毒婦、英雄の婚約者として夜会に行く.3
本日2話目です
試着室から出てきたマリアドールを見て、ジェルフは目を見開いた。
ホルターネックのドレスは大きく胸元が開いていて、太腿にはざっくりとスリットが入っている。身体にピッタリそう生地は、いつぞやに見た寝着代わりのワンピースより、そのラインを際立たせていた。
(恥ずかしいけれど、これもジェルフ様のため。それにさっき鏡で見たけれど、私、身体つきだけなら充分毒婦だと思うの)
胸の谷間がハッキリ見えるドレスを選んだことはないけれど、いかにも毒婦っぽい。
「ど、どうでしょうか?」
「その、普段と随分雰囲気が違うが、マリアドールはこういうドレスが好きなのか?」
ジェルフの目が泳いでいる。
なんだか痴女のようで居た堪れない。
「違います! でも、私と別れた後のジェルフ様のことを考えると、毒婦らしくあるべきかなと」
「そんなことを気にしていたのか」
「はい。だって、ジェルフ様は今後も貴族社会で生きられるのですから」
真っ赤に恥じらいながら力説されても、ジェルフだって頷けるはずがない。むむっと、口をへの字にしていると、ソマイヤがやってきた。
「このドレス、コルセットを着用できないので着こなせる方が少ないのですよ。それをこんなに綺麗にお召しになるなんて」
「しかし、少々露出が……」
「美しい身体は見せた方がよいですわ。ほら、背中なんて」
ソマイヤがマリアドールの腕を取りくるりと後ろを向かせた。
途端、ジェルフが真っ赤な顔で口を押さえた。
(そういえば、背中はどうなっているのかしら。見るのを忘れていたわ)
なんだかすうすうする。
首を動かせば、少し向こうに鏡があった。ちょっと身体の向きを変え、その鏡に自分の後ろ姿を映したマリアドールは絶句した。
「な、ない。布がないわ」
腰までパックリ開いたデザインで、真っ白な背中が顕になっている。
「ソ、ソマイヤさん。背中が丸見えですわ」
「若い方はいいですわね。歳をとると背中にも肉が付いて、しかもそれが取れないのよ」
ターリナも同じようなことを言っていた気がするけど、今はそれどころではない。
だって、布がないのだ。
「マリアドール、違うドレスにしよう。顔が真っ赤だ、無理はしなくてよい」
「そ、そうなのですが。……でも、このドレスがジェルフ様の瞳の色に一番近いのです」
少しオレンジがかった赤色の瞳を見上げながら、マリアドールは困ったように眉を下げる。
その上目づかいに、ジェルフが焦って視線を逸らすと、今度は深いスリットが目に飛び込んできた。白い太ももがなんとも艶めかしい。
目の毒にしかならないドレスだ。
マリアドールが、他によく似た色のドレスがないかと店内に目をやると、店の壁に掛けられた赤いストールが目に入ってきた。それを持って来てドレスに合わせてみる。
「レースのストールか。確かにそれを羽織れば露出は減るな」
「あら、でも、若い方にストールは流行りませんわよ。それに、私としては是非、マリアドール様のスタイルを活かしたいところですわ」
二人の意見が割れる中、マリアドールはそのストールを羽織って鏡の前でくるくると回る。
(いつも行くリサイクル店では、フリルやレースを使ってドレスをリメイクしていたわ)
なんだか、使えそうな気がする。
「ソマイヤさん、紙とペンをお借りできますか?」
「紙とペンですか? はい、ございますが……」
戸惑いながらも笑顔で手渡された紙に、サラサラと絵を描いていく。それをジェルフとソマイヤが隣から覗き込んだ。
「ジェルフ様からは、既製品をベースに作ってくださると聞いています。それなら、サイズだけでなく、このように仕立ててもらうことはできませんでしょうか」
「あら、あら。このデザインは」
ソマイヤはデザイン画とマリアドールを交互に見る。
開いている胸元と背中にストールのレースをつけたデザインは、露出を抑えながらも色香を残している。
「できれば足元のスリットにもこのレースを付けて欲しいのですが、生地は足りますでしょうか」
「ストールは在庫がありますから大丈夫です」
マリアドールからストールを受け取ったソマイヤは、胸元や肩にそれを当て、ふむふむと頷く。
「レースがさらに肌の美しさを際立たせて素敵です。では、そのデザイン画のようにいたしましょう。絵がお上手なのでわかりやすいわ」
「ありがとうございます」
「あとは、より綺麗に着こなしていただくためにもサイズの微調整をしましょう。試着室で採寸するので、ジェルフ様はもう少し待っていてくださいね」
「ああ、分かった。俺のことは気にせずゆっくりしてくれ」
試着室でさらに細かく採寸され、ジェルフの元に戻ったのは三十分後。
「よく考えると、既製品なのにあそこまでオーダーしてよろしかったのでしょうか?」
「大丈夫だろう。誰かと同じドレスになるほうが問題だ」
「確かにそうですね。あとは……どなたをお呼びになったのかリストを頂けますか? 私、貴族には本当に疎くて。ジェルフ様に恥をかかせないようできるだけ名前を覚えます」
仕事を含め付き合いのある貴族だけといっても、公爵であり騎士団の教育係のジェルフは交友関係が広い。
と、そこまで考えふと思う。
(騎士団の関係者も来られるのかしら。確か、騎士団を纏めていらっしゃるフレデリック殿下とは、ご学友でプライベートでも親しいと聞いたわ)
もしかして、いや、まさか。
「ジェルフ様、まさかと思いますが、王族も来られますか」
「鋭いな」
「もしかして、当日まで黙っておくつもりでした?」
「話すと仮病を使われそうだからな。しかし、ドレスも買ったんだ。嫌でも隣に立ってもらおう。ちなみに、来られるのは件の縁談を俺に教えてくれたフレデリック殿下だ。俺達が仮の婚約だということも知っている」
肩を竦めながら口角を上げるところを見れば、確信犯かつ悪いと思っていない。
しかし、それもジェルフの身分と立場を考えると当然のこと。仕方ないと腹を括るしかないところだ。
「分かりました。完璧な婚約者役兼毒婦を演じてみせます」
「後者には期待していないが、頼んだぞ」
ぐっと拳を握るマリアドールを、ジェルフは面白そうにクツクツと喉を鳴らしながら見ていた。
その瞳に、淡い恋慕の情がにじんでいるのに気づいたのは、ソマイヤだけだろう。
全41話の予定です。後半は夢が絡んだ事件へと繋がっていきます。
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