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廃坑にあるもの.5

すみません。投稿を間違えました!

こちら1話目。2話目も投稿しているため、本日夕方の投稿はありません。明日の朝、2話投稿して終わりになります。


 砕けた扉の破片が床に飛び散るより早く、剣を抜いたジェルフが飛び込んできた。

 マリアドールに覆いかぶさるザックめがけそれを振りかざす……


 が、頬に傷のある男がジェルフの剣を受け止めた。

 体格はジェルフと同じ。

 ざっくりとした麻の服の上からでも、鍛えられた体躯をしているのが分かる。


 実際に、ふたりの鍔迫り合いは拮抗しどちらも引かない。


「ジェルフ様!!」


 マリアドールは隙をつき起き上がるも、首に腕を回されすぐに捕まってしまう。ザックは机に刺さった短剣を抜くと、マリアドールの喉に当てながら壁際へとにじり寄った。


「ふーん、これがダンブルガスの英雄か」


 頬に傷のある男が、値踏みするようにジェルフを見据える。


「お前は……騎士? いや違う、傭兵か」

「同じ戦争を戦った仲なのに、そっちは名声を手に入れ金の苦労はなし。こっちは用心棒で食いつなぐ日々。そんなに騎士が凄いのか? もし平民の俺が英雄に勝ったら世間はどういうだろうな」


 頬に傷のある男が剣をさらに押し込んだ。

 ジェルフは素早く後ろに下がり、間合いを取り直す。


「おい、そのままやってしまえ」

「言われるまでもなく」


 ザックの言葉に男は剣を横に振るう。


 それを剣で受け流し勢いを逸らすと、ジェルフは一気に懐に飛び込むも、不自由な右足のせいで僅かにスピードが落ちた。

 男は余裕でジェルフの一撃を躱すと、続けざまに打ち込んでくる。


 防戦一方になっているジェルフの背後に、一人の盗賊の姿がある。

 角刈りの男だ。握った短剣で狙いを定めると、ブンと大きく腕を振り短剣を投げた。


 しかし短剣はジェルフに向かっては飛んでいかず、カチンと刃物がぶつかる音がして床に突き刺さった。


「だ、誰だ。邪魔をするのは」


 角刈りの男が振り返った先には、壊れた扉を背に小柄な男が立っていた。その男が放った短剣が、投げられた短剣をはじいたようだ。小柄な男は一瞬にして間合いを詰めると、角刈りの男の腹に重い蹴りを入れた。


 「ぐっ、お前……どうして」


 痛みに歪む顔。皆の視線が集まる中、入ってきた男はニコリと笑った。


「遅くなりました、ジェルフ様。マントル司教は安全な場所に案内しました。雑魚は俺がしとめます」


 粗末な服を着た小柄な赤髪の男が、さっと長剣を抜いた。

 さっきまでの冴えない風貌は消し飛び、丸めていた背が伸び颯爽としている。


「あっ、ちなみに俺の名前はウォレンね。ザック、お前は人がよ過ぎるよ。酒場で会った俺の話をコロッと信じるんだもん。それでよく悪党なんてやってられるね」


 歳は二十歳ほどだろうか。ボサボサの前髪を後ろに撫でつけると、整った顔が現れた。ニコリと笑いながらも、なかなかの毒舌だ。


「ってことで、ジェルフ様はそいつをお願いします。無理なら俺がやりますけれど」

「お前に助けてもらうほど腕は鈍っていない」


 ジェルフが左足で床を蹴る。一歩が大きいのは右足の可動域が少ないのをカバーするためだろう。


 剣の切っ先が男の腹をかすめ血が滲んだ。

 しかし男はすぐに間合いを取り剣を構える。


 睨む合う二人を横目に、ウォレンが盗賊たちを次々と倒していった。


(盗賊の中には傭兵もいるのに……強いわ。それにあの人、すっかり容姿に騙されたけれど、夜会で会ったことがある)

