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毒婦は英雄に愛される

2話連続投稿しています。こちら2話目

最後までお読み頂きありがとうございます



 季節はめぐり、春がきた。


 相変わらずマリアドールは画廊の二階で暮らしているけれど、それもあと数ヶ月の話だ。


 ボロい部屋に不釣り合いな豪華なドレスが届けられたのが昨日。真っ赤なそれは、以前に着たドレスと違って首元までしっかり布で覆われている。


 その指には、ブラッドルビーの指輪が輝いていた。


 廃坑の街の小さな診療所で渡したことをジェルフは後悔しているようで、ときどきぼやいている。

 なんでも、もっとロマンティックな場所でサプライズで渡したかったらしいけれど、つい気持ちが盛り上がったらしい。


 普段とは違い照れくさそうにいうその横顔に、マリアドールは吹き出しそうになりながら「最高のプロポーズでした」と答えている。



「マリアドール様、ジェルフ様が来られましたよ」

「はぁい。準備はできたわ」


 耳に揺れるのは、母親の形見のドロップ真珠のイヤリング。


 扉を開けて入ってきたジェルフは正装に身を包んでいた。とはいえ、時間は昼なので夜会ほどの煌びやかさはない。それはマリアドールも同じなのだけれど。


 ジェルフの手を借り階段を降りた先にはレガシーが待っていた。

 その顔がやや緊張している。  


「レガシー、大丈夫よ。すでにリーザ様が根回ししてくださっているもの。それにジェルフ様もいてくれるわ」

「そ、そうでございますね。ジェルフ様、マリアドール様をどうぞよろしくお願いします」


 ジェルフが大きく頷くと同時にクレメンスが現れた。子供用の礼服をピシリと着たクレメンスは窮屈そうに、でも嬉しそうにマリアドールに近づく。


「どう、似合っている?」

「もちろんよ。では行きましょう。今日は御者席ではなくクレメンスも馬車に乗るのよ」

「本当に!? ジェルフ様、いいんですか?」

「ああ、今日はクレメンスも招待客だからな」


 ジェルフが懐から取り出したのは二枚の手紙。

 ハーレン侯爵の持つ美術館で本日、画家ギルド結成の祝賀パーティーが行われる。 



 三人の乗る馬車は、王都の大通りを走り、城の近くにある美術館の前で停まった。

 伝統ある美術館は入り口からして美しい。見事な彫刻が彫られた扉を潜ると、広い館内は人で賑わっていた。


 特に人が多いのは、入ってすぐ右にあるイベントスペースとして使われている部屋だ。迷うことなくそこに進んだマリアドールの目に入ったのは、幸せそうに微笑む沢山の女性の絵。


「よくこれだけ集めたものですわね」

「それを言うなら、よくこれだけ描いたものだ。頑張ったな、マリアドール」


 壁にずらりと並ぶのは、マリアドールが依頼を受け描いた絵。今までひっそりと屋敷の片隅で飾られていたそれが、燦々としたサロンの壁一面に展示されていた。


 画家ギルドができたことによって、マリアドールへの依頼の取りまとめは、ギルド長であるリーザが行うことになった。その基盤ができたので、この度、マリアドールが毒婦だという噂の払拭に取りかかったのだ。


 マリアドールの能力を明らかにした上で、負担にならないようサポートしてくれるらしい。それに、ギルドの後ろ盾にはマリアドールの婚約者であるジェルフがいる。実に心強い。


「絵の具の販売も順調のようですね」

「ああ、おかげで廃れた街がまた活気を帯びてきた。マリアドールのおかげだ」

「そんな、私は何もしていませんわ」

「いや、そこら辺に転がっているだけの岩石に価値をつけてくれた。俺にはできないことだ」


 岩石から絵の具ができると知って、元坑夫だけでなく鍛治職人も戻ってきた。あちこちで岩石を燃やし、砕き絵の具の元となる色粉が作られている。


 そんな中、全てを話したマントル司教から絵の具になる岩石を見たいと申し出があった。何やら思うことがあるようで手渡せば「この岩石なら使い物にならないと、山の向こう側に捨てた」と言う。


