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毒婦、思わぬ対決に慌てる.3

本日2話目


「そんなことができるの? でも、そうであれば、この絵を描けたことも納得ができるわ」


 リーザは立ち上がると壁にかかっている母親の肖像画の前に立った。じっと見つめるその瞳にじんわりと涙が滲む。


「お父様の求婚を受けた時のお母様はとても幸せそうだわ。ううん、この時だけじゃなく、お母様はいつも笑っていた。だから、お父様の裏切りを許せないと思ったのだけれど」


 涙を拭くと振り返り、ソファに座るマリアドールの前まで来ると深く頭を下げた。身分で言えば、リーザが上。慌ててマリアドールが立ち上がる。


「リーザさん、頭を上げてください」

「私、あなたに酷いことをしたわ」

「何もご存知なかったのだから仕方ありません。気にしていないので……」


 とそこまで言ったところで肩をがしりと掴まれた。


「気にするところよ! っていうか気にしなきゃいけないわ。マリアドール、あなた自分が社交界で何と言われているか知っている?」

「は、はい。毒婦、悪女。最近では魔性と言われました」


 ジェルフに、と心の中で付け足す。


「そうよ! そしてそれは全部事実無根の出鱈目なんでしょう。もっと怒らないと、貴女は自分に無頓着すぎるわ」


 最近よく似たことを言われた。

 鼻息荒く、肩を怒らせるリーザはなるほど、気性が荒いだけでなく正義感も強い。

 素直に謝り他人のために腹を立てられるリーザとは、なんだか気が合いそうだ。


「でも、本当のことを言うわけにはいきませんから。その理由もご説明いたしました」

「そ、そうね。確かに貴女の負担になることはやめるべきね」


 リーザは腕を組み、部屋の中をぐるぐると回り始めた。眉間に皺を寄せているところを見ると、何かを考えているようだ。


 夢を見せることを大勢の人に知られたくない、それはマリアドールの負担を減らすという意味もあるけれど、それだけではない。


(私としては、依頼のまとめ役となってくださる方の手を煩わせたくないのよね)


 善意でマリアドールのために壁になってくれる人の負担を増やすようなことはしたくない。そんなことをするぐらいなら、毒婦と呼ばれたほうがいい。もちろん腹が立つこともあるけれど、鼻でフンと笑いグシャッと手のひらで握りつぶして投げたらお終い程度の感情だ。それより、自分のことで誰かの手を煩わすほうがよっぽど精神的負担が多い。


(……ところで、私はまだ帰ってはいけないのかしら) 


 マントル司教に頼まれた絵を仕上げなくてはいけない。

 背景から先に描き始めたそれは、今は人物を描いている。あと二週間ほどしか記憶が保たないことを考えれば、時間はあまりない。


「お父様、マリアドールへの依頼の取りまとめですが、いずれ私に引き継ぐつもりだと仰っていましたよね。それ、今では駄目ですか?」

「今? いや、まだ私も元気だし、それにお前は画廊と美術館があるだろう? それに子供もまだ小さい」


 リーザの嫁ぎ先は伯爵家の次男。爵位はハーレン侯爵が持っていた伯爵位を継ぎ、夫は文官として城勤めをしている。画廊と美術館の事務的な仕事を手伝うこともあるけれど、経営しているのはリーザだ。


「実は今、画家のギルドを作ろうとしているの。この国の画家の地位は低すぎる。素晴らしい絵を描いてもらうためにも彼らの地位を高めなくては。いつまでもパトロンに囲われ、彼らの依頼をこなしているだけでは駄目だわ」


 ダンブルガス国では、パトロンと画家に歴然とした主従関係がある。

 それが強いあまり、画家はパトロンに依頼された絵を描くことでしか生計を立てられない。

 たとえ絵を売るにしても直接画廊に持ち込むことはできず、必ずパトロンを経由することになっている。

 

 他の国と大きく違うこの環境のせいで、腕の良い画家ほどダンブルガス国を離れていく。このままでは、ダンブルガス国の芸術は遅れ廃れるだけだ。

 国で最古の画廊を持つハーレン侯爵家の娘として、それを甘んじて受け入れるわけにはいかない、とリーザは熱く語った。


 あまりの熱弁に、ただ頷くことしかできないマリアドール。

 リーザはその手を握るとさらに言葉を続ける。


「ギルドの目的は画家の独立。絵の注文はギルドが引き受け、販売まで請け負って画家を守るの。知っていると思うけれど、画家の中には昼夜問わず絵を描かされ続け身体を壊した人や、粗悪な絵の具を使うことを強いられる人もいるわ。そういう人達を助けたいの」


 ギルドの持つ力は強い。たとえ有力な貴族でも無理な依頼はできない。

 そのためギルド設立には事細かな、面倒な手続きが多いのだけれど、その申請窓口で働いているのがリーザの夫だという。もちろん正規の手続きを踏まえて設立させるわけだけれど、書類を通すには「押さえどころ」なるものがある。


