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船旅と港

 

 冬場は海が荒れ渡航は難しいといわれているけれど、初夏の海面は穏やかで船旅は順調そのものだった。


 ジェルフは護衛としての仕事があるとはいえ、護衛隊長は別の騎士が引き受けていた。つまり名目上護衛としてきているだけで、他にも護衛騎士は大勢いて、仕事といえば数時間の船内見回りぐらいのもの。

 暇な時間はマリアドールがベンの依頼の絵を描くのを見たり、甲板で騎士達相手に軽く稽古を付けたりと比較的自由に過ごしていた。


 マリアドールもメルフィーにお茶に誘われるとき以外は特にすることもなく、絵を描いては気晴らしに船内を散歩したり、剣を振るうジェルフをこっそり眺めたりとちょっとした旅行気分を楽しんだ。


 だから四日後、コルタウス国の港に船が着き護衛騎士や侍女が慌しくしていても、二人はのんびりと荷を纏め数日ぶりに地面に足をつけた。


「ジェルフ様、私達こんなに自由にしていていいのでしょうか?」

「護衛隊長から、今日はゆっくりして明日にそなえるよう言われている。そもそも、俺の本来の仕事は護衛でないのだから、その言葉に甘えてもいいだろう」

 コルタウス国の軍師王弟デニスと対談こそ、ジェルフの本来の仕事。


「分かりました。ところで皆さん、お城行きの馬車に乗り込んでいますよ。私達は行かなくていいのですか?」

「仕事は明日からと言っただろう。つまり今日は休日だ。初めてコルタウス国に来たのだから多少観光を楽しんでも問題ない。なんなら、デニス王弟殿下と対談したときの話のネタになるかもしれない」


 船の中もずっと休日だったような気もしなくはないけれど、明日から注目の的となることを考えれば、今日ぐらいのんびりしてもよい気はする。

 すでに護衛隊長とメルフィーにも話は通しているというのだから、マリアドールが反対する理由はどこにもなかった。


「それなら、私がご案内します。最後にこの国を訪れたのは四年前ですので、記憶が怪しいところもありますが、大丈夫だと思います」

「それは頼もしい。ぜひ頼む」


 二人は荷物だけを馬車に預け、港街の散策へと繰り出した。

 穏やかな湾の中心部に港はあり、そこから東へとなだらかな上り坂が続いている。食べ物や、土産、雑貨を売る店がずらりと並ぶその通りは王都のメインストリートへと繋がる。

 その交差点には初期国王の銅像が建ち、そこから北上するとお城が見える。

 西側は庶民の住宅街で、下町独特の活気がある場所だ。


「西で売っているのは魚や野菜といった日持ちしない食材ですから、東へ行きましょう。少し距離がありますが、そのまま歩けばお城に着きますし、疲れたら辻馬車も通っています」


 ジェルフは右足が悪く歩くのにやや引き摺ってはいるけれど、もともと筋力があるからか長距離を歩くこともできる。お城ぐらいまでなら問題ないとは思うけれど、マリアドールとしては無理をさせたくない。


 案内役を買ってでたマリアドールが先に立って歩こうとすると、ごく自然に、それが当たり前であるかのように手を繋がれた。


「ジェ、ジェルフ様?」

「知らない街で迷子になるといけないからな。これで大丈夫だ」

「三歳児ではないのですから」

「しかし、コルタウス国はダンブルガス国よりスキンシップが多いと聞く。街中で婚約者が手を繋いで歩いたところで振り返る者はいないだろう」


 ダンブルガス国ではたとえ婚約者であっても未婚の男女が手をつないで歩くのは珍しい。それに対しコルタウス国は久しぶりにあった友人とハグをするなど、男女とわず距離が近い。

 

 相変わらずの飄々とした口調と態度で手を握られては、恥ずかしがるほうがおかしく思えてしまう。

 マリアドールは少し頬を染めつつ頷くと、手を繋いだまま東へ向かって歩きだした。


 昼食はしっかり摂ったはずなのに、珍しい食べ物と美味しい匂いについついつられ、寄り道ばかりする二人はなかなか進まない。

 さらに、港独特の開放感のある空気のせいか、二人の距離はいつもより近い。


 初夏の日差しに汗ばんできたマリアドールが見つけたのはジェラートの店。

 味の違うものを数種類ずつ買い、道の端にある石造りのベンチに腰かけ食べることにした。


「レモネード味と書いてありましたが、酸味が爽やかです。あのお店、昔からあってこのあたりでは有名なのですよ」

「並んだかいがあったな。カシス味もうまいし、バニラも濃厚だ」


 いかつい顔でジェラートを食べるジェルフの姿にマリアドールが思わず笑いを漏らした。

 それを、唇の端にバニラを付けたジェルフが「どうした」と怪訝な顔でみた。眉間の皺にバニラが不似合いすぎる。


「口元にジェラートがついていますわ。こういう姿を騎士団の方がみれば鬼軍曹なんて言われませんのに」

「マリアドール、俺はどちらかというと鬼軍曹でいたいんだ。本来の俺はマリアドールだけが知っていればいいし、できるならもっと知って欲しいのだけれど」


 と言うと、不意打ちのように頬に口付けが落とされた。


「!! ここは街中ですよ」

「それがなにか問題でも? 向こうのふたりも同じことをしていたぞ」


 ジェルフの視線を追えば、同じようにベンチに座った男女が頬を寄せ仲良さそうに話をしていた。男性が女性の髪を掬い、耳元でなにかを囁く。ここは公衆の面前だと言いたいところだけれど、視線を動かせば同じような男女が他にもちらほら。


「いい国だな」

「私の心臓が持たない気がするのですが」

「魔性の毒婦がなにを言っている」

「その名が今になって重荷となってきました」

 

 とはいえ、聖女はもっと重い。ただ夢を見せてそれを絵に描いているだけなのにと思う。それにジェルフのおかげで身体への負担はぐっと減った。


「マリアドールは俺の前でだけ魔性でいればいい」


 赤い瞳を優しく細め甘い言葉を囁くジェルフに、マリアドールの頬はさらに赤くなる。

 そんな反応を楽しむかのように、ジェルフは持っていたジェラートをスプーンで掬いマリアドールの口に押し込んだ。濃いバニラの味が口に広がる。


「おいしいです」

「レモネードも食べたい」

「食べさせろ、ということでしょうか」

「無論そうだ」


 クツクツと笑うジェルフを軽く睨むとマリアドールは少し乱暴にジェラートを掬い口に詰め込んだ。

 照れ隠しなのがバレバレで、ジェルフはさらに笑みを深くする。


「もう。そんなことをしていたら置いていきますよ」

「すまんすまん。少々調子に乗り過ぎた。ところで、あの金色のブレスレットをあちこちで見かけるのだが、コルタウス国の名産なのか?」

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