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夜会.2


 ダンスを終えたふたりは顔を見合わせ、やれやれ、と笑みをこぼすと、近くを通った給仕係を呼び止めワインを手にした。


「すっごく見られていましたよ」

「そうだな。まさか『悪魔の星』が婚約者と踊るなんて思っていなかったのだろう」


 こちらをちらちら伺い見る視線を無視し、マリアドールがメルフィー達を探せば、同じように視線を集め一人所在なさげに立つ姿がすぐに見つかった。

 護衛を連れて夜会に参加することは、コルタウス国を警戒しているともとられてしまうため、護衛騎士達は広間の扉の前で待機している。それもあってか心細そうに眉根を下げる姿に、ふたりは急ぎ足でメルフィーのもとへと行った。


「メルフィー王女殿下、おひとりですか? レオニダス王太子殿下はどちらに?」

「他の貴族の方……えーと、侯爵様と仰ったわね。その方とお話があるらしく、あちらにいらっしゃるわ」


 ジェルフの問いにメルフィーが向けた視線を辿ると、腹の出た男性と背の高い男性に囲まれているレオニダスの姿があった。


「メルフィー王女殿下をひとりにして、ですか?」


 知り合いが一人もいない、というか周りは全員敵だらけの場所なのに、とジェルフの眉間に皺が入るも、メルフィーは小さく首を振った。


「いいえ、レオニダス王太子殿下の側近の方を護衛も兼ねてつけてくださったわ。名前はハルメン。いまはご病気で床に臥せっていらっしゃる国王陛下の護衛もされていたそうよ」


 二メートルほど離れた場所にいた騎士が名前を呼ばれ歩み寄ってきた。肩までの茶色い髪をきっちりと後ろで括り、少し垂れた鳶色の瞳が優男風のその騎士は胸に手をあてジェルフとマリアドールに挨拶をした。


「ハルメン・ラミレスと申します。ラミラス子爵家の四男でメルフィー王女殿下の護衛をするようレオニダス王太子殿下から命じられております」

「そうだったか。我々はこの国のことをほとんど知らないのでよろしく頼む。その若さで国王陛下の護衛をしていたなんて、優秀なのだな」

「護衛騎士といっても末端です。ダンブルガスの英雄と謡われるジェルフ様の足元にも及びません」


 にこりと笑うその顔は人好きしそうなものなのに、マリアドールは何故か肌がちくりとした。


(いい人そうなのに油断ならない感じがするわ。整った甘い顔は女性受けしそうだけれど、本人もそれを自覚していそうなところがそう感じるからかしら)


 ジェルフはどう思っているのだろうと伺い見るも、飄々とした表情からはなにも読み取れない。こちらも本音を隠すタイプだったなとマリアドールは心の中で愚痴た。


「メルフィー王女殿下にご挨拶させていただいてもよろしいでしょうか」


 令嬢に突如話しかけられ目をパチクリしたマリアドールだったけれど、すかさずジョゼフが助け船を出してくれた。


「メルフィー王女殿下、いかがされますか」

「もちろんよろしくてよ。ぜひコルタウス国についていろいろ教えてもらいたいわ」


 そう言うと、メルフィーは声をかけてきた三人の令嬢達ににこりと微笑んだ。


(そうか、下位の貴族から声をかけるのはマナー違反だから私に許可を取る形で話かけてきたのね。全く分からなかったわ)


 普段夜会に出ないことがこんなところで足をひっぱるなんて、と反省する。とはいえ、今後も積極的に参加しようとは思わないけれど。

 話しかけてきたのは侯爵令嬢と伯爵令嬢達のようで、一見和やかに話をしている。でも。


「さすがダンブルガス国のお召しものはお美しいですわね。コルタウス国では三年前から物流も滞りがちですのよ」

「でも、ダンブルガス国が命じ作らせている道が完成すれば、きっと綺麗な生地もコルタウス国に出回るはず、とお兄様が言っていたわ」

「そういえば、あなたのお兄様はもう何年も道づくりのため王都を離れていらっしゃるのよね。生まれたばかりの我が子の顔もろくに見ることができないなんてお可哀相」


 ちくちくとダンブルガス国を責めるような言葉が挟まれる。

 

 たしかに、勝者であるダンブルガス国には豪奢なものが流通しているし、道を作るように命じたのも事実だけれど、笑顔の裏に隠された悪意に裏寒いものを感じた。

 さらに言えば、一見穏やかな会話なだけにメルフィーを庇うような発言もしにくい。

 

