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毒婦、英雄の婚約者として夜会に行く.6

本日3話目です。


「上手くいったんじゃないか?」


 少しくせ毛のブロンドの毛先を揺らしながら、ダンスを終えたばかりの二人に声をかけてきたのは、第三王子であるフレデリック。

 踊る前にはいなかったので、途中から入場してきたのだろう。


(フレデリック様は、私達の婚約を仮、だとご存じなのよね)


 それなら演技は不要だろうと、マリアドールが半歩離れようとすると、ジェルフの腕が素早く腰に回された。


「ええ、マリアドールの協力のおかげです」

「そうか、こいつに付き合ってくれたお礼だ。どうぞ」


 そう言うと、手にしていたグラスをマリアドールに差し出す。

 でも、受け取る前にジェルフの手が伸びる。


「この会場の酒は全部、俺の手配のはずですが?」


 まるで、自分の奢りのように渡すフレデリックからグラスを奪うと、ぐいっと飲み干し、近くの給仕係を呼び止めると新しいグラスをマリアドールに手渡した。

 その様子を見て、フレデリックが緑色の瞳を丸くして二人を交互に見る。


「えっ? だって全部演技のはずじゃ……。おい、ジェルフ、冗談だろう? だって彼女は……」

「あの噂は嘘です。ちょっとご覧になれば分かるでしょう?」

「確かに、ダンスの最中はかなり初々しい反応をしていたが……」


 信じられないと凝視してくるフレデリックに、マリアドールはどう対応すればよいのかと助けを求めるようジェルフを仰ぎ見る。


「心配しなくても大丈夫だ。いつも通りにしていればよい」

「は、はい」


 何をもっていつも通りなのかは分からないけれど、下手な毒婦のふりはする必要がないということだろう。とりあえず二人の会話の邪魔をしてはいけないと半歩下がろうとしたのだけれど、ジェルフがさりげなく腰に手を回しマリアドールに視線を向ける。


「俺の提案のせいで、マリアドールには迷惑をかけることになったようだな」

「いえ、迷惑だなんて。私にも好都合ですから気になさらないでください。ただ、これだけ祝福の言葉をいただくと心苦しいですね」

「ジェルフの教え子である騎士達は、本気で心配したり喜んだりしているからな」

「先程ご挨拶をしました。皆様、ジェルフ様を本当に信頼されているご様子でしたわ」

「ジェルフは鬼軍曹と言われるほど訓練は厳しいが、全ては騎士のため。本来は面倒見がよく感情的にならない温厚な奴だ」


 第三王子とこんなに自然に会話をしていいのかと戸惑いばかりがこみ上げてくる。

 いたたまれず少し視線を動かせば、赤髪の騎士と目が合った。他にも何人かこちらを見ているのは、悪女の毒牙に掛かった上司を心配しているからだろう。マリアドールへ向けられる視線が怖い。


(ここは悪女らしく、にこりと微笑み返しておくべきかしら)


 考えていると、フレデリックがジェルフを少し借りると言って場を離れてしまった。一人取り残されたマリアドールはいつものように壁際へ向かおうとしたのだけれど。


「マリアドール嬢」

「ハーレン侯爵様、来てくださったのですね」


 振り返るとロマンスグレーの紳士が立っていた。

 よく知った顔に、自然とマリアドールの頬が緩む。


「ああ、スタンレー公爵様が呼んでくださった。彼に、私のことを話したんだね」

「はい。理解してくださいました。そうですわ、絵ができたので、いつお届けに伺えばよいでしょうか?」

「ありがとう。急かしたのに悪いが、明日から一週間娘夫婦と旅行をすることが急遽決まったのだ。すまない」

「いえ、では一週間後にお伺いしますわ」


 本当はもっと話をしたいのだが、周りの視線が痛い。さっきまで婚約者と話をしていたのに、他の男と、しかも噂のある男と親しくするなんてと、咎める視線が遠慮なく投げかけられてくる。

