廃坑の街.3
本日一話目です
「これが、色の変わる岩石です。こう、太陽に当てると表面が白っぽく見えるのが特徴です」
マーデリックが拳大の岩石を太陽にかざすと、それを縁取るように白い輪郭が浮かび上がる。隣から覗き込むマリアドールに、マーデリックが岩石を手渡す。
ゴツゴツとした手触りといい、色といい、そのあたりに転がる石と変わらない。敢えていうなら、少々重い、気がする。
「工房に来て頂けますか? 色の変わった石を並べておきました」
マーデリックは普段、剣を作っている。
以前は鉱山で取れた鉄を使っていたのだが、廃坑してからは商人から仕入れ鍛冶職人を続けていた。
中々の腕前で、騎士の中には彼を指名し剣を作ってもらう者もいるほどだ。
案内された工房は、さほど広くない上に物が多い。
男二人の体格がよいせいか、四人入ればぎゅうぎゅうだ。
その工房の真ん中にある作業台に、赤、オレンジ、黄色、緑、青、紫の石が置かれた。それぞれの前には小皿があり、中には石を粉状にしたものが入っている。
マリアドールはそれを中指で取ると、親指と擦り合わせ発色を確かめる。サラリとした粉は水や油にもよく溶けそうだ。
「クレメンス、私の鞄をお願い」
「分かった。マーデリックさん、水を少し貰えますか?」
「今朝汲んだのが水差しに入っているけど、これでいいか」
「はい。ありがとうございます」
クレメンスが嬉々として動いているのは、岩石に興味があるからだろう。
さっきからチラチラ見ているので、よほど気になっているのだろうけれど、ジェルフの手前触るのは我慢しているようだ。
マリアドールが鞄から小皿を取り出す。
全部で十二枚あり、それぞれの色の粉を二枚の皿に入れていく。計六色十二枚の皿ができた。
その半分にクレメンスが水を注ぎ、残りの皿には瓶に入れて持ってきた油を移し入れる。
筆は色が混ざらないよう十二本使い、それぞれを丁寧に混ぜ色を均等にしていく。途中からジェルフも「絵筆を持つのは初めてかもしれない」と戸惑いながら加わった。
「いい感じに混ざるわ。水だけでなく油も問題ないようね」
「うん。どちらかというと油の方がいい気がするなぁ」
クレメンスに至ってはもう夢中だ。
「うちの子供達も、木片に落書きして遊んでいます。描くっていうより塗りつけているだけですがね」
視線を感じ振り返ると、五歳ぐらいの女の子が二人顔を覗かせていた。二人とも同じ顔をしている。
「こら、あっち行ってなさい」
「はーい」
声まで同じだ。
「あの子達が、廃坑で岩石を見つけたのですか? 随分小さいようですが」
「いえいえ、見つけたのは十三歳の長男です。近所の悪ガキと、まだ掘ったら鉄が出てくるんじゃないかって話になって行ったみたいです。ま、ここらじゃ珍しくないことで、男なら一度はやってみる浪漫ですかね」
ハハハ、と笑うところを見ると、子供達の間ではちょくちょくそんな話が出て、こっそり廃坑に行っては親に怒られているらしい。
人の手が入らなくなった廃坑は崩れる可能性もあるし、中は迷路のように複雑。それなのに、子供達はそこを遊び場にしているのだから実際は心配だろう。
「子供の気持ちは分からなくないが、事故が起きないうちに木で塞いだほうが良さそうだな」
ジェルフが腕組みをしながら、口をへの字にする。
比較的硬い岩盤だけれど、鉱山は危険な場所。時には有毒ガスが出ることもある。
ジェルフとマーベリックが、廃坑についてどうするか話す横で、マリアドールはキャンバスを広げる。
赤色の色水をたっぷり浸した絵の具でキャンバスに横一線を引いた。
(うん、悪くない)
次いで油で溶かしたもので、同様に描くとこちらもよい。
クレメンスも、待ちきれないとばかりにオレンジの絵筆を手に取った。
「マーデリックさん、ここにあるオレンジと赤色の中間の色も作れますか?」
「できます。火加減が難しいですので、毎回微妙に違う色になってしまいますが」
「そうですか」
絵を描くのなら、その微妙な違いがネックになる。
うーん、と考えこむマリアドールに、マーデリックは赤色の石を指差した。
「この色なら同じ色が作れます。石を炎に入れて暫く経つと赤色に変わります。それから十分間は変化がなく、十分すぎたころからオレンジ、黄色と変わっていきます。ですから、赤以外はまったく同じ色を作るのが難しいかと」
とは言っても素人目ですが、と頭を掻きながら付け足した。
(マーベリックさんの作る剣は騎士達の中でも評価が高いと聞いたわ。鉄を打つタイミングは、熱せられた鉄の色が一つの目安のはず。だとしたら、全くの素人目ではないはず)
それに何よりこの赤がいい。
マリアドールは自分が初めに描いた線を見た。
