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船旅と港.2


 ジェルフが指差す先にあるのは、露天商が広げる天幕の下にあるたくさんのブレスレット。

 細いものもあるけれど一番多いのは四センチから五センチほどの幅のもので、女性が着けるにしては少々大きすぎるしデザインが厳つい。ごつい。


「ジェルフ様はコルタウス国の神話をご存知ないのですか」

「ああ、まったく。有名なのか?」

「コルタウス国では子供向きに訳されたものもあり、両親が一番最初に与える絵本としてもっともポピュラーです。正式な本は五冊からなる長編で、聖典のようなものと思ってください」


 コルタウス国の成り立ち、聖女や成人、魔物といった昔からの伝承が書き連ねられている。

 もともと好戦的な国で、隣国と戦いながらその領地を増やしていった歴史があり、その時代の英雄が神話の登場人物のように書かれている物語が多くあるのが特徴的だ。

 

「子供に与える絵本としてもっとも人気なのが『デルミスの英雄譚』です。剣をひと振りすれば百人の敵国の兵が倒れ、暴れ狂う川をも両断し対岸に渡ったとか。ジェルフ様もできそうですよね」

「さっきの仕返しか。そうだな、できると答えておこう」

「いつか見せてくださいね。それで、その英雄デルミスが身に着けていたのが愛する妻からもらった金のブレスレットなのです。デルミスは大変な美丈夫で、その容姿に惚れた魔女がデルミスを手に入れようと魅了魔法を使い、デルミスは可憐な魔女の姿にうっかり油断してその手に堕ちかけたのです」

「英雄なのにか。ま、英雄とはいえ、男だから魔性の毒婦には弱いのかもしれない」


 と銀色の髪をわざとらしく指に絡ませ微笑むジェルフの腕を、マリアドールがやんわりと掴む。


「しかし、そのとき」

「ちょっと待て、どのときだ」

「絵本なので聞き流してください。そのとき、ブレスレットが輝き英雄は正気を取り戻し魔女の胸に短剣を突き刺したそうです。シーツが真っ赤に血に染まる中、デルミスはブレスレットに口付けをし妻に感謝したとか」


 それ以降、魔を防ぐお守りとして結婚と同時に妻が夫に送るのが風習となったらしい。

 

「単なる浮気防止のために贈るとしか思えないのだが」

「ふふ、そうですね。でも、時代が経つにつれ違う意味合いも含まれるようになりました。コルタウス国は好戦的な国で戦が絶えません。遠い戦地で亡くなれば遺体を家族のもとへ戻すのは難しいですから、その代わりにブレスレットを届けるようになったそうです。今では、どちらかというと後者の意味で身に着ける人が多いそうです。送る側は『ブレスレットと一緒に帰ってきてね』と愛する人を戦地に送り出すそうです」


 ジェルフの顔が少し暗くなるのを見て、マリアドールは会話を途中でやめておけばよかったと後悔する。異国の街の開放的な空気のせいか、少々口が軽くなりすぎてしまった。


「すみません。暗い話になってしまいましたね」

「いや、で、それがあの露店で売っている品か」

「あれはおそらく観光客用のもので作りが異なるはずです。お土産として『浮気防止』の意味合いで買って帰る人がいるそうです。この国の名物のひとつですよ、見てみますか?」


 ジェラートを食べ終わり露店に向かったマリアドールはブレスレットをひとつ手に取り、ジェルフに手渡した。


「やはり、本当の『デルミスのブレスレット』ではありませんね。本物はブレスレットに鍵穴があり、妻の持つ鍵でしか開けられなくなっているのです」

「なるほど、生きたままはずすことはできないということか。しかし、浮気防止としても鍵穴は有効だと思うが」

「そうですが、お土産の品でそれはちょっと重すぎませんか? 今も『デルミスのブレスレット』を夫に贈る妻がいるそうですが、そのときは宝飾店で夫の腕に合ったサイズを注文します。深い愛情たっぷりの贈り物です」


 あぁ、とジェルフが僅かに眉間に皺を寄せる。なんだか絶対はずせない首輪のように思うのは気のせいだろうか。

 二人の話を聞いていた露天商が、木箱をひとつ取り出し見せてきた。


「よければ鍵穴付きもありますよ。奥様、ご主人は女性からの誘いが絶えない見目をされているのでいかがですか?」

「えっ、いや、私は妻では……」


 否定しようとするマリアドールの口にジェルフは人差し指を当てにこりと微笑むと、そのブレスレットを手にした。


「たしかに鍵穴がある。当然鍵は妻が持つのだよな」

「ええ、紐を通して首から下げるのが一般的ですよ。中には、忠誠の証としてみずから着ける男もいるとか」


 店主が手を胸の前で握り、わんわんとポーズをとる。どうやら思っていることはジェルフと同じようだ。


「店主はしているのかい?」

「はは、一応、ほら、鍵穴付きを。でも、商売がら鍛冶屋に知り合いがいますので合鍵も持っています。妻には内緒ですよ、ははは」


 ジェルフより十歳ほど年上の店主はそう言って豪快に笑った。潮風で茶色くなったパサついた髪を無造作に束ねているその顔は、たしかに女性にもてそうだ。


「マリアドール、どちらにする?」

「お買いになるのですか? では鍵穴なしで。ジェルフ様のことは信用しておりますから。それにジェルフ様が戦地にいくことはもうありませんし」


 とそこでマリアドールは声を潜める。


「これは戦のときに騎士が身に着けるもの。明日、ブレスレットを着けてデニス王弟殿下にお会いになるのはお薦めできません」


 ジェルフははっとしたようにマリアドールを見返し、頷いた。


「さすがマリアドール。その通りだ。では、鍵穴なしの中から俺に合うのを選んでくれないか?」

「分かりました」


 マリアドールは肩を竦めると、露店に並ぶ品に視線を走らせる。

 土産物屋なのでジェルフが身に着けるにしては安過ぎるけれど、旅行の記念品のようなものだろうと気にすることはやめた。

 

(ジェルフ様の体格だと、太いブレスレットが似合いそうだわ)


 五センチ幅のブレスレットの中から蔦模様が彫られたものを選ぶと、マリアドールは店主にそれを手渡し、ポシェットから財布を取り出した。


「金なら俺が……」

「ダメです。浮気防止のブレスレットなのですから、私から贈らないと意味がありません」


 マリアドールは、銀貨数枚を手渡し受け取ったブレスレットをジェルフの手首にカチャリとつけた。


「うん、なにやら手綱を握られた気分だ」

「ふふ、では今日はそのままでいてくださいね」


 土産物屋で銀貨数枚で買ったそれをジェルフが大事にするなんて、このときのマリアドールは思ってもいなかった。


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