 そのことにマリアドールより早く気付いたハーレン侯爵が、では、と立ち去っていった。


 入れ替わるようにしてジェルフが戻ってくる。

 その眉間にはさきほどまでにない皺が僅かだけれど刻まれていた。


「お話はもういいのですか?」

「ああ、この前コバルト子爵のところに入った泥棒のことで少しな」

「あの件は、教育担当のジェルフ様は関係なかったのではないのですか?」


 第三騎士団の団長がいなかったので、代理で来ただけだと言っていた。

 それなのに、フレデリック自らが伝えなければいけないことがあったのだろうか。

 怪訝そうな表情を浮かべたマリアドールに、ジェルフは肩を竦めると話の内容を口にした。


「実は、盗んだ男の姿絵を第三騎士団が作ったところ、三年前に我が家に忍び込んだ男に似ていたんだ。その男の姿絵も騎士団には提出していたので、同一人物か俺に確認して欲しい、とのことだった」

「まぁ、ジェルフ様も盗難にあったことがあるのですか」


 その時は荷夫など不審な使用人はいなく、もしかして組織的な犯罪かもしれないけれど、誰も捕まっていない。


「盗まれたブラッドルビーの指輪は、我が公爵家に代々伝わる品なんだ。父の執務室の隣にある隠し部屋の金庫から盗まれていたんだが、どうやってあの場所を知ったのかも謎のままだ。こじ開けられた形跡もなかったしな」


 盗まれたのは四年前で、そのころジェルフは騎士寮にいた。同僚の実家での盗難ということもあり、騎士団総出で捜索したものの、未だ解決していない。盗んだのであればどこかの宝石店に売るなりしていそうだがその形跡もなく、国境警備を強めたが見つからなかった。

 今回、その糸口が見つかったようなのだ。


「とはいえ、管轄は第三騎士団。俺が指揮をとることはない。それより、フレデリック殿下から、婚約をもっと印象づけたほうがよいと言われた」

「えっ、結構、頑張りましたよ」

「口づけぐらいしろとけしかけられたのだが」

「!!」


 赤い瞳と目が合ったとたん、マリアドールが激しく頭を振る。首がもげそうなほどの勢いにジェルフが苦笑いを堪えきれずふきだした。

 

「そんなの想像しただけで気絶してしまいますわ!」

「想像はしてくれるんだ。ちなみに嫌で気絶するわけではないよな?」

「もちろんです。だって……だって?」


(あれ、私は何を言おうとしているのかしら)


 パニックで自分のことが分からなくなったマリアドールは、とにかく恥ずかしくて、俯きドレスの裾をひたすら見る。おもわず嫌ではないと断言してしまった自分自身が分からない。

 想像するだけで顔は真っ赤になるし、鼓動は早鐘のごとく煩いのに、それと同時に胸がぎゅっと甘くしめつけられる。

 この感情はなに? と自問自答するマリアドールの頭に、ジェルフがポンと手を置いた。


「心配しなくてもそれは俺も断った。そうしたら、二人でどこかに出かけたらどうだと言われた。いわゆる婚前旅行というヤツだ。社交シーズンはちょっとしたことでも噂になるから、一週間ほど休みをやるので行ってこい、だとさ」

「一週間。それは恰好の噂のネタですね」

「そうだろう。で、マリアドール、行きたい場所はあるか? 海でも湖でも高原でも、自慢じゃないが別荘はいたる所にある」


 さすが公爵家、いったいいくつ別荘を持っているのだろうか。マリアドールなんて画廊兼自宅しか持っていない。

 

 どこがいい、と言われ暫く考えたのち、マリアドールはハッと顔を上げた。


「ジェルフ様、私、行きたいところがあります!」

 

事件ネタは小出しにしつつ最後に集約させますのでお楽しみください。二人の距離は旅行でどこまで縮まるのか?

お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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