毒婦、英雄の婚約者として夜会に行く.4
短めなので、朝もう1話投稿します
スタンレー公爵邸の一室にて。
ターリナにドレスを着せてもらったマリアドールは、大きな鏡の前でくるりと回った。
(これなら恥ずかしくないし、適度に毒婦っぽいわ)
胸元と背中は繊細なレースで隠されているけれど、そこから見える肌の白さが際立っている。サイズもピッタリで、隣ではターリナがうっとり目を細めていた。
「やはり、採寸されたドレスは違いますね。亡くなられた奥様を思い出します」
「宝石も売らなくてよかったわ。ドレスに合わせて考えようと数種類持ってきたけれど、どれがいいかしら」
ホルターネックの胸元は、繊細なレースが美しいのでネックレスはしないことにした。真珠のブレスレットと、この前の夜会でも着けていたドロップ真珠のイヤリング、母のお気に入りだった二つを手にしたマリアドールは困ったように眉を下げた。
「ついついこればかり選んでしまうのよね」
「よいではありませんか。似合っておられます」
ホントはもっと大きな宝石をつけるべきなのかも知れないけれど、仮とはいえおそらく最初で最後の婚約披露パーティー。お守りの意味もこめ、やはり形見の真珠が相応しい気がする。
扉を叩く音がして、ジェルフの声が聞こえた。
「マリアドール、招待客の馬車が着いたようだ。支度はできたか?」
「はい、どうぞお入りになってください」
初めて会った時と同じように沢山の勲章を胸につけた、隊服姿のジェルフがいる。違うといえば隊服がいつもの黒から式典用の白になっていること。
空気を読んだターリナがそっと部屋から出ていったのに、ジェルフは入り口で立ち止まったまま。
仕方なくマリアドールから歩み寄っていく。
「どうされました?」
近い距離で見上げれば、ジェルフは片手で口元を押さえ目を泳がせた。耳が赤くなっているけれど、マリアドールに気付いた素振りはない。
ドレスはレースで布面積を増やしたといえ、身体のラインはくっきり出ている。
おまけに、レースの間から覗く谷間がちょうどジェルフの真下にあった。
マリアドールの眉がむっと真ん中に寄せる。
「もしかして、笑いを堪えられず口を押さえていらっしゃいます?」
「なっ、違う。そんなわけないだろう」
隠していた口元を引き締めて、極めて真顔で答えるジェルフだけれど、マリアドールの求める答えはそれではない。
「どうですか? 毒婦っぽいですか?」
「……まだそこにこだわっていたのか。無理せず普段どおりのマリアドールでいい。それより、やっぱり違うドレスにすべきだった。この姿を他の男も見るのかと思うと……」
「思うと?」
小首を傾げれば、銀色の髪がふわりと靡いた。
ジェルフは言葉をを続ける代わりにコホンと咳払いをし、ポケットから箱を取り出し蓋を開く。
「ジェルフ様、これは?」
「婚約指輪だ。これなしで婚約パーティーに出席するわけにはいかないだろう」
ルビーの指輪は持っているどの宝石よりも大きく輝いている。
それをジェルフはマリアドールの左手薬指に嵌めた。
「お、重いですわ。絶対なくさないようにして、帰りにはきちんとお返し致します」
「いや、返さなくてよい。というか、返されては困る。今日以降、毎日つけていて欲しい」
確かに婚約指輪なのだから、ジェルフの言うことは正しい。
でも、これを毎日、と思うと胃が痛い。とてもではないけれど、一年経っても慣れないだろう。
(ジェルフ様がここまで準備されたのだもの、私も求められた役をしっかりこなさなければ)
パーティーの出席者名簿を見ると、主要な貴族の名前がずらりと並んでいた。
ここでしっかり印象づけることが大事だ。それは反対に、失敗は許されないということ。
(どうやったら毒婦らしく見えるのかしら)
今までは周りが勝手に囃し立て、それを否定しなかっただけ。だからそれらしい振る舞いなんて実際のところは知らないのだ。
流し目で、男達を物色する振りをするとか?
年上の男性に色目を使うとか?
いやいや、今日求められているのはジェルフを誑し込んだ毒婦だ。
それならば。
「胸元を強調しながら、ジェルフ様の腕に縋るぐらいはやる覚悟です」
「悲壮な顔で言うな、俺が辛くなる」
掲げた拳をジェルフがため息と一緒に降ろさせる。
ではどうすればよいのかと思っていると、ジェルフがハーフアップに結い上げた髪を一束手にし、その赤い瞳を細めた。
(色香が! 毒婦の私より色っぽいですよ!! ジェルフ様)
何をする気かと目をパチクリしていると、ジェルフの顔が近づいてきた。
鼻先が付きそうなほど近くまでくると、ジェルフはさらに笑みを深め……髪に唇を落とした。
「!! ジ、ジェルフさま!?」
「設定は、俺がマリアドールに一目惚れした、だ。こうやって溺愛しているところを見れば、婚約が仮のものだと誰も疑わないだろう」
「そ、そう、ですわね。そうでしたわ」
マリアドールはこくこくと、赤い顔でぎこちなく頷く。
自分から仕掛けるのは恥ずかしいけれど、逆の立場になると不意打ちの破壊力が凄まじい。
(ジェルフ様は私より八歳も年上だもの。これが大人の余裕と色香というものなのね)
果たして自分の心臓は夜会が終わるまでもつのかしらと、マリアドールは胸に手を当て大きく息を吸った。
お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!
☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。