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廃坑の街.4

本日2話目です


 工房から帰ってきたのは二時過ぎ。

 

 少し遅めの昼食を摂り、暫くは部屋でマンテル司教に頼まれていた絵を描いていたマリアドールだったが、気分転換に外へ行くことに。


 夕暮れにはまだ少し早いけれど、丘の上には気持ちのよい風が吹いていた。


 夢を思い出しながら描くのだから、場所はどこでもいい。

 庭先にイーゼルを立てキャンバスをおくと、風になびく髪を纏め木炭を握った。


 いつもは人物から描いていくのだけれど、今回は背後にある本や地図を知りたいというのが一番の希望。机の上に置かれていたものを思い出しながら、できるだけ正確に描いていく。


 積み重ねられた本の中には、マリアドールが知っているものも幾つかあった。

 領地経営について書かれた、いわゆるビジネス書が多い。


(これが奥様の読んでいた本?)


 てっきり小説や画集、詩集だと思っていただけに意外だ。

 マンテル司教と一緒に領地経営をしていたことも考えられるけれど、「妻が読んでいた本をもう一度手にいれたい」というには、違和感がある。

 

 地図だって、一緒に旅行した思い出の場所なのかと思っていたけれど、こちらはまったくの見当外れだ。


(これは道? 周りに建物が描かれていないし、なんだかアリの巣のようだわ)


 夢で見た時は、記憶することに集中していたので余計なことは考えないけれど、絵を描き進めるうちに違和感が大きくなっていく。


 それでも集中しながらデッサンを進めていると、ガタガタと車輪の音が聞こえてきた。

 顔を上げれば荷馬車が近づいてくる。手綱を持つシルエットが小さい。


「こんにちは、父に頼まれて食材を届けにきました」


 マーデリックそっくりの緑色の瞳をした少年が御者台から降りて声をかけてきた。


「ありがとう。調理場へ案内するわ。えーっと名前は?」

「ソリックです。場所なら父から聞いて知っています。勝手に入っていいですか?」

「ええ、もちろんよ」


 少しくせ毛の栗色の髪をうっとうしそうにかき上げながら、ソリックは木箱を持って屋敷に入っていった。ニキビのある顔が若々しい。

 木箱がいつもより多いのは、マーデリックに渡した銀貨が多かったからだろうか。

 ソリックが数回往復するのを横目に、マリアドールは再び絵に向かった。


 暫く木炭を走らせていると、後ろで人の気配がした。

 振り返ると、ソリックがマリアドールの描く絵をじっと見ている。さらにその後ろにはジェルフの姿も。


「あら、どうしたのですか? ソリックだけでなくジェルフ様まで」

「えっ、ジェルフ様?」


 びっくりしたようにソリックが後ろを振り返る。ジェルフがいたことに今気がついたのだろう、数センチ飛び上がった。


「ソリックが来たと料理人が教えてくれたから礼を言おうと庭に出てきたら、じっとマリアドールを見ているからどうしたのかと思ってな」

「ち、違います。奥様を見ていたのではなく、絵を見ていたのです!」


(奥様ではありません!)


