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毒婦、英雄の婚約者として夜会に行く.2

おはようございます

 

 無難な紺色のワンピースに着替え、髪をハーフアップに結ったマリアドールが画廊にいくと、すっかり打ち解けたジェルフとレガシーがいる。


(鬼軍曹だと聞いていたけれど、人当たりはよいのよね。むしろ人ったらし?)


 仮の婚約者なのに、外堀から埋められている気がするのはどうしてだろう。

 見ている側から、ターリナも会話に入って何やらこそこそしているではないか。主人を差し置いて実に楽しそうだ。


「ジェルフ様」

「あぁ、マリアドール。早かったな。ではレガシー、遅くならずに送り届ける」

「はい、マリアドール様をよろしくお願いいたします」


 いってらっしゃいませ、とジェルフに対して深く腰を折るレガシー。これでは、ジェルフとマリアドール、どっちが主人か分からないほどだ。

 マリアドールはちょっとむすっとしながらターリナに手を振り、ジェルフのエスコートで馬車に乗った。



 着いたのは、大通りにある豪奢なブティック。

 マリアドールの頬がぴくぴくと引きつる。


(これだから男の人は! 念のためとシックな服にしたけれど、それでも場違いにもほどがあるわ)


 無難な服に纏めたーーようは、洒落っ気も何もない自分の全身が、ピカピカのガラスウィンドウに映っている。もう帰りたい。

 恨みがましくジェルフを見れば、小さく肩を竦め笑っていた。


「どうしてここに連れてきたのですか?」

「今が社交シーズンなのは知っているな。各屋敷で夜会が開かれている。名目はそれぞれ、誰かの誕生日だったり、記念日だったり、特に何の理由もなく開かれている夜会も多い」

「はい。毎晩のように馬車が王都の大通りを走っていきます」


 マリアドールには関係のないことだ。

 夜、窓を開け外を眺めていれば、夜会帰りの馬車の先端についている灯が大通りを照らしていくのが見える。ただ、それだけのこと。


「もちろん我が公爵家でも夜会は行われる。領地が広く、多種多様な産業に関わっているため、主に仕事関係の者が集まる」

「そうですか」

「案内状は三か月前に出したが、先週その夜会の名目を婚約披露宴にすると速達を送った」

「はい?」


 思わず口から出たのは、すっとんきょうな声。

 通り過ぎる人が何事かと振り返った。


「コホン、あの。失礼ですが初耳です」

「レガシーには話を通している。いかにしたらスムーズかつ抵抗なくマリアドールが夜会への出席に頷いてくれるのかと問えば、強硬手段が手っ取り早いと教えてくれた。実に頼りになる執事だ」


(レガシー! 裏切ったわね)


 マリアドールは夜会が嫌いだ。

 噂を信じた人間から向けられる侮蔑の視線にはうんざりだし、社交辞令ばかりで本音を見せない会話はつまらない。


 とはいえ、強硬手段はないだろう。

 出がけに手を振っていたターリナを思い出す。彼女も共犯に違いない。


「ということで、夜会で着るドレスを用意しなくてはいけない。時間がないので、既製品をベースにアレンジして貰う」


 既製品のドレスを着るのは下位貴族が多い。本来、公爵であるジェルフの婚約者であればオーダーメイドが当たり前だけれど時間がないのだ。

 

(……不意打ちは腹立たしいけれど、これも契約のうち、仕方ないわ。ジェルフ様に恥をかかせない程度にはしないと)


 もともと責任感の強いマリアドールは、諦めたように、でも不満たっぷりに「分かりました」と答えた。


 ブティックの中は、色鮮やかなドレスで溢れていた。

「いらっしゃいませ、スタンレー公爵様。お待ちしておりました」

「来るのが遅くなってすまない」

「いえいえ、お忙しい御身でしょうから。それで、そちらが婚約者様でございますね」


 五十代ぐらいだろうか、髪を一つに纏めシンプルな髪飾りを挿している。

 着ている服も派手さはないけれど、上質なもので洗練された雰囲気を醸し出していた。


「では早速ですが、幾つかドレスを用意しております。まずは試着をしてください。ドレスの良し悪しは着てみなくては分かりませんから」


 さぁ、と柔らかい笑みで手を取られ、有無も言わさず奥の部屋へと連れて行かれる。


「とりあえずお勧めドレスがこちらですが、他に気になるもの、お好きな色があればお持ちします」


 なんだろう、物腰が柔らかいのに押しが強い。

 誰かに似てる気がしないでもない。


「あの、ジェルフ様はよくこちらを利用されるのですか?」

「あら、お聞きになっておりません? 私、ジェルフ様のお母様の従妹ですのよ。ソマイヤと言います」


 なるほど。だからなのか。

 妙に納得できた。


(確かジェルフ様のお母様は、まだ幼少の頃に亡くなられたのよね)


 ジェルフとの婚約が決まってから、マリアドールなりに色々調べた。

 といっても、そのほとんどはさりげなくレガシーから聞いたものなのだが。


 ちなみに、ジェルフの父が亡くなったのは二年前。マリアドールと違ってずっと領地経営も手伝っていたので、引き継ぎで困ることはなかったらしい。


「そうでしたか。言われてみれば、(押しが強いところが)似ています」

「ジェルフ様は母親似ですからね。こんな可愛らしいお嬢様と結婚できてお母様も喜んでいることでしょう」

「……そうだとよいのですが」


 そう言われると、心苦しい。

 マリアドールから望んだことではないけれど、祝福の言葉を聞く度に心が痛くなる。

 だから、婚約披露パーティなんて本当は嫌なのだ。


 そんなマリアドールの気持ちなんてもちろん知るはずもなく、ソマイヤは次々とドレスを見せてくる。


「色が白くいらっしゃるので、やっぱり赤が映えますわ」

「……ありがとうございます」


 広い試着室の壁一面にかけられたドレスは全て赤色。

 婚約披露パーティーなのだから、ジェルフの瞳の色を着るのは当然なのだろう。


(となると、あとはどのデザインを選ぶか、だわね)


 意中の女性に振り回されるのを好む性癖を持つジェルフが、毒婦のマリアドールに一目惚れをし、スピード婚約。しかし、毒牙に掛かっただけだと気づき、婚約破棄、もしくは離縁する。


 それが、用意されたシナリオだったはず。


(でも、ジェルフ様には毒婦でないとあっさり見破られちゃったのよね)


 やはり本物の毒婦とは匂い立つような色香があるのだろうか。ならば、目指すはそこだ。


「では、こ、こちらを」


 ふるふるする手で選んだのは、一番布面積の少ないドレス。

 見ているだけで頬が赤くなるけれど、マリアドールが毒婦であればあるほど、別れた時にジェルフに同情が集まるはず。


「こちらですね。畏まりました」


 にこりと微笑むソマイヤに、マリアドールは機械仕掛けのようなぎこちない頷きを返した。

これを着たジェルフの反応は…夕方更新します!

お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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