 金銭的なこと、後ろ盾、その独立性、その他諸々。

 そんな内情を知っている人間が傍にいれば、申請も自ずとスムーズになるというもの。


「もちろんお父様にもギルドの後ろ盾となって貰いますわ。でも、もう一人ぐらいと考えていたところに、マリアドール、貴女が現れたの」

「私、ですか? でも、貧乏男爵家の後ろ盾なんて吹いたら飛んでしまいますよ」

「違う、貴女じゃなくてスタンレー公爵家よ。貴女、ジェルフ様と結婚するのでしょう?」


 しない、とは言えない雰囲気。

 王女殿下の婚約が決まり次第別れるのだから、スタンレー公爵夫人にならない可能性だって充分ある。ましてや、ジェルフに頼むことなんて……と思ったところではた、と気づいた。


「リーザ様、ギルドを開くということは、今後画家はパトロンから依頼を受けるのではなく、ギルドに登録して絵を描くのですよね」

「ええ、もちろん強制はできないから全員というわけではないけれど、私としてはくる者拒まずで受け入れるつもりよ」


 つまりは横のつながりができるということだ。

 それにギルドは、金額の上限があるものの関連性の深い品の販売も認められている。


「でしたら、ギルドで絵の具の販売もできますか? スタンレー公爵の領土から熱によって色が変わる岩石が見つかったのです。シンシャと鉛白と同じ色を作ることができます」

「それは本当なの! 常々あの絵の具は禁止すべきだと思っていたの。どれぐらいの量ができるのかしら? 金額は? もうどこかの商会で販売することが決まっているの?」


 矢継ぎ早の問いに、マリアドールは慌てて首を振る。

 

「絵の具の生成に成功したのが最近なのです。それなりの量が作れると聞いていますがはっきりとは分かりません。販売経路は探しているところで、差し当たって私の画廊で取り扱おうと思っていました」

「では、今から交渉できるということね。商売が絡めば、なおさら後ろ盾になって頂けるはず。マリアドール、是非スタンレー公爵様とお会いしたいのですけれど、貴女から頼んでくれないかしら。その時に、今後貴女への依頼をギルド経由にする話もしましょう」


「分かりました。今夜会う約束をしていますのでその時に伝えます」

「ありがとう。あぁ、スタンレー公爵様が後ろ盾となってくだされば、ギルドは間違いなく認定されるわ」


 険しい表情から打って変わって笑顔になる。

 華やかなその顔は絵の女性とよく似ていた。


(絵の具の販売はジェルフ様も望んでいたこと。そうなれば、私との婚約が破棄になったとしても後ろ盾となってくださる可能性は高いわ。画家達にとってもあの絵の具が手に入りやすい環境はよいことだし、なんだかすべてがうまく収まるのではないかしら)


 画家にとってもジェルフにとってもウィンウィンだ。

 と考えていたところで、リーザがマリアドールの手を取った。


「もし全てがうまくいったら、貴女の能力を公表しましょう。そうすれば、毒婦なんて噂消し飛ぶわ。大丈夫、貴女のことはギルド長となる私が必ず守るから」

「でも、私は別に毒婦と呼ばれても……」

「あぁ、もう、最初にいったけれど貴方はもっと自分を大事にすべきだわ。扇子でぶった私がこんなこと言うのもおかしいけれど、悪意ある噂が無くなればジェルフ様も喜ばれるはずよ。あなたは、その能力が知れることによって依頼者が殺到し、まとめ役のお父様の負担が増えるのを心配しているのかも知れないけれど、ギルドなら大丈夫。個人よりずっとずっと権力があるから、無理強いする人なんていない。組織ってのは面倒なことも多いけれど、守れることも多いの」


 もともと、画家への絵の依頼を一手に引き受けるつもりだからそのマニュアルも作っている。マリアドールへの依頼もそのマニュアルに沿ってすれば、大した負担にならないと豪語するリーザの隣でハーレン侯爵がぎょっと目を剥いた。


「扇子でぶった……?」


 口をパクパクとしたのち、頭を抱え「またか……」と呟いたところを見ると、以前にも何かあったのだろう。


 顔を赤くし熱弁を奮うリーザと、蒼白のハーレン侯爵親子を前に、マリアドールは曖昧な笑顔を貼り付け続けるしかなかった。

いいことのあとにトラブルはつきもの。絵の秘密、盗賊、ジェルフの家で盗まれた指輪、最後はこれらに取り掛かります。

お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど、自分に無頓着で人に負担をかけるくらいなら自分に不利益が降りかかる方がましってタイプなのですね。 何もそこまでと思わなくもないですが、そういうタイプの方もいますよね。いままでの感想は…
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