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毒婦、思わぬ対決に慌てる.2

1話目


 通されたのは以前と同じハーレン侯爵の執務室。壁にはこの前来た時渡した絵が飾られていた。

 ハーレン夫人が、好きだったという薔薇の花に囲まれ優しく笑っている。その瞳の先にいるのは若かりし頃のハーレン侯爵だろう。


 描いたのは、求婚を受けた時のハーレン夫人。指には貰ったばかりであろう婚約指輪が輝いていた。


「こちらが、今回描いた家族の絵となります」

「あぁ、ありがとう。早速見せてもらうよ」


 前回より二回り小さなそれを手にすると、ハーレン侯爵はしげしげと眺める。二度目だからだろうか、涙は流していない。


 マリアドールが一度に見させることができる夢は三つが限界。若い頃、子供が小さな頃、晩年を望む人が多い。


(でも、マントル司教様が見たいと仰ったのは一つだけだったわ)


 特に思い出に残る場面ひとつだけを希望する人はいた。

 でもマントル司教の場合は、そうとは思えない。なんていっても、見させた夢の中で二人は喧嘩をしていたのだ。


(なんだか腑に落ちないことが多いわ)


 マントル司教を紹介したのはハーレン侯爵。ということは二人は親しいはず。


「ハーレン侯爵様、マントル司教様はどのような方なのですか?」

「どのような? ……もしかして何か問題があったのか?」


 急に眉間に皺を寄せたハーレン侯爵に、慌てて首を横に振る。


「違います。とても親切な方でしたわ。奥様とお子様を火事で亡くされ修道士になられるなんて、さぞかしお辛かったのでしょう」

「ああ。あの頃のマントルは不運続きでな。もともと身体の弱かった子供が、頻繁に熱を出し寝込むようになった。遠くから医者を呼び、名医がいると聞けば行き子供を診せていたが、一向に良くならない。そんな時に、鉱山が廃坑となった」


「治療には費用もかかりますよね。事業が行き詰まっては大変ですわ」

「そうだ。廃坑になる前から、至る所に頭を下げ金を借りていたよ。そしてあの火事だろう。マントルの落ち込みようは酷く、もしかして後を追うのではと心配したほどだ」


 マントル司教はいたく自分を責めていた。

 悲しみから酒に溺れ、その度に「罰が当たった」とうわごとのように言っていたらしい。

 

「だから彼が司教になると言ったときは安心した。神が存在するかは分からないが、心のよりどころにはなるだろうと」


 話し終えると、ハーレン侯爵は再び絵を見た。

 相好を崩し、その目は当時を懐かしんでいるようだ。


 その時、急に扉の向こうが慌しくなった。


「お嬢様、お待ちください。今、旦那様は来客中で……」


 廊下から聞こえる声と、足音。

 何かと思って振り返ると同時に、ノックされることもなく扉が勢いよく開けられた。


「お父様! またその女を邸に呼んだのですね」

「リーザ、どうしてお前がここに。家に帰ったんじゃないのか?」

「旅行の最中、お父様がそわそわしていたのが気になってきたのです。やっぱりこういうことだったのね。マリアドール、あなたジェルフ様と婚約しておきながらお父様をたぶらかすというの?」


 酷い剣幕で詰め寄られ後ずさりするも、ソファにぶつかってしまう。

 現れたのは、夜会でマリアドールをぶった令嬢。ハーレン侯爵の娘リーザだ。


「いい加減にして! お父様もお父様よ、あれほどお母様を愛していたのに、こんな女の毒牙に掛かるなんて」


 ドンッとマリアドールを突き飛ばすと、今度はハーレン侯爵に向き合った。


「違う! 私とマリアドール嬢の関係は、お前が思っているようなものじゃない」

「じゃぁ、どういう関係っていうのよ。説明して……って何、その絵。そういえばその女も画廊をしていたっけ。もしかして二束三文の品を高額な値段で買ったりなんてしていませんよね!?」


