廃坑にあるもの.4
2話目。
次の日の夜、降ろされたのは廃坑にある三階建ての建物の前だった。以前ジェルフと来た時、馬車をここで停めた覚えがある。
(走りっぱなしとはいえ、着くのが随分早いわ。抜け道のようなものを使ったのかしら)
途中で馬を替え、やけにガタガタした道を走っていた。正規ルートより半分近い時間でたどり着いたように思う。
建物は以前は坑夫達が寝泊まりしていた寮らしいけれど、今はひっそりと闇夜に溶け込んでいて、背後を流れる川の音がやけに大きく聞こえた。
足枷は外されたものの、擦れた足首が赤く痛い。
後ろから剣で脅されながら、角刈りの男を先頭に中に入っていった。
どうやら彼はここに来たことがあるようで、迷うことなく二階へ続く階段を上っていく。
階段は、抜けそうなほどもろい。二階の一番手前にある部屋に入ると、手慣れた様子でカンテラを棚から出し、部屋の中央にある大きなテーブルに置いた。
ぼんやりとした灯りに照らされるその部屋は食堂のようだ。
ザックが指笛を吹くと、扉の開く音や床のきしむ音が四方八方から聞こえ、十人ほどの男がゾロゾロとやってきた。
(こんなに仲間がいたなんて)
かなり大掛かりな窃盗団のようだ。
「さぁ、全員集まったところで、宝の在処を書いた地図のお披露目といこうか」
絵が乱暴にテーブルの上に投げられる。ブワッと埃が舞うと同時に男達のどよめく声がした。
「マントル、宝石はどこに隠した」
「そんなに怒鳴らなくても教える。なんなら俺の命もやっていい。だからマリアドール様には指一本触れるな」
「分かった、分かった。で、どこなんだ」
ニンマリと笑うザックの目がギラギラしている。
マントル司教は絵に描かれている地図の一番端を指差した。だが、あいにくそこには何の印もなく、絵の先は夫人の服で隠れていた。
「この先をもう少し行った場所だったはずだ。三叉路いや四叉路だったかな。幾つか急勾配があって……」
「おい! それじゃ途中までしか分からないってことじゃねーか」
どこからともなく罵声が飛んできた。それに対し、ザックは宥めるように手を上下させる。
「まぁまぁ。こんなこともあろうかとお嬢ちゃんに来てもらったんだ。コバルトの話では、二ヶ月は記憶が持つんだろう? この絵に描いていなくても夢の状況を終始見ていたなら、地図の先も知っているんじゃないのか?」
「それを描け、というの?」
「そうだ、物分かりがいいねぇ。色なんて塗らなくていいから、ほら、ここに紙とペンがある」
さぁ、どうぞ、とまるで騎士のように胸に手を当て、ザックは椅子を引いた。あちらこちらで、下品な笑い声が起こる。
マリアドールは座面に積もった埃をハンカチで払い座ると、ガタガタと節ばかりの机の上に絵を描けそうな場所を見つけ紙を置いた。
「お嬢ちゃんは知らないだろうけれど、廃坑には毒ガスが溜まった場所もある。宝石を取りに行く時はマントルを先頭に立たせるつもりだ。この意味が分かるかな?」
「……ええ。カナリア代わりってことね」
答えるマリアドールの顔が引きつる。
ここで泣いて叫んでも、男達の嗜虐心を刺激するだけだと気丈に振る舞っているけれど、スカートの下の足はずっと震えている。
間違えることが許されない状況で、意識を集中し地図の続きを思い出す。
(宝石が見つかったら私達はどうなるのかしら。ザックが必要ないと判断したらおそらく命はないのでしょうね)
そう思うと描く手が震える。馬車は休むことなく走り続けた。かなり細い山道を選んでいたようだから、最短距離の抜け道を通ったのかもしれない。実際、本来なら二日かかるところを一日で着いているので、ジェルフが間に合うか不安だ。