 穴を掘るときにでた石や土砂をどうするかは現場責任者に任せていた。その報告は当時男爵として土地を治めていたマントルの耳に入っていたが、まさか、といったところだ。


 教えられた場所に行けば、果たして、うず高く積まれた岩石があった。

 鉱山の採掘に関しては安全確保を先に進めることにして、当分の間はその岩石を使って絵の具を作ることになった。


「あれだけあるのだ。今まで知られていなかっただけで、あの辺りの他の山でも掘れば見つかるかもしれない」


 そのあたりは、今後、段階を踏みながら進めることになっている。


 この絵の具作りにおいて、活躍したのがクレメンスだ。どれだけの時間燃やせばよいか、岩石の色の変わり方を鍛治職人に伝え、安定した色の生成に一役かった。

 マリアドールも何度か鍛治職人の元を訪れたけれど、クレメンスにいたっては三ヶ月ほどマーデリックの家に寝泊まりし、戻ってきた鍛冶職人の家とを行ったり来たりしていたらしい。


 もっともクレメンスにしてみれば、あの辺りの風景が気に入って、絵に描きたかったというのもある。


「それにしてもリーザ様は凄いですわ。画家の卵を育てる学校まで作られたのですもの」


 女性の地位が低いこの国で、リーザの活躍は今や注目のまとだ。マリアドールの感嘆のため息に被さるように背後から声がかけられた。


「あら、まだそこまでの規模には至っていませんわ。一期生は十人足らずなのですから、これからよ」

「リーザ様! 本日はお招き頂きありがとうございます」

「貴女を招かないでこの展覧会は成り立たないわ。あら、クレメンス、今日は随分洒落込んでいるじゃない」


 クレメンスはニッとはにかみながらマリアドールのスカートの後ろに隠れた。どうやらリーザのことが苦手なようだ。


「画家の卵を育てるのは私の夢だったの。広く公募を募り、沢山の絵が持ち込まれたけれど、その中でもクレメンスの絵には可能性を感じたわ。だから、最年少での入学なのよ。頑張ってね」

「は、はい」


 コクコクと頷くクレメンスにリーザは肩を竦めると、ジェルフと向き合った。


「すでに私の画廊で行っている絵の具の販売ですが、今後はギルドでしようと思っています」

「あぁ。そのことだが、もう少し作れる量が増えれば、知り合いの紹介を通じて異国への輸出も考えている。もちろんギルドには優先的に渡すつもりだ」

「それは素晴らしいですわ。私、絵の具で一儲け、なんて考えていませんし、独占販売するつもりもありません。是非、あの絵の具を異国に広めてください」


 リーザを呼ぶ声がした。ギルド長の彼女は忙しそうだ。マリアドール達は絵を見るからと、その場をあとにした。


 一枚、一枚、思い入れがある。今はもう思い出せない光景が目の前に幾つも飾られていた。


「私の拙い絵をこんなに沢山の人に見られるのは恥ずかしいですわ。でも、自分で言うのもおかしいですが、皆、幸せそうに描けていると思うの」

「それでいいんじゃないか。お父上とマリアドールは別の人間なのだから、それぞれの良さがある」


 マリアドールはその言葉に驚きながら、隣にいるジェルフを見上げた。

 その顔は、父親の呪縛から解かれすっきりしているように思う。


 なんだか嬉しくなって、気づけば手が自然と伸びていた。

 