 会話に入って助けたいところだけれど、マリアドールの身分は男爵位。ジェルフの婚約者とはいえ、男爵位の立場で高位貴族の会話に割って入ることはマナー違反だし、ジェルフだって令嬢の会話に割り込むわけにはいかない。


 どうしたものかと悩んでいると、一人の令嬢が給仕係を呼び止めワインを受け取った。

 それを、にこりと微笑みながらメルフィー王女に差し出すので、ジェルフが一瞬警戒の色を目に浮かべるも、メルフィーは小さく首を振りワイングラスに手を伸ばす。

 と、そのとき。


「申し訳ありません!」


 ガチャッとワイングラスが床に落ち割れる音と同時に、一人の令嬢が深く頭をさげた。

 何事かと周りの視線が集まる。メルフィーのドレスには小さなワインの染みができ、とっさにグラスを受け止めようとしたのだろう、白い手袋が真っ赤に染まっていた。


「あ、あの。わざとではないのです」

「申し訳ありません。メルフィー王女殿下。彼女、きっと緊張してこのようなことを。あなた、きちんとお渡ししないと、ダンブルガス国に私達まで罰せられてしまうじゃない」

「手袋が真っ赤に染まって、血のようですわ。お怪我はございませんか?」


 うわっ、とマリアドールは心の中で叫ぶ。

 

(あれは絶対にわざとだ)


 ダンブルガス国が横暴な国であるかのような言い回しに加え、最後の令嬢の発言なんて、血塗られた手袋――つまり人を殺めた手だと暗に匂わしているのだろう。

 嫌なものを見てしまったと思いつつ、メルフィーの足元に跪きハンカチを取り出す。


「怪我はないので大丈夫よ。お気になさらず。ドレスも……マリアドール、どうかしら」

「はい、ワインがかかったのは少しだけですしハンカチで拭けば大丈夫かと。レオニダス王太子殿下が贈ってくださったドレスが無事でほっといたしました」


 マリアドールの言葉に、背後で三人の令嬢が息を飲む気配がした。どうやら、いまさら自分がなにをしでかしたか分かったみたいだ。


(おおかた、メルフィー王女殿下が持参されたドレスだと思っていたのでしょう)


 昼間のお茶会にはマリアドールも侍女として顔を出していた。船内で何度かお茶をするうちにマリアドールに気を許したメルフィーに心細いからと頼まれたからで、そこでドレスを贈るという会話を耳にしている。

 身の周りの世話は、連れてきたメルフィー専属の侍女がするから身支度を手伝ってはいないけれど、レオニダスの贈り物を着ないはずがないので、今夜着ているのがあの時話題に登ったドレスだろうことは容易に想像できた。


 三人の令嬢がそそくさと立ち去るのを見送りながら、マリアドールは心配そうにメルフィーを見上げる。


「大丈夫ですか?」

「ええ、これぐらい想定内よ。でも、手袋はどうしましょう」

「私の手袋をお使いください」

「それではマリアドールが困ってしまうわ。夜会で手袋なしなんて非常識よ」

「ご心配なく、予備を持ってきていますので取ってきます。離宮までは歩いて行けるのですぐに戻ります。ジェルフ様、その間メルフィー王女殿下のエスコートを」

「分かった。だが一人で大丈夫か? 多分扉の向こうにウォレンがいると思うが」


 山小屋でマリアドールを助けてくれた赤髪の騎士の姿は、船内で何度も見た。というか目が合えば向こうから話しかけてきた。


「護衛のお仕事をされているのに邪魔をしては申し訳ありませんわ。私なら平気です」


 マリアドールは手袋をメルフィーに渡すと、背後でただ立っていただけの護衛ハルメンを、にこりと笑みで威圧し立ち去っていった。

 その姿に、メルフィーが意味ありげに口角を上げる。


「彼女、素敵ね。芯が強くしっかりしていて、それでいて優しいわ。船内で話をして、ますます仲良くなりたいと思ったもの」

「ええ、自慢の婚約者です。嫁がれるまでの間、仲良くしてやってください。ですが、レオニダス王太子殿下にはもう少しメルフィー王女殿下を気にかけてもらいたいものですな。平和的な思考は素晴らしいのですが、意識が政治にばかり向いている」

「しかたありませんわ。だってまだ十八歳ですよ。国を治めるものとしての基盤作りもあるでしょうし」

「だから、結婚が早すぎると言っているのです」


 両国の繋がりを強めるために婚約するのはよくある話だし、人柄としてレオニダスは悪くない。ただ、物事にはタイミングというのがあるのだと思うも、ジェルフはその言葉を口にはせず飲み込んだ


お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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