 

 フレデリック殿下と話をしているとき、マリアドール達を見ていた赤毛の騎士だ。ボサボサの髪で顔を隠していたので気づかなかった。


 あちこちで人が倒れる音がする中、ジェルフと頬に傷のある男の剣がぶつかる音は絶え間なく続いている。


「ジェルフの相手は、隣国の中隊長をしとめた傭兵だぞ。負傷した足でどうしてあんなに動けるんだ」


 ザックが青ざめた顔で呟く。

 二人の戦いは終わらないけれど、他の盗賊を全員床に伏せさせたウォレンが近付いてきた。



「そ、それ以上こっちに来るな! この女がどうなってもいいのか?」


 右手に握った短剣をマリアドールの首に充てる。左手にカンテラを握ると、ザックはベランダへと向かった。


 短剣がマリアドールの首に赤い一線を作って血が滲むのを見たウォレンは、剣を捨て両手を上げた。


「分かったよ。ほら、そんなに震えないで。マリアドール様を傷つけたら俺まで怒られてしまう」


 ヘラヘラ笑っているけれど、目は鋭い。丸腰でも勝てるとふんだようで、いつでも飛び込める体勢を取っていた。


「俺、こう見えて強いけれど、いまだにジェルフ様に勝ったことがないんだ。マリアドール様、もう少し頑張っていてね」

「ウォレン様はジェルフ様の部下なのですか?」

「ジェルフ様は剣の師匠ってとこかな。もっとも騎士団の師匠みたいになっているけれど。廃坑で妙な動きをしている奴がいるから調べるように頼まれたんだ。ちなみに、ここへ来るまでの道には印をつけていたから、追跡も楽だったはずだよ」


 微かに残る鉱物目当てに、危険な廃坑に入る盗人は珍しくない。

 ジェルフもその類だと思い、騎士団長にかけあって調べることにしたのだが、思わぬところでザックと繋がった。

 ザックの顔はコバルト子爵の証言のもと作られた絵と照らし合わされ、本人で間違いないことが確認された。これは大きな盗賊団の可能性があると、本格的な調査が始まったところに今回の誘拐騒ぎが起きたのだ。


