廃坑にあるもの.6ジェルフ視点
すみません。投稿を間違えました!
こちら2話目。朝に2話投稿したので、本日夕方の投稿はありません。明日の朝、2話投稿して終わりになります。
夢を見た。
酔っぱらった父親が、動けなくなった俺を月明かりのもと見下ろしていた。
執拗に繰り返される足蹴りに、膝を抱え小さくなる。
身体が重い。どうしてこんなに重いんだろう。このまま俺はどこかに沈んでいくのだろうか。
それでこの苦しみが終わるなら……そう思った時、唇に温かなものが触れた。
「……ゲホッッ ゴホッ、ゴボッ!」
口から水が出て、空気が肺に入ってくる。むさぼるように息を吸い込む俺が見上げたその先、月の光を浴び俺を見下ろしていたのは、ーー銀色の髪の聖女だった。
薬品の匂いに意識が浮上する。
ぼんやりと目を開けたそこに聖女はいなく、代わりに見慣れない天井があった。
どこだ、ここは。
身体を起こそうと力を入れると、左足に刺すような痛みが走った。
「痛っ」
「ジェルフ様!」
俺の声に弾かれたように、視界にマリアドールの姿が入る。
充血した瞳と目の下のクマ、疲れが滲むその顔でくしゃりと泣きそうに笑うと、へなへなとベッドの端に腰掛けた。
「よかったです。もう目覚めなかったらどうしようかと思いました」
「俺は……溺れたはず。ここはどこだ?」
「街の診療所です。左足の出血が酷く三日間意識が戻らなかったのです。あっ、お水を飲めますか?」
マリアドールは立ち上がると、すぐに水を持って戻ってきた。
俺の背に手を当て起き上がるのを助けると、グラスを手渡してくれる。
「ゆっくりでいいので飲んでください。痛み止めの薬草を煎じたものですから、少し楽になると思います」
渡された水は透明だけれど、飲めば薬草独特の青臭さがあった。
決してうまいものではないけれど、身体か水分を欲していたようで一息に飲んだ。
「お医者様を呼んできますので寝ていてください」
「いや、その前に、ザックがどうなったか教えてくれ」
もう一度背中に手を当てながら、マリアドールは今度は俺をゆっくりと寝かせる。
ベッドわきにある椅子に座ろうとするので腕を掴み、すぐ横に腰掛けさせた。
ちょっと困った顔で苦笑いすると、ハンカチを取り出し額の汗を拭いてくれ、ついでにはりついていた前髪を指先で払ってくれた。
「日が昇ってからウォレン様を中心に捜索したところ、岩場に打ち付けられた姿で見つかったと聞いています。ザックをはじめ、盗賊団は全員生きていて今取り調べが進められています。マントル司教も進んで昔のことを話しているそうです」
「そうか。マリアドール、危険な目に遭わせて悪かった」
俺の言葉にマリアドールは首を振った後、ちょっと戸惑いがちに聞いてきた。
「こうして無事ですからそれはよいのですが、ザック達の動きにはいつから気が付いていたのですか?」
「絵の具の元となる岩石の採掘をマーデリックの知り合いに頼んでいたのだが、そいつから最近廃坑で奇妙な連中を見たと連絡があった。岩石泥棒にしては情報が早すぎるし気になって調べさせたらザックに繋がったんだ。ウォレンは隣街の出身でね、怪しまれずに近付けと命じた」
若手の中ではウォレンは一番強い。伯爵家の四男で、三年前に騎士団に入隊した。教えたことを恐ろしい速さで吸収するだけでなく、小柄な体格に合う攻撃、防御にアレンジするのは天賦の才だろう。しかも人の懐に入り込むのがうまい。実際はかなり癖のある性格だが。
「では、画廊にザック達が踏み込むことも事前にご存知だったのですね」
「そうだ。それについては申し訳ないことをした。レガシーは軽症だが、帰ったら詫びなければいけない。ただ、マリアドールを誘拐するとは思っていなかった。ウォレンからは絵を盗むだけだと聞いていたんだ」
盗賊団に潜り込んだのはいいが、扱いは下っ端。計画の全貌を教えられていなかったのだろう。
「もっと早くに救出できたのだが、奴ら全員を纏めて捕らえることを優先してしまった。怖い思いをさせて本当にすまない」
ウォレンがついているからいざという時はマリアドールの命を最優先すると思っていたが、正直、尾行しながら何度、前を走る荷馬車に突撃したくなったか分からない。
「ええ、あれは本当に怖かったです」
「申し訳ない」
「でも、血を流し意識のないジェルフ様を見た時のほうがもっと怖かったです。二度と目を開けなかったらどうしようかと……」