 子供だからだろうか、婚約と結婚を分かっていないのかも知れない。

 ジェルフもソリックの返答には苦笑いを浮かべる。


「お前のようなガキに嫉妬はしない。それより絵が好きなのか?」

「はい、いえ、えーと。好きというより……この地図が気になって。どうしてこの地図を奥様が知っているのですか?」


 ソリックが指差すのは、あのアリの巣ような地図。

 知っているのか、と聞かれても、夢で見たとは言えない。

 仕方ないので、とある人の家で見たと答えると、「そうですか……」と腑に落ちない声が返ってきた。


「この地図がどうかしたの?」

「あ、いや。別になんでもないです」

「何でもないってことはないわよね。だってあなたの口ぶりはこの地図を知っている人のものだもの」


 地図は複雑で、正直、どこまで正確に描けているか自信がない。

 もし、この地図を持っているのなら見せて貰いたいし、なんなら譲ってもらいたい。

 ソリックは子供らしく、分かりやすいほど目を泳がせている。

 ジェルフが、ここは任せろとばかりに口角を上げた。


「なるほど、秘密にしたい地図ってことか」


 細い子供の肩に、大きな手がぼん、と置かれる。もちろん加減はしているけれど、ソリックはさっと顔色を青くした。純粋過ぎるのか、感情が表に駄々洩れだ。


「あ、あの。それは……」

「心配するな。俺だってガキの時はあった。マーデリックは知らないんだろう、黙っておくと約束するから話してくれないか?」


 傍目にかわいそうなほど小さくなっていくソリック。

 ジェルフが公爵だということ、貴族という立場。それを理解するぐらいには大人なのだ。


「あのね、ソリック。この絵はある人に頼まれたもので、その人はこの地図を探しているの。だから、持っていたら見せて貰えないかしら。それがダメなら何の地図か教えてちょうだい、そうすれば買うことができるわ」

「買うのは無理ですよ。だってそれ、売っていないですから」

「売っていない? ではこれは何なの?」


 自分で描いておいてなんだが、どうみてもアリの巣だ。

 と、ジェルフがハッと息を呑んだ。


「もしかしてこれは炭鉱の地図か?」

「……はい、そうです。あの、これって何かの罪になりますか?」

「そうだな、地図を持つこと自体は問題ないが、その入手経路が窃盗なら犯罪だ」

「違います! 知り合いに貰ったんです。その人も貰ったって言っていました。というか皆で作ったものなんです」


 焦って早口になるソリックを落ち着かせ順番に話すように促すと、ぽつぽつと経緯を教えてくれた。


 地図は、廃坑となった炭鉱のものだった。

 炭鉱には幾つもの縦穴、横穴がそれこそ縦横無尽に走っていて、ちょっと間違えば迷い込んでしまう。それだけでなく、もろくなっている道や、中には毒ガスが溜まっている穴もある。


「俺は、隣の家の兄ちゃんからもらったんですが、兄ちゃんも仲の良かった年上の人からもらったと言っていました。それで、地図をもらった人は自分で調べたことをそこに書き足して、また年下の子に譲る。そうやってこの地図は代々俺達の間で受け継がれているんです」


 ソリックは最後の方で胸を張ったが、ようは悪ガキに受け継がれた遊び場の地図だ。


(そういえば、廃坑にはまだ鉱物が残っていて、子供たちが一攫千金を狙っているってマーデリックさんが言ってらしたわ)


 だから、危険なので廃坑を塞ぐべきではないかとジェルフが話していたところだ。

 なるほど、まさか諸悪の根源を持っていた人物がここにいたとは。


「……ソリック、その地図を見せてくれないか。気持ちは分かるが、あそこは危険だ」

「でも……」

「約束だからマーデリックには言わない。地図も返そう。分かったな」


 最後は有無も言わさぬ口調でジェルフはソリックに伝えた。

 ソリックにしてみれば、約束と違うと言わんばかりに口をへの字にしているが、危険なことを放ってはおけない。下手をすれば命に関わるのだ。


「分かりました。いつ持ってくればいいですか?」

「明日、お前の家の前を通るからその時に渡してくれ。俺はそのまま廃坑に行こうと思う。地図は、そうだな、あの植木鉢の下に置いて帰るから、俺が王都に戻ってから取りにこい」


 ジェルフが別荘前の植木鉢を指差せば、ソリックは不承不承頷いた。


 待ち合わせは、マーデリックの家に向かう手前にあった果樹園で九時ということになった。

 がっくりと肩を落として帰るソリックを見送ったところで、ジェルフがマリアドールに視線を向ける。その眉が申し訳なさそうに下がっていた。


「マリアドール、すまない。明日一人にしてしまうが、何かあれば使用人に……」

「えっ、私も一緒に行きますよ」


 当然だと見返すマリアドールにジェルフは目をパチパチさせる。


「いや、廃坑だし。危ないぞ」

「ヒールのない編み上げブーツを持って来ています。それに私は『奥様』のようですから、旦那様のいくところ、どこへでも付いていきますよ」


 旦那様、と言われジェルフが片手で顔を覆った。ちょっと耳が赤い。


「どうしましたか?」

「いや、何でもない」

「では、よろしいですね、旦那様」

「……わざと言っているだろう」


 クスクスと笑う二人。


 この時はちょっとした探検、ぐらいにしか思っていなかった。

いざ、廃坑へ。絶対何かある終わり方です。


お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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