昔の友人.1
お久しぶりです。
2章投稿始めます!本日は3話投稿。
ポコポコと音を鳴らしながらマリアドールはティーポットにお湯を注ぐと、カップ二つと一緒にトレイの上に置き、画廊の端にあるテーブルへと持っていく。
「ありがとう。仕事の邪魔をするつもりはなかったのだが、早く来てしまった」
赤い瞳を細めながらジェルフはカップに手を伸ばす。
マリアドールは向かい側の席に腰をおろしつつ首を振った。
「夕刻の時間に画廊を訪ねてくるお客様はあまりいないので大丈夫です。もうすぐレガシーも買い出しから戻ってきますし、そうしたら食事に行きましょう。身支度はもうできています」
これでいいですか、とハーフアップに結い上げた銀色の髪に触れ聞くと、ジェルフに「綺麗だ」と臆面もなく言われ、マリアドールは少し頬を染めた。
「ジェルフ様は本当に口が上手ですね。私なんて褒めてもなにも出てきませんよ」
「思ったことを口にしただけだ。俺の婚約者は王都一美しく、聡明で、優しく、それから……」
調子にのって次々と出てくる賛辞に、マリアドールはもういいとジェルフの口の前に手を翳す。
すると、ジェルフはその手を掴み、左手に嵌めているブラッドルビーの指輪へ唇を落とした。次いでその指先にも。
「早く妻にしたいものだ」
「……あと数ヶ月です」
リーザが画家ギルド結成の祝賀パーティを開催してから数週間が経ち、マリアドールの能力――亡き妻の夢を見せることができる――が世間に広く知られた。
そんなことあるはずがない、と信じなかった者も、美術館に展示されているマリアドールの絵を見ては疑う余地がなかった。
今まで悪意のある噂を流していた者はしれっとその口を閉じ、変わりにマリアドールの能力を褒めたたえた。
夢を見せたあとは体調を崩すので一度に大勢の依頼を受けることができないという事実は、自己犠牲という美談に置き換えられ、魔性の毒婦が今では聖女のように語られるのは、マリアドールとしてなんとも居心地の悪いものがある。
それと同時に、亡き妻の夢を見せて欲しいと依頼が殺到しているらしい。
そこは、マリアドールの負担にならないようにと、画家ギルド長であるリーザが調整をしてくれているので、安心して任せている。
と、同時に、マリアドールが経営している画廊を訪れる客も増え、売り上げが少しずつだけれど伸びている。
これは予想外の嬉しい誤算で、おかげで最近マリアドールは忙しい。
普段はこまごまとした雑事を手伝ってくれるクレメンスも二日前からリーザが作った画家養成学校に通っている。名前は「リーザ・アカデミー」で自分の名前を堂々とつけるところがリーザらしいとマリアドールは思っている。
ちなみにリーザの夫は子爵家の次男で、リーザの一目惚れと猛アタックにより結婚し、ハーレン侯爵家が持つもうひとつの爵位「ハーレン伯爵位」を継いでいるという。
何度目かの絵の展覧会の打ち合わせで、世間話として聞いたマリアドールは、こちらもやはりリーザらしいなと苦笑いで頷いた。
「結婚式は盛大なものになりそうですね」
机の上に置かれた列席者リストを手に、マリアドールが眉根を寄せる。そこには公爵、侯爵、伯爵の名前がずらりと並び、第三王子であるフレデリックの名前も書かれている。
しがない、ほぼ平民と変わらない暮らしをしてきた男爵家のマリアドールとしては、自分こそがこの結婚式に身分不相応な出席者のように思えてしまう。主役なのに。
「これでも随分省いたんだけれどな。騎士団の連中なんて皆こぞって来たがるので、ここは平等にと全員断ったら、今度は警備が必要だろうと護衛を名乗り出てきた。俺を護衛するなんて十年早い、と言ってやったがな」
英雄と呼ばれるジェルフは足に後遺症があるけれど、その腕は健在。
今も騎士団で教育係として「鬼軍曹」と呼ばれつつ厚い人望がある。彼に護衛が必要ないのは本当のことだろう。
「スタンレー公爵夫人になるのですから、これぐらい乗り切らなければいけないということですわね。分かりました。大丈夫です。魔性の毒婦の私にお任せください」