そこまで言うと、マリアドールはポロポロと涙を零し始めた。
慌てて起き上がり、頬の涙を指先で拭う。薬が効いてきたのか先程のような痛みは感じなかった。
「もうお話できないのかと、こうやって触れて貰えないのかと、どれだけ不安だったか。もっとジェルフ様と話したいことは沢山あるのに。行きたい場所もいっぱいあるのに。私、わたし……」
最後の方は言葉にならず、ヒックヒックと子供のように泣き出してしまう。
そっと肩に手を廻せば、俺の肩先に甘えるように額をつけてきた。
「……そういえば夢を見た。子供の頃の夢でこのまま目覚めなくてもいい、と思ったところで銀色の髪の女性が出てきたんだ。唇に柔らかなものが触れ、沼の底から引き揚げられたような気分になって……ってどうしたんだ、マリアドール、顔が真っ赤だぞ」
肩を掴んで少し離し覗き込んだその顔は、今までみたどの表情よりも赤くなっている。
俺と目を合わせようともせず、口をもごもごさせるその姿に首を傾げていると。
「コホン」
部屋の隅から咳払いする声が聞こえた。まさか。
「ウォレン! お前いつからそこに居たんだ!?」
「ずっと居ましたよ。いつ気づいてくれるのかなぁ、と待っていたのですが、なかなかどうして」
「お前は気配を消すのがうますぎる! 居るなら言えっ!」
慌ててマリアドールから身体を離すと、「気にしなくていいですよ」と手をひらひらさせる。
まったく食えない男だ。
「ちなみに、ジェルフ様を岸まで泳いで運んだのはマリアドール様です。俺達が駆け付けた時には、びりびりに破ったドレスでジェルフ様の傍に座って……」
「ウォレン様!」
「そんな慌てなくても。だってあれは人工呼吸なのでしょう? 何度も口に息を吹き込み必死でジェルフ様の名を呼んでいました」
ぼんやりとした記憶が輪郭をはっきりしていく。
あれは、夢じゃなかったのか。
「診療所にきてからも、ジェルフ様の傍を離れなくて見ているこっちが倒れないかと不安になりました」
「そうだったのか。ありがとう」
「……いえ、祖父から教わったことをしただけです。……すみません」
そのすみませんは何に対してだろう。
あぁ、ここにウォレンがいなければ、と視線をやれば、ニコニコと笑い返してきた。
楽しんでいやがるな。
「ウォレン、悪いが医者を呼んできてくれるか」
「はいはい。あっ、その前にこれをお渡ししなくては」
そういうと、ポケットからハンカチを取り出しこちらに向かってくる。
はい、と差し出されたそれを受け取り、ハンカチを解くとそこにあったのは。
「……ブラッドルビー。見つけてくれたのか」
「マリアドール様が地図を描いてくださいました。それから、廃坑に詳しいっていう子供……確かソリックだったかな。彼がガスの溜まっている道を詳しく教えてくれましたし、カナリアも連れていったので全員無事です」
全員、ということは他の騎士も探してくれたのか。
金の台座に輝く赤いルビーは、父の、そして俺の瞳と同じ色をしている。顔も思い出せない母の形見だ。
「やはり、スタンレー公爵夫人にはそれが必要でしょうから。それでは俺はこれで失礼します。医者は……忙しそうだったので三十分後ぐらいにくると思いますよ」
「あら、昨日は随分暇そうでしたのに。私、お手伝いをしましょうか?」
マリアドールらしい言葉に、ウォレンは目をまるくすると、心底おもしろそうにクツクツと笑った。
「いえいえ、それには及びません。あれ? 稀代の毒婦って聞いていたんだけれど、噂って当てにならないんだな。あっ、ジェルフ様三十分で足りますか?」
「煩い、もういいからさっさと行け」
舌打ち交じりに命じると、はいはい、と気の抜けた返事を返し手を振って出て行った。
足が治ったら、みっちり稽古をつけてやる必要があるな。
意味が分からずライトブルーの瞳をパチパチさせるマリアドール。
こんなあどけない顔を知っているのは俺だけで充分だ。
明日の朝2話まとめて投稿してそれが最後となります。ラストはハッピーエンドの甘めでいきます。暗い過去を持った人が多い話でしたが、最後はあったかくホッコリで終わりますので、是非最後までお付き合いください。
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