「……描き終わったわ。これで間違いないはずよ」
できるだけ時間をかけ描いた絵をザックに手渡せば、「ほぉ」っと満足気に頷いた。
「これは大した能力だな」
「ありがとう。もしあなたが夢で会いたい女性がいれば会わせてあげるわよ」
「あいにく、俺は現実の世界で夢を見るタイプでな。しかし、あんたが見させてくれる夢は悪くなさそうだ」
いやらしく笑うその顔に背筋が凍った。
命を奪わなくても、尊厳は傷つけられる。
「おい、お前。マントルを連れて表にいろ。万が一、地元の警邏隊が来たら知らせるんだ」
突然ザックに指差された小柄な男がビクンと跳ねた。
「は、はい。あの、その娘、どうするつもりですか?」
「ふっ、気になるのか。安心しろ、お前は一番最後だ」
どわっと笑いが起きた。
小柄な男は身を縮め、そそくさとマントルを連れ外に出て行く。
残されたのは十数人の男とマリアドールだけ。
「さあ、お嬢さん。暴れなければこちらも優しくしよう」
「あら、意外と紳士なのですわね。と、ところで、私が英雄ジェルフ・スタンレーの婚約者だとご存知かしら」
震える声でめいっぱい強がると、ザックはニヤリと笑った。
「あぁ、もちろん。この中には傭兵崩れも多くいる。同じ戦争を戦ったのにかたや英雄で悠々自適の生活を送り、もう一方は食うに困る日々。こんなの不公平じゃないか? 大切なものを奪われた英雄の面を拝んでみたいと思っても罰は当たらないさ」
「ジェルフ様が動けば騎士団が動くわ。そうなれば、あなた達に逃げ場はない」
「全て計算づくだ。ここへ来るときに通った道は、農民が使う地図に書かれていない道。整備されてなくてガタガタだが、正規ルートの半分ほどの時間で辿り着く。ジェルフ達が来た頃には、俺達は宝石を持って姿を消し、後に残されるのは英雄の婚約者の無残な姿だ。ははっ、部下の前であいつはどんな顔をするだろうな。その姿を見れないのが残念だ」
レガシー達を殺さない時点で違和感を覚えていた。生かしていれば、すぐに誘拐がジェルフに伝わる。
(騎士団への私怨もあったというわけね。敢えてここに呼び寄せ、傷だらけの私の姿を見せる。英雄の婚約者を守れなかったとなれば騎士団の面目もまる潰れだわ)
騎士は戦争で活躍すれば褒賞をもらい地位を与えられるけれど、傭兵は、謂わば使い捨ての駒。寧ろ戦争が終わったことで収入が無くなってしまった。
そんな男達が加わり、盗賊団は大きくなったようだ。
ザックが椅子に座るマリアドールの腕を掴み強引に立たせると、次いでドンと机に押し倒した。
短剣を抜いて覆いかぶさるようにマリアドールを見下ろすと、ぎらりと鈍く光るそれを耳の横に突き刺した。微かに痛みが走り、血の匂いがする。
月明かりの中、薄暗い天井を背景に幾人もの男がマリアドールを見下ろしていた。ニタニタと下卑た笑いを浮かべる男達。
さっきまではかろうじて気持ちを奮い立たせていたマリアドールだったが、今は青ざめ歯が噛み合わない。
ザックの手がマリアドールのシャツを引き裂いた。
「い、いやぁぁ!!」
悲鳴が喉から飛び出す。自分の声とは思えない高く悲壮な声。
「やめてぇ」
頭を振ればナイフが頬を掠めた。バシリとこめかみを殴られマリアドールは恐怖でピタリと動きを止める。
「うるせぇ、黙れっ!!」
今度は腹目掛け、男の拳が降り降ろされる
――その瞬間、古びた扉が外から蹴破られた。
誰が来たか。ええ、きっと想像通りですが、続きは明日です!
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