魔性の毒婦の噂を聞いたジェルフが、仮の婚約者になって欲しいと声をかけてきたのが一年前。ただ、会ったその日にそれが嘘であることを見抜かれてしまったけれど。
「俺としてはこんなに可愛い「魔性の毒婦」は他の奴に見せたくないんだがな」
(甘い! なにを言っても甘い言葉が返ってくるわ)
整った顔で次々と繰り出される言葉に、マリアドールの頬はどんどん赤くなるばかり。その反応をみてジェルフはクツクツと笑いつつマリアドールの銀色の髪を一束とり口づけを落とす。
ボンッ、と首まで真っ赤になったマリアドールの反応に満足そうに微笑むと、今度は頬に顔が近づき。
と、そこで店の入り口についたベルがカラカラと助けの音を出した。
チッ、とジェルフの小さな舌打ちに聞こえないふりをして、マリアドールはガタリと音を立て勢いよく立ち上がると、火照る頬を手で仰ぎながらいそいそと入り口へ向かう。
「こちら、ジーランド画商でしょうか」
尋ねてきたのはマリアドールより少し歳上に見える亜麻色の髪の青年。店内を見渡しながら中に入ると、駆け寄ってきたマリアドールを見て、その黒色の瞳をパチリとさせたあと、にこりと懐かしそうに微笑んだ。
マリアドールは「はい」と答えつつその男の前に立ち、ふわふわのくせ毛を数秒見つめたあと紫色の瞳を大きく見開く。
「もしかして……」
「うん! 俺は一目で分かったよ。久しぶりだねマリー」
ぎゅっとハグをされるマリアドールの後ろで、椅子を倒しながらジェルフが勢いよく立ち上がった。
「マリアドール、そちらの方は?」
はっとして、軽く青年の胸を押し離れると、マリアドールはジェルフと青年を交互に見る。
「ジェルフ様、生前父が商会を営んでいたことはお話したでしょう。そのジーランド商会と取引のあったコルタウス国のピーターソン商会のエイデンよ。お父様と一緒に何度もこの国に来られていて、昔から仲良くしていたの」
「初めまして。ピーターソン男爵家のエイデンと申します。三年ぶりに来たので道に迷ってしまいました。で、マリアドールこちらの方は?」
ジェルフに頭を下げマリアドールへと視線を戻したエイデンが、軽く首を傾げながら聞く。
マリアドールは少し緊張した面持ちでジェルフの隣に立つと、手のひらをジェルフに向けた。
「私の婚約者のジェルフ・スタンレー公爵よ。……名前は知っているかしら」
「ジェルフ・スタンレー……悪魔の星と言われた」
とそこまで言って、エイデンは慌てて手で口を押えた。それを見て、ジェルフが困ったように眉を下げる。
三年前、この国ダンブルガス国と戦っていたのがコルタウス国。
戦争のきっかけは、主要な炭坑で次々と石炭が取れなくなったコルタウス国が、国境沿いにあるダンブルガス国の炭坑を我が物とすべく侵略してきたことから始まった。
しかし、ジェルフの活躍もあって戦争はダンブルガス国が勝利。コルタウス国は自国に不利な条約を結ぶことと、道路の整備を約束させられた。
ダンブルガス国より北にある国々に輸出するときは海路を使うことが多いけれど、冬場は海が荒れさらには磁場の影響でコンパスが役に立たない箇所がいくつかある。そのため遭難する船があとを絶たず、ダンブルガス国としては海路以外の陸路が欲しかった。
国の真北に位置するコルタウス国に、南北に横断する道の整備を命じたのは、そこを通りコルタウス国を抜け、さらに向こうの国へ荷を運ぶ安全な道を確保するため。
この条件を飲めば、石炭を輸出すると言われれば、敗戦国のコルタウスは頷くしかない。
多額の賠償金を支払った上での国家をあげての大事業だからコルタウス国の財政はかなり厳しいだろうが、道の整備は長い目でみてコルタウス国にとって悪い話ではない。
そのこともあって事業は急ピッチで行われ、数か月前に無事に道が完成した。
それをきっかけに、ダンブルガス国とコルタウス国の間で新たな関係を築こうという動きが出ている、というところまではジェルフ伝いでマリアドールも耳にしていた。
「スタンレー公爵様、失礼しました」
「いや、そちらの国で俺がどう言われているかは理解している。それで、三年ぶりということは、この前の条約改定があってのことか」
