ジェルフの戸惑い.2
少し短めです。
「三日間、ずっとこの様子なのか?」
「熱が出るのは二日間だけです。スタンレー公爵様は休んでください」
小さな手でタオルを絞ると、マリアドールの額に置く。
熱さましの薬は幾つか試したが効かなかったらしい。
と、いきなりワンピースのボタンをはずし始めた。
「お、おい。いくら子供でも、それは……」
「婆ちゃんがいつもしています。脇にもタオルを挟むんだけれど、それはしなくていいって言われました」
かわりに、もう一つのタオルで首を冷やすように拭いている。
こうやってレガシー達はマリアドールを助けていたのか。
こうなることを知りながら、マリアドールは夢を見せているのか。
「場所を代わってくれないか」
半ば強引にクレメンスが座っている椅子に腰かけると、タオルを水に浸した。
思ったより水は冷たくない。
「すまないが、冷たい井戸水を汲んできてくれないか?」
「……はい」
明らかに不満と言う顔で俺から桶を受け取ると、クレメンスは部屋を出ていった。
さっきまで薬包が置いてあった机には水差しと海綿が置いてある。
怪我人、病人の手当は多少なら心得はある。遠征に行った先では、救護班に頼らず自分達でどうにかしなければいけないことも多いからだ。
注ぎ口が細長い銀色の水差しは、手の中にすっぽり収まるぐらいの大きさで、寝たきりの病人に使うものだ。
その中に、マントル司教が用意した水差しから水を移し替えると、マリアドールの背に手を当て少し起き上がらせる。
「水だ、飲めるか?」
返事はないが、小さな口に細長い水差しを咥えさせゆっくりと傾ける。
しかし、口の端から水が垂れるばかりで飲み込むことはできないようだ。
もう一度マリアドールを寝させると、今度は海綿に水を含ませそれで唇を湿らせる。
冷たさに反応したかのように、かすかに喉が動いた。
もう片方の手で唇を小さく開き、海綿をぎゅっと絞って水滴を垂らすと、こくんと喉が動いた。
それを何度か繰り返し反応が充分に返ってきたところで、もう一度上体を起こして水差しを咥えさせると、今度はごくごくと水を飲んだ。
よし、とりあえず水分は取れた。
「戻りました」
「ありがとう、机に置いてくれ」
クレメンスが汲んできた冷たい井戸水でタオルを濡らし、額に当てる。
もう一枚のタオルも硬く絞り、首筋や鎖骨、顎のあたりを拭く。
「……おい、何を見ているんだ。お前と同じことをしているだけだぞ」
「でも、僕、子供だし」
……なんだろう、この罪悪感は。いや、これは看病だ。
汗の滲んだ白い肌は煽情的だが、状況は理解している。
コホン、と咳払いしたのは何かを誤魔化すためではない。
それなのにクレメンスが目を眇め見てくるので、実に居心地が悪い。
「水は飲ませた。あとはどうすれば?」
「熱で唇が乾燥するからって、婆ちゃんは蜂蜜で作った軟膏をいつも塗ってます」
これ、とポケットから小さな缶を出す。
それを小さな指でとると、身を乗り出してマリアドールの唇に塗った。
「こんな感じです。あとは修道女が、朝のお勤めが終わったら服を着替えさせてくれるそうです」
「そうか。では、クレメンスはそれまでもう少し寝ていればよい」
「大丈夫です」
「ここから先は交代制にしよう。俺も三日不眠不休はつらい。だから、少し眠って欲しいんだ。それで起きたら代わってくれ」
「……うん、分かった」
目をしょぼしょぼさせながら、敬語の抜けた口調で答える。
クレメンスは昨晩部屋に戻ったけれど、熟睡はできなかったのだろう。限界ぎりぎりのようだ。
ふらふらと部屋を出ていくとすぐに、隣の部屋の扉が閉まる音がした。
この部屋の扉を開けたままにするところは、ちゃっかりナイト気取りだな。
マリアドールは夢を見せることに金銭を要求していない。
絵については貰っているが、値段を聞けばその大半がキャンバス代と絵の具代に消える価格だった。大切な人を亡くし悲しんでいる人からお金を頂くのは気が引けるからだそうだが、本当に人がよ過ぎる。
ーー守ってやりたい。
ふいに沸き上がった感情に、何より俺自身が戸惑った。
俺は誰とも添い遂げるべきではない。
家族を持たないと決めたんだ。
いや、持ってはいけないんだ。
不幸の連鎖を、醜い血を残さないためにも。
それでもせめて一緒にいる間だけ、彼女をとりまく悪意を防ぐ壁になることは許されるだろうか。
自分ではない誰かのために苦しむ彼女を支えたい。
いや、そんな綺麗な言葉で取り繕っても仕方ないな。
まだ苦しく息を吐くマリアドールの頬にそっと触れれば、熱く柔らかい。
ーー俺は、きっと彼女に惹かれているのだろう。
次話からは三人称にもどります。
ジェルフも何か抱えてそうですが、それは後半にて。
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