 リーザはハーレン侯爵が抱えるように持っていた絵を強引に奪うと、それを床に投げつけようとしてはっと手を止めた。

 

 茶色い目を丸くし見つめる先にあるのは、その瞳と同じ色を持つ母親の姿。

 家族三人の姿が描かれた絵を、信じられないとばかりに眺めた。


「これはどういうこと? お父様、この絵は誰が描いたの?」

「……マリアドール嬢だ。彼女は私の思い出話を聞いてその絵を描き上げてくれたんだ」

「嘘、そんなはずないわ。だってこれは、この光景を見た者にしか書けないもの」


 はっとしたようにマリアドールが顔を上げた。その顔が青ざめている。


 ハーレン侯爵が、どこまで話してよいかとマリアドールを見ると、その視線に答えるように小さく頷いた。大丈夫、こんな時のための言い訳は用意済みだ。


「私の父は『ギルバート』の名前で画家をしていました。伝説の画家、と言われた父から絵を教わったので、話を聞いただけでも描けるのです」

「そんな話、私に通用すると思っているの? 私は父の画廊をずっと手伝っていて、そのあとを継ぐつもりでいるの。これは、あの瞬間を見ていなきゃ描けないわ」

「父から教わった技術があれば可能です」

「無理よ。だってここ……」


 そう言ってリーゼは背景の花を指差した。奇麗な薔薇の植木鉢が幾つも並んでいて、その一つにリボンが巻かれている。


「私、この時、薔薇を折ってしまったの。怒られるのが嫌で持っていたリボンを結んで誤魔化したわ。母は知っていたけれど、父は最後まで気づかなかった。だから、父の話を聞いてこの絵を描けるわけがないの。ねぇ、いったいどういうこと?」

「それは……」


 ズイッと絵を突きつけられる。でも、見るまでもなくそのリボンを描いたことは覚えていた。

 ハーレン夫人が薔薇が好きなこともあり、この鉢植えの薔薇はプレゼントなのだろう、と思いながら描いたのだ。

 

「……マリアドール嬢、この際だから娘に話してはいけないだろうか。この子はこう見えて口が堅い。少々気性の荒いところはあるけれど、正義感の強い娘だ。貴女が心配するようなことにはならないと約束しよう。もっと言うなら、私の後継者はリーゼにしようと思っていたんだ」 


(リーゼ様を後継者に?)


 ハーレン侯爵には息子がいる。てっきり後継者は彼か、もしくは信頼できる爵位ある男性だと思っていた。

 この国の女性の地位は男性より低い。リーゼではマリアドールに持ち掛けられる依頼を断れないはずだ。


 そんなマリアドールの不安を読み取ったかのように、ハーレン侯爵は言葉を続けた。


「侯爵家の領地は息子が継ぐが、画廊を含め絵に関わることは全てリーゼに任せることにした。この国で最も古い画廊のオーナーであれば、充分に役割を果たせると思っている」


 ハーレン侯爵は画廊とは別に美術館も持っており、ダンブルガス国の芸術に大きく貢献している。それを引き継ぐのであれば、女性であっても依頼を取りまとめることは可能かもしれない。


「お父様、話が見えませんわ。中途半端な説明はやめて、いい加減全てを話してください。お父様とマリアドールの関係が私の思うようなものでないと言うなら、それを説明すべきだと思いますわ」


 それだけ言うと、話を聞くまでは帰りませんとソファに腰掛けた。

 気性が荒いというのは本当だろう。扇子でマリアドールをぶったぐらいだ。

 でも、話を聞く耳は持っている。


(……こうなったら、嘘をつきとおすより話すべきよね)


 マリアドールは覚悟を決めリーザの前に座った。

 こっちだって、負けじと気は強いのだ。

あと10話ほどです。残り5日、お付き合いください。

お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] うーん、信用できる人以外に能力を明かせないのは分かるけど、仲介者がいるのなら依頼人のところには謎の覆面絵師とかで行けば良いだけに思うんですよね。毒婦の汚名を着る必要があるようには思えな…
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