「はい。今までは国が許した大きな商会しかダンブルガス国と取引できませんでしたが、条約改定により我がピーターソン商会も再び取引することができるようになりました」
スタンレー公爵と聞いて、エイデンの顔が一瞬強張ったものの、それでも、臆することなく話すのは、やはり商人の血なのだろうとマリアドールは思う。
「ここには長くいるの?」
「一週間ぐらいかな。ご両親のことは聞いたよ。できればお墓参りをしたいのだけれど」
「ありがとう。では明日案内するわ。どこに泊まるの? 他に誰が来ているの?」
マリアドールが店の外に目を向けると、初老の男性が顔を覗かせた。被っていた帽子を取り薄くなった頭を下げる姿にマリアドールの「ベン」という声が重なる。
「久しぶりね。腰の具合はどう」
駆け寄り軽くハグをするのは、それがコルタウス国の一般的な挨拶だから。
マリアドールはジェルフを振り返ると、ベンが準男爵位を持っていること、ピーターソン商会の副会長であることを伝える。
ベンは改めてジェルフに深く腰を折って挨拶をすると、続けて婚約祝いの言葉も口にした。
「ご両親のご不幸を聞いたときはどうなさっているのかと心配していましたが、ご婚約されたと聞いて安心いたしました。エイデン様は少々がっかりされているようですが、マリアドール様がこんなに幸せそうに笑っていらっしゃるのだから、きちんと祝福されますように」
「……分かっている。お前は一言多い」
ムッと拗ねたようにそっぽを向くエイデンにマリアドールは小さく笑う。
(そういえば、エイデンはひとつ年下の私を妹のように可愛がってくれていたものね)
小さいころから何度も顔を合わせ、港の倉庫街で迷子になり二人して泣いたこともある。
少し成長してからは、会うたびに贈り物をくれたな、と懐かしく思い微笑むマリアドールに対しエイデンは諦めたように肩を竦めた。
「おめでとう、マリアドール。こればっかりは仕方ない。素直に祝福するよ」
「ありがとう。今日はお父様は来られなかったのね。それだけ商会の仕事を任されるようになるなんて凄いわ。私はジーランド商会を継げなかったから」
「マリアドールは人が良すぎて商人向きじゃないから仕方ないよ。スタンレー公爵夫人として絵を描いているほうが向いていると思う。スタンレー公爵様、ベンの言ったことはきにしないでください。というか、俺の矜持のためにも聞き流してくれたほうがありがたいです」
やれやれと眉を下げるエイデンに、ジェルフはフッと息を吐くと片手を差し出した。
「俺よりずっと大人だな。改めてダンブルガス国にようこそ。俺が言うのもおかしいが、二国間の関係が良い方に変わってきていることは嬉しい。憎く壊したくて戦ったのではないからな」
「道が完成し、二国の間の行き来が活発になるのは商人として嬉しい限りです。スタンレー公爵家が出資されている商会もありますよね。ぜひこの機会に責任者の方に会わせていただけませんでしょうか」
「はは、その商売人根性は嫌いではない。この国に滞在するのは一週間だったな。その間に場を設けよう」
「ありがとうございます! いや、これは幸先いいなぁ」
毒気を抜くような笑顔に、ジェルフもすっかり肩の力を抜いて笑った。
マリアドールはそんなジェルフの傍に行き、背伸びをしてそっと耳打ちをする。
「もしかして、妬いてくれましたか」
「ああ、君が俺の前で他の男に触れられて自分でもびっくりするぐらいむかついた。どうやら俺は狭量な男のようだ。がっかりしたか?」
「いいえ、まさか。嬉しいです」
自分よりも七歳も年上の婚約者の可愛い一面に、マリアドールはふふと笑う。
幸せそうに笑みを交わす二人に、エイデンが少し改まった顔で「ところで」と切り出した。
ずっと書きたいと思っていた2章です。
年明けから忙しくて、書籍化作業の合間を縫い書きました。推敲しながら投稿します。最後まで書き終わってはいますので、是非、最後までお付き合いください!
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