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昔の友人.2


「マリアドールに頼みがあるんだ」

「私に? もう商会はないから取引はできないけれど、できることならなんでもするわ」


 エイデンは少し戸惑いつつジェルフに視線を向けると、ニコリと微笑むマリアドールに小さな声で尋ねた。


「ところで、マリアドールの『夢の件』についてスタンレー公爵様はご存知なのか?」

「ええ。今では王都中で知られているわ」

「そんなことになっているのか? それで、マリアドールの身体は大丈夫なのかい?」


 心底心配そうに眉を下げるエイデンに、マリアドールがリーザのことを話そうとすると、タイミングよくレガシーが帰ってきた。

 そこで、話が長くなるからと場所と予定を変え、四人は近くの食堂へ向かうことになった。


 運ばれてきた料理を口にしつつ、ワインを飲みながらマリアドールの話を聞いていたエイデンは最後にはほっとしたように息を吐いた。ベンを見るとなぜかちょっと涙ぐんでいる。


「ど、どうしたの。二人とも。思ったより反応が、その、重いのだけれど」

「実は、マリアドールが魔性の毒婦という噂はコルタウス国まで流れてきていたんだ」

「まさか! たかが女男爵の噂話よ?」


 目を丸くしつつジェルフを見れば、こちらも初耳らしく小さく首を振っていた。


「マリアドールの父親がギルバート・サザリーだってことを知っている商人がいてね。そいつが面白可笑しく話していた。スタンレー公爵様の前で言いにくいけれど、ほら、俺達は敗戦国だからダンブルガス国の良くない噂は恰好の酒のつまみになっているんだ」


 なるほど、とマリアドールは頷く。どうやらジェルフとの婚約話まではコルタウス国で知られていないようだけれど、まさか自分の噂がそんなふうにされていたなんて。


(毒婦と言われることには慣れているけれど、ジェルフ様と結婚するのだからその噂はどうにか訂正したいわ。戦争でダンブルガス国を勝利に導いた英雄の妻が毒婦だなんて、これからどれだけ尾鰭がつくか考えただけで頭が痛い)


「コルタウス国との国交が開かれた今、私の噂のせいでジェルフ様にご迷惑がかかるかもしれません」

「心配ない。そこはリーザ殿がうまく立ち振る舞ってくれるだろう。それを言うなら、俺はコルタウス国からしてみれば憎むべき戦いの象徴。俺のほうこそ好奇の目にマリアドールを巻き込むかも知れない。むろん、守ると約束するが、なにかあれば必ず言ってくれ」


 テーブルの下で手を握られマリアドールが頬を染めるのを見て、エイデンとベンは目配せし安心したように微笑んだ。

 こほん、とエイデンはわざとらしく空咳をすると、店員を呼んでワインを一本注文する。


「私からの結婚祝いです。どうぞ」


 エイデンは二人のグラスに自らワインを注ぎ、改めて祝福の言葉を述べてから「それで」と言葉を続けた。


「お願いしたい件なのだけれど、他でもない、ベンのことなんだ」


 マリアドールはグラスに口をつけた状態で瞬きひとつすると、それを静かにテーブルに戻した。手を膝に置き、静かにベンを見ると悲しそうに眉根を寄せる。


「奥様の名前、たしかナタリアさんでしたよね。乳母をしていた侯爵令嬢がコルタウス国の王弟妃になったと風の噂で聞きました」


 三年前の戦いが終わってからも、コルタウス国の情勢の話はほとんどダンブルガス国に入ってこない。

それでも王弟の結婚話ぐらいは伝わってきて、マリアドールも耳にしていた。そのお相手の御令嬢がベンの妻が仕えていたカルナ・ロージャスと知ったときは驚いたものだ。


「妻がカルナ妃殿下付きの侍女として王宮にあがったのが二年前。しかし結婚後、僅か半年余りでカルナ妃殿下はお亡くなりになりました。その一年後、ですから今から半年前ですな、妻も流行病で他界しました」

「そうでしたの。王弟妃様がお亡くなりになったことは知っていましたが、ナタリアさんも。お悔やみ申し上げます」

「ありがとうございます。それで、間もなく公爵夫人となるマリアドール様にこんなことをお願いするのも申し訳ないのですが、妻の絵を書いていただけませんでしょうか」


 その言葉にマリアドールは僅かに逡巡する。リーザから客を紹介されたのがちょうど一ヶ月前だから、ベンに夢を見せることは可能だけれど、そろそろ次の客が決まる時期でもある。

 どうすべきか困っているマリアドールに救いの手を出したのはジェルフだ。


「ベンはここに一週間しかいないのだから、彼を優先してもいいのではないか。リーザには理由を話せばうまく話を纏めてくれるだろうし、客が納得しないなら俺が出ていってもいい」

「そんな。ジェルフ様に仲介役をしていただくわけには」

「妻となる女性の身体に関わることだ。俺が出ていくのむしろ当然と言えるだろう」


 リーザの代わりにジェルフが仲介役をと考えたこともあるけれど、ジェルフは騎士団だけでなく領地経営もしなくてはいけない。細かな調整は負担になるので、最終的にはやはりリーザが仲介役をするのがベストだという結論になった。


 なんの話だろうと不安そうにマリアドール達を見るエイデンとベンに、次の依頼がそろそろ決まること、でも調整は可能だと伝えると、ベンは恐縮し何度も頭を下げた。


「私のようなもののためにそこまでしていただくのは、申し訳ございません。マリアドール様、無理ならけっこうですから」

「いいえ。子供の頃から知り合いであるベンの頼みですもの。さっそく明日、リーザさんに話してみるわ。エイデン、お墓参りはその後でいいかしら」

「もちろん」

「それで、ベン。リーザさんが問題ないと言ってくれたなら、その日の夜にでもナタリアさんの夢をみない?」

「ありがとうございます! 私はいつでもかまいません。マリアドール様、感謝します」


 もう涙ぐみながら頭を下げるベンに、マリアドールは少し口角を上げる。

 こうやって誰かに喜んでもらえるから、そのあと体調が崩れることを分かっていてもやろうと思えるのだ。


「では、俺は明後日から二日ばかり休暇をとろう。クレメンスは絵画教室が始まっているからつきっきりの看病は難しいだろうし、画廊も最近忙しいのだろう」


 新人教育期間の真っ只中とはいえ、二日ぐらいの休みならジェルフは融通がきくという。

 腕前はまだ鈍らず、そこらあたりの騎士など足元にも及ばないほどだが、それでも足の後遺症もあって一線から退いている。

 ジェルフが休んでいる間は基礎訓練の課題を出し、その後にトーナメントで腕前を確かめるという流れにすれば、問題ない、らしい。


「スタンレー公爵様まで巻き込んでしまい申し訳ありません」


 頭を下げるエイデンにジェルフは首を振る。


「この二週間ほどかなり絞り上げたからな。新人騎士が泣いて喜ぶだろう。ま、そのあとは地獄の日々が続くが」


 はは、と笑うもジェルフの目は笑っていない。

 マリアドールは内心騎士達に同情しつつ、ジェルフの膝に手を置き「ありがとう」と告げた。

 目を合わせ微笑む二人に、エイデンは小さくため息をつく。


 淡い初恋の相手にやっと会え、あわよくば恋人になんて期待を抱いていたけれど、あんなに幸せそうに笑っているのを見ると引き下がるしかないと目の前のワインを飲み干した。


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