 頬に傷のある男がジェルフの頭上目掛け剣を振り落とした。

 それを受け止めるも、やはり右足に力がはいらないぶん不利だ。


 ジェルフは左足で男の腹を蹴り間合いを取り直すとみせかけ、一歩踏み込んだ。

 まっすぐ頭目掛け振り落とされる剣。

 しかし、傷の男の反応は早くそれを受けようと剣を頭上に構えた。


 その瞬間、ジェルフの剣の軌道が変わった。

 手首を返すと、がら空きの胴めがけ横一直線に剣が振るわれた。


 がくり、と傷の男は膝を折りその場に倒れると、苦しそうに腹を抱える。

 生きているが、動ける状態ではないようだ。


 ジェルフの剣から血が滴る。

 床に血痕を残しながら、ジェルフはザックに近寄っていった。


「く、来るな!!」

「無駄な抵抗はやめろ。見ていただろう、俺達二人にお前は敵わない。それに、この建物の周囲は騎士が取り囲んでいる。もう逃げ道はない」

「くそっ、……それならこれはどうだ」


 ザックはカンテラを放り投げた。

 それは弧を描き、古びた机の上で一度はねてから床に落ちる。


 机に置かれたままだったマリアドールの絵が燃え、床からは炎が立ち上った。


「こんな古びた小屋、あっというまに丸焦げだぞ。じゃぁな」


 ザックはそのまま踵を返すと、あろうことかマリアドールと一緒に真っ暗な川へと飛び込んだ。


「マリアドール!!」


 ジェルフは剣を放り投げ、二人に続くように川へと飛び込む。

 月明かりはあるけれど、真っ暗な水面が光を吸収するかのようでほとんど何も見えない。


 マリアドールが聞こえてきた水音に振り返れば、水面に出たジェルフの顔がかろうじて見て取れた。


「ジェルフ様」


 必死でザックから逃れようとするも、腕を掴まれ思うようにいかない。水夫の祖父に泳ぎは教わったけれど、水を吸った服は思いのほか重く足に絡まる。


 川の流れは早く、初秋だというのに水は冷たい。どんどん体温が下がり、動きが鈍くなっていく。


「マリアドール、泳げるか?」

「はい!」


 いつの間にか近くまで来ていたジェルフの声に答えた瞬間、すぐそこにいたザック目掛け拳が飛んだ。


 バギッという鈍い音は、ジェルフの拳が心配になるほどだ。


「うぐっ……」


 呻き声と共にマリアドールの腕を掴んでいた手が離れ、その姿が水中に消えていく。


「手を貸せ」


 必死で伸ばせば、応えるかのように強い力で引き寄せられた。


「怪我はないか?」

「はい、ジェルフ様は大丈夫ですか? 負傷した足で泳げますか?」

「こんな時でも自分より人の心配をするのだな。片足が動かなくても泳げる。それよりこの先は大きな岩場だ。打ち付けられたら怪我だけではすまないかも知れない」


 川幅はそれほど広くない。岸まで十メートルほどだ。二人は離れないようにお互いの姿を確認しながら、そこへ向かって泳ぎ始めたのだけれど。


「ぐっ!」


 ジェルフの苦しそうな声に先を泳いでいたマリアドールが振り返ると、その身体がゆっくりと沈んでいく。


 代わりに顔を出したのはザック。手には短剣を握っている。ペッと唾を吐くと、ジェルフの沈んでいった場所を忌々しげに睨んだ。


「俺の弟は戦争で死んだ。捨て駒のように使われてな。何が英雄だ、どうせお前らなんて安全な場所で指揮を取っていただけだろう」


 次いでマリアドールを見ると、ニヤリと笑う。


「英雄の悔しがる顔はもう見れない。計画変更だ。あんたは使いようによっては金になりそうだし、一緒に来てもらおう」

「いや!」


 逃げようとするも、ドレスが足に絡まってしまった。それならば、とマリアドールは水中に手を入れドレスを掴むと、それを引き裂いた。


「来い!」

「痛っっ」


 髪を引っ張られ、頭皮に痛みが走る。

 でも、それに構うことなく振り返ると、マリアドールは千切ったばかりのドレスの裾をザック目掛け投げつけた。


 おそらく痛みなんてないだろう。ザックは驚きはしたけれど、すぐにそれを顔から剥がすと川に投げ捨てた。  


(……もう駄目かも)


 マリアドールが諦めかけたその時。

 ザックの背後からジェルフが現れ、握っていた短剣をザックの肩に突き刺した。


「ぐわっっ」


 突然のことに避けることができなかったザックの悲鳴を、川の流れが飲み込む。

 ジェルフはザックの襟首を掴むと、川の中央に押しやった。そこは流れが早いらしく、ザックの姿はあっという間に川下へと消えていった。


「ジェルフ様」

「岸へ! ここから先は流れが複雑に絡み合う。巻き込まれたら浮かんでこれない」


 ジェルフが岸を指差した。

 でも、マリアドールは動かない。


(ジェルフ様の動きがおかしいわ)


 浮かんでいるだけで精一杯に見える。それに、川の中央へ向かって流されているようだ。


(もしかして、ザックに切られたせいで泳げないのかも)


 ジェルフは右足が使えない。

 もし左足に短剣を突き刺されたら……


「俺はあとから行くから、早く岸……ゴボッ」


 頭が一度水面から消え、再び見えた。


「早くっっ」

「ジェルフ様!!」


 流れに飲み込まれ沈んでいく身体。

 マリアドールは大きく息を吸うと、闇のような水の中へ潜っていった。

 

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