をしていましたっけ」と頬に手を当てた。
そんなことは初めてで、心当たりはといえば午後にあるジェルフとデニスの対談ぐらい。でも、それは直接メルフィーに関係ないはずだ。
やはり、メルフィーはジェルフに人知れず思いを抱いているのかと心配になってくる。
「メルフィー王女殿下、なにか心配ごとでもあるのですか? たとえば、午後の対談とか」
「……ええ、そうね。あの二人がどういう会話をするかは気になるわ。でも、ジェルフはいつも冷静だし、デニス殿下も思慮深い方、きっと問題なく終わるはずよ」
それではどうして、と思いつつ、あれっとライトブルーの瞳をパチリとした。
「メルフィー王女殿下はデニス殿下と面識があるのですか?」
思慮深いという言い方が、伝え聞いたというよりメルフィー自身の感想に思えて問いかけると、今まで王族らしいにこやかな笑みを浮かべていたメルフィーの頬がポッと赤らんだ。
(えっ?)
自分でもそれに気がついたのだろう、慌てて扇子を出し顔を隠そうとしたところで、今度は誤って扇子を落としてしまう。
(ええっ!?)
少し離れたところにいたアーリアが走り寄ってくるより早くマリアドールが立ち上がり、扇子を拾って手渡した。
「あ、ありがとう」
「いえ、今日は風が強いですものね」
気持ちのよいそよ風だけれど。
「そ、それで何の話をしていたかしら」
「えーと、デニス殿下とお知り合いなのかと……」
「そうだったわね。戦が始まる前、デニス殿下はダンブルガス国に留学されていたことがあったの」
三年前と言えばメルフィーが十七歳の時。まだ学生時代だ。
「デニス殿下はそのときお幾つでしたのでしょうか」
「二十二歳よ。確か我が国の道路や建築物について学んでいたと思うわ。よくそういった本を図書館で読んでいたから。あっ、私も学園に通っていたころで、宿題や課題が出るたびに図書館に行っていたの。だからそこで知り合ったというか、会えば会話をしていた程度なのだけれど……」
と、どんどん小さくなっていく声。これにはさすがに色恋沙汰に疎いマリアドールでも気づいてしまう。
(メルフィー王女殿下、話すほどに墓穴を掘っておりますよ)
とは言えないので、とりあえず、うんうん、と頷いておくだけにしておく。
と同時にコルタウス国の王族に関する少ない知識を引っ張り出す。
前国王と前王妃の間には三年間子供が生まれず、迎えた側妃が翌年に産んだのが現国王。
その十三年後、念願の第一子デニスを産んだ前王妃だったけれど、産後の肥立ちが悪くすぐに他界している。
前国王が亡くなったのが十二年前で、当時デニスが十三歳だったこと、二十六歳の現国王がすでに前国王の右腕として政治に関わっていたこともあり、デニスではなく現国王が即位した。
その国王が初めて病に倒れたのが二年前。
医師の対応が早かったおかげで数ヶ月後に回復したけれど、その間の国政を取り仕切ったのが結婚してすぐのデニスだった。
当時、レオニダスは十六歳だったから妥当な判断といえるだろうし、国王が回復するとデニスはすぐに補佐に戻った。でも、それから半年後、王弟妃であるカルナが他界する。
数ヶ月前に再び国王が倒れたときも、人望が厚く正妃の子供である彼を代理に、いや次期国王にという話があったけれど、デニスはそれを断りレオニダスを国王代理に推薦している。
というのが、船の中でジェルフから聞いたコルタウス王族に関するマリアドールの全知識。
(時系列から考えて、デニス殿下は戦争が始まったことで帰国。敗戦してからカルナ妃と結婚し、いっとき国王代理を務める。で、数ヶ月後、国王陛下が回復されて補佐に戻り、カルナ妃がお亡くなりになった)
密度の濃い数年だ。濃さでいうのであれば、マリアドールも決して負けてはいないのだけれど、王族となれば肩にのしかかるものも違うだろう。
(というか、デニス殿下は結婚されているのよね。あっ、でも、今は独身か)
今回のレオニダスとメルフィーの結婚は、二国間の繋がりを深めるためのもの。
それならデニスであっても問題ないと思ったところでマリアドールは眉根に力をいれる。
(でもそれだと、デニス殿下を次期国王にと持ち上げる貴族がでてきそうよね。デニス殿下のお人柄は分からないけれど、軍の指揮を取っていたとなれば好戦的な貴族の勢いが増すかもしれない。それなら、友好的なレオニダス王太子殿下との結婚のほうがダンブルガス国にとって安心だわ)
昔を懐かしむような遠い目をしながら、カップに口を付けるメルフィーは、恋する乙女の顔を隠しきれていない。でも気持ちを叶えることは国の情勢を考えると難しいし、なによりダンブルガス国の王女が王弟の後妻になるにはあらゆる根回しが必要。
マリアドールはいろんな感情を紅茶と一緒に喉に流し込んだ。
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