溶かしたものと同じ色がキャンバス地に横一直線に描かれている。時間が経っても変色しなければこれは使えそうだと、乾いた絵の具をさらりと指でなぞった。
「クレメンス、全色描けたら陽に当てましょう。時間が経ったらどうなるかも見たいわ」
「うん、分かった。うわっ、この青色いいなぁ。いますぐ使いたいぐらいだよ」
べたべたとキャンバスに塗っているのは、夏のよく晴れた真っ青な空のような色だ。
「同じ色が作れなくてもいいから、この青色欲しいよ」
「じゃ、絵の具として使えると分かったら、マーベリックさんに売ってもらえないか頼んでみましょう」
「別に金なんていいですよ。息子に言えばいつでも取ってきますから」
「ダメです。商品となるかも知れないのですから、きちんとお支払いしますわ」
「マーデリック、マリアドールの望むようにしてくれ。ところで、青色も商品として売れそうなのか?」
「色が微妙に変わってしまうなら、需要は少ないかもしれません」
商品として売るなら、品質が同じものをある一定量用意する必要がある。
もし、絵の具として売れるとしても、まずは赤色からになりそうだ。
「そうだわ、マーベリックさん、白は作れますか?」
「白、ですか」
「はい。今、用意してくださった岩石に白はありませんでした。一番、長時間焼いた岩石は何色ですか?」
これです、とマーデリックは紫色の岩石を手に取る。菫色の綺麗な石は宝石のようにも見えた。
「これをさらに焼くとどうなりますか?」
「真っ黒です。炭のようになります」
「では、それをもっと焼くと?」
「へっ? もっと、ですか。やったことはありませんね」
燃えて黒くなればそれで終わり。
大抵の人ならそう思うだろう。でも、マリアドールは違う。
「では、試していただけませんか。黒色になった時と同じ時間燃やして変わらなければ諦めます」
「はあ、別にそれはかまいませんが、今からしたら明日の夕方になりますよ」
「お願いできませんでしょうか。徹夜になって申し訳ありませんが、お代金はお支払いします。おいくらですか?」
「いくらと言われましても……」
マーデリックが困ったようにジェルフを見る。
貴族と平民には身分差があり、命じられれば平民は無償でするしかない。もちろん払ってくれるなら遠慮はしないが、相場が分からないのだ。
「大銀貨三枚でどうだ?」
マーデリックの家族五人の半月分の食費だ。
「いやいや、ジェルフ様、多すぎます」
「それなら、今日と明日の食材をグレードアップさせてくれ」
「そっちも充分もらってるんですけどね」
「では、俺の剣の手入れを頼む」
ジェルフは腰につけていた剣を手渡す。マーデリックの師匠が作った剣だ。
「畏まりました。では、岩石と剣は明日の夕方までに仕上げ持っていきます。それから、今から岩石を火入れするのであれば、私は工房を離れられないので、今夜の食材は息子に届けさせます。ちょっと礼儀がなっていませんが大目に見てください」
「廃坑に行くぐらいの悪ガキだからな。でも、親の手伝いをするのだ、根は良いのだろう」
「ええ、最近は俺の仕事にも興味を持つようになりました」
へへ、と嬉しそうに笑うマーデリック。
父親として誇らし気にも見える。
「……羨ましいよ」
「へっ? はは、ジェルフ様からそんな言葉が聞けるなんて。マリアドール様、ジェルフ様は早く父親になりたいそうですよ」
「そういう意味で言ったのではない!」
いつもはこういった話題は飄々と受け流すのに、口調が硬い。
えっ、と思い見上げれば、普段は温厚な顔が強張っていた。
「ジェルフ様?」
「あっ、すまない。なんでもない。では、マーデリック悪いが頼んだぞ」
いつもの笑みを浮かべジェルフが言うと、マーデリックは頷いた。
では帰ろうか、というところで小さな手が挙がる。
「マリアドール、僕、岩石の色が変わるところを見たい。それに、マリアドールが欲しい白ってあの「白」だろう。僕ならその見極めもできるよ」
「そうだけれど、でも、マーデリックさんに悪いわ」
「俺は構いませんよ。坊主、この小屋に毛布一枚で寝泊まりになるけれど大丈夫か」
「うん、邪魔しないって約束するよ」
いいでしょう、とマリアドールのスカートをクレメンスが引っ張る。
ジェルフはマリアドールに判断を任せると肩を竦めた。
「……分かったわ。じゃ、いい子にしているのよ」
「うん。マーデリックさん、待っている間、残った絵の具で絵を描いてもいい?」
「いいよ。よかったら娘達の遊び相手になってくれ。きっと喜ぶし妻も助かる」
(なるほどそれも目的のひとつなのね)
嬉々として鞄からキャンバスを取り出すクレメンスを見ながら、マリアドールは苦笑いを漏らした。
赤と白。理由はのちのち、です。
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