 ジェルフの肩がピクリと跳ね、驚いたように自分の手元を見る。大きな手をマリアドールの細い指が包んでいた。


「マリアドールから手を繋いでくれるのは初めてだ」

「そ、そうでしたかしら。あっ、ジェルフ様、ここには一枚だけ私が描いていない絵があるのです」


 火照った顔を誤魔化すように、マリアドールはジェルフの前に立って歩きだした。もちろん手は繋いだままだ。


「これです」

「……これは」


 一番奥の壁に、明らかに他の絵とタッチの違うものがあった。


「父が描いた、私達親子の絵です」


 まだ幼いマリアドールの頭には、花で作った冠が載っている。柔らかく微笑む母親と二人を見守る父親が春の日差しのもと笑っていた。


「あの時、売ろうとしていた絵だな」

「はい。ジェルフ様のおかげで今もなお手元にあります」

「二度と手放すようなことは起きない。絵もマリアドールも俺が必ず守る」


 伝説の画家ギルバートが貴族だったことに、大勢の人が驚いた。画家の地位が低く、貴族が絵を描くなんてと言われるダンブルガス国で、これは転機となる事実だ。

 そして、ギルバートの娘であるマリアドールが嫁ぐのはスタンレー公爵家。この先、この国の芸術は大きく変わる可能性を秘めている。


 繋がれていた指に力が込められた。と、そのままジェルフはマリアドールの手を持ち上げ、口づけをする。


「ジェルフ様!」

「フレデリック殿下から、仲の良いところを周りに見せるよう言われていたことを思い出した」

「その設定、まだ有効だったのですか?」


 あと数ヶ月で結婚するし、何やら騎士団から二人はラブラブだと噂が流れているらしいから、もう必要ないと思うのだけれど。


「あぁ。そうだ。だから俺はマリアドールを愛でるのに忙しい」


 そう言って、ジェルフが今度は旋毛に唇をつける。

 マリアドールが真っ赤になれば、それを楽しむように頬と耳にも口づけされ、もう心臓がバクバクと限界だ。


「ジェルフ様! 皆が見ています」

「そうだな。こんな初々しい姿を他の男に見せるのは勿体無い気がしてきた。この辺りでやめておこう」


 その独占欲はどうかと思うも、ほっとしたところに、ジェルフが耳元で囁いた。


「続きは帰ってからだ」

「ジェルフ様!!」


 堪らず離れ、むむっと口を尖らせたのだけれど、ジェルフはカラカラ笑ってそれを受け流した。


「この絵に誓うよ。マリアドールをずっと愛することを」

「約束ですわよ。寝ても覚めても、私だけを見てくださいね」

「あぁ。そのためにも早く共に寝起きしたいものだ」


 ぼっとマリアドールが赤くなる。飄々とした顔でジェルフはいつもマリアドールを揶揄うのだ。


 そんな二人に、再びリーザが声をかけた。


「マリアドール、貴女に次の依頼者を紹介していいかしら」


 振り返った先には、老紳士が一人。

 マリアドールとジェルフは目を合わせ、頷いた。


 リーザ達に歩み寄る二人。

 それを見守る家族を描いた肖像画が柔らかな日差しに包まれていた。



最後までお付き合い頂きありがとうございます。強く不器用な二人がゆっくりと思いを重ねていく物語です。

暗い過去の描写が多かった分、最後は暖かな気持ちになるよう大円団にしました。

面白かった、よかったと思ってくださった方、是非★をお願いします。それが次作への意欲になります!!


まだまだ二人の物語は続きそうですが、今のところ次作等は真っ白です。


12月5日で書籍作家デビュー 一周年です!

書籍(アンソロジー含む)×4、コミック×1を発売することができました。受賞は4回。

これからもよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] とりあえずの完結まで読めました! 楽しかったです。 キャラクターまあ物語、設定にもドキドキが止まりませんでした! 素敵なお話をありがとうございます! 続をまた読ませて頂きます!
[一言] 一先ず完結、ありがとうございます♪ほぼリアルタイムで読み進め、テンポ良く気持ち良く読ませて頂きました。面白いな、と思うと作者のお名前が同じだったりしていくつか読ませて頂いてます。まだ1周年と…
[一言] 毎日更新を楽しみにしていた作品の一つです 終わりまで読めて大満足